異世界ガールズバー
永久保セツナ
異世界ガールズバー(1話読切)
深夜3時。とある異世界の街角にて。
「はぁ~、まだ飲み足りねえなあ……」
エルフの若者は、居酒屋を出てぶらぶらと散歩するように歓楽街を歩いている。
居酒屋は夜の3時で閉まってしまい、彼は店を出された。
しかし、このまま家に帰る気にもなれず、どこか朝まで呑める場所を探している。
とはいえ、深夜営業の店もそろそろ店じまいを始めていて、このままではワイバーン便を使って帰ることになりそうだ。
「いっそ酒買って家に帰って宅飲みするかあ……? でもなあ……」
うーん、と彼はアルコールが回ってふわふわした頭で考える。
酒を買う、にしても、酒屋が閉まっているのだ。持ち帰りようがない。
ワイバーン便は深夜料金が高いので、せめて朝の5時まででいい、どこか休憩できる場所はないのか。
エルフであり冒険者のひとりでもある彼は、いよいよ近くの公園でベンチでも借りて寝ようか、とまで思い詰めていた。
そのときである。
突然、ふらふら歩いていた彼の左側から、強い光が差し込んできた。
「なッ、なんだぁ!?」
歓楽街の片隅にも関わらず、豪華絢爛な店がいきなり現れたように見えたが、彼が酔っていて気付かなかったのか判断がつかない。
看板は輝く宝石や魔法の光に彩られ、その看板を盗んだだけで破格の価値がつくと思われた。
男は看板に書かれた文字を読み上げる。
「なになに……『ガールズバー・ファムファタル』……?」
ガールズバー。女性キャスト中心に構成されたバーである。
キャバクラと違い、飲食店に分類されるため、深夜の4時や朝の5時まで、場合によっては昼間にも営業が可能。
それは、男にとって願ったり叶ったりの店であった。
「ちょうどいい、ここで朝まで粘らせてもらおう」
そうして、エルフの男は店のドアを開けたのである。
「いらっしゃいませ、お客様1名様ですか?」
エルフの女性がにこやかに話しかけてきた。バニーガールの衣装を着ている。
どうやら、このバーのコンセプトはキャスト全員バニースーツらしい。
「あ、はい。1人です」
「お好きなカウンターにどうぞ」
カウンターに座り、店内を見渡した。
天井からはクリスタルが生えており、そこから柔らかく幻想的な光が、店内をやさしく照らしている。壁には古代のものと思われる魔導書がずらりと飾られていた。1冊5万イェンはするだろうと思われる骨董品だ。テーブルは大理石で、細かい彫刻が施されている。ずいぶん高級な店に迷い込んでしまったらしい。ぼったくりバーじゃなかろうな、と男は内心身構えた。
「こんばんは~。お兄さん、ここ初めてだよね?」
カウンター越しに、ヴァンパイアのキャストが話しかけてくる。やはりウサ耳をつけていた。ウサギと鋭い牙のミスマッチを感じないでもないが、女の子は可愛いので良しとする。
「そうそう、初めて。こんな店があるなんて知らなかったし」
「そっか~。じゃあ、まずはお通し出しておこうかな」
キャストが小さな皿を出した。
「これは?」
「マンドラゴラのサラダだよ」
「へえ、珍しいもの出すんだな。これ、なかなか市場に出回らないだろ」
マンドラゴラ。根菜にあたる魔物なのだが、引っこ抜くときに抵抗して呪いの悲鳴を上げる。それを聞いた者は死んでしまうと言われているのだ。そのため、収穫には細心の注意が必要で、そもそも農業向きではないため、人工的に栽培されない。
「そう。だからキャストのみんなで昼間に食材探しに出かけたときに偶然見つけて掘り出したの。耳栓つけてさ。大変だったよ」
そんな苦労話を、吸血鬼の女の子はケラケラと笑いながら語った。
エルフの男はフォークで器用にサラダを食べる。レタスでマンドラゴラを包むようにして、フォークでまとめて刺し、口に運んだ。
マンドラゴラを噛みしめると、じゅわっと中の水分があふれる。それがほのかな甘味を含んでいて、酔いの回っている男にとってやさしい味わいだった。
「んまい。マンドラゴラってこんな味なのか」
「滋養強壮に効くっていうからね。お兄さん、ここに来る前にお酒飲んできたでしょ。あんまり飲みすぎると危ないよ~?」
つまりは、客を気遣っている、ということなのだろう。
キャストは「お好きな料理を選んでね」とメニュー表を渡してきた。
「あと、キャストも好きな子指名していいよ。指名料はかかるけど」
「ん~、とはいえ、初めてだからなあ。誰がいるかもわからないし、俺は君がいいな」
「やっだ~。お兄さん、初手で口説いてくるじゃん」
キャストの女の子は笑いながら、カウンター越しに男の肩をバシバシ叩く。
普段、冒険者パーティーでは仲間は男ばかりだ。この機会に、女の子と話がしたい。
男はメニュー表を眺めて、その珍しさに感嘆の声を上げた。
「この店、すげえな。ドラゴンの尻尾ステーキなんかあるのか」
「ドラゴンのキャストがふーふーしてくれるサービスもあるよん」
物珍しさに頼んでみると、人型に変身したドラゴン――角と尻尾は生えている――がやってきて、ふーふーしてくれた。
ふーふーとは、炎の息である。ドラゴンステーキをいい感じに焼き上げてくれるのだ。
「ちなみに、このドラゴンステーキって……」
「ああ、アタシの尻尾じゃないよ? ほら、ちゃんと尻尾生えてるでしょ?」
ドラゴンの女の子はゆらゆらと尻尾を揺らし、笑って去っていった。
ドラゴンステーキは肉汁がしたたり、噛むと結構硬い。ドラゴンの雄大な強さを感じさせる。スルメのように、何度も噛むことで味わい深くなるタイプの肉だ。
他にも、ペガサスの馬刺しとその翼を使ったジャンボ手羽先セットも注文。
ドリンクは、スライムサイダーで割ったカクテルにした。青い色がきれいな一品で、飲むと少しとろっとした粘りを感じるが、喉越しはいい。
ホールでは入口で出会ったエルフの女性がその美声で歌を歌っており、店内の雰囲気は静かで過ごしやすかった。
「ふう、結構なボリュームあるな、ペガサスの馬刺しと手羽先」
「胃が疲れてきたなら、ユニコーンの角を粉末にした薬膳料理とかもあるよ」
「本当になんでもあるな、ここ」
お冷を飲んで、ふうと息をつく。
「ごちそうさん。そろそろお会計頼むわ」
「まいどあり~。付き合ってくれてありがとね、お兄さん」
キャストの差し出した料金は、チャージ料と料理の値段、しめて10万5千イェン。目が飛び出るような金額にぎょっとするが、まあこれだけの珍しい料理の数々を考えると仕方ないのかもしれない。それにしても、やはりぼったくりバーだったか。
「お金の代わりに他のものを差し出してくれたら、それで料金は払えるよ」
エルフの男の顔色が変わったのを察知したのか、ヴァンパイアは新たな提案をしてきた。
「お金以外に何を支払えばいいんだ?」
「例えば、お兄さんの持ってるスキルとか魔法を1つ」
ヴァンパイアの話によると、このガールズバーは魔女がオーナーとして経営しているのだという。
なるほど、それならマンドラゴラやペガサスといった、珍しい魔法生物を食材として料理を提供できるのも納得だ。
そして、その魔女はこの世界の魔法やスキルを収集するのが趣味らしい。
キャストが店の奥から魔導書を取り出した。それは中身を開くと空白で何も書かれていない。
「この魔導書にお兄さんのスキルを記すと、お兄さんはそのスキルを失うけど、お金は払わなくていい。どう? この契約で」
「ふむ……」
エルフの男は顎に手を当てて考える。
スキルであればなんでもいいのであれば、1つ差し出すくらいは、いいだろう。
それで、あの素晴らしい夢のような時間を実質無料で楽しめたと思えば。
若者は、どのスキルを差し出すか、しばらくうんうんと長考したあと、ある決断をした。
「じゃあ、ファイアボールを差し出そう」
それは、火の魔法でいえば初心者が最初に覚えるものだ。それを失う程度なら問題あるまい。
キャストに指示されて、魔導書の上に手をかざすと、ページに新たな文章が現れ、ファイアボールを記した本になった。
「ご来店、ありがとうございました!」
バニー姿のキャストたちに見送られ、店の外に出る。
朝日が歓楽街にまぶしく差し込んで、一瞬目がくらんだ。
振り返ると、もうそこにあのガールズバーはなく、空き地だった。
まあ、神出鬼没の店なんて、異世界ではよくある話だ。
エルフの男は、酔いも手伝ってか、あの不思議な体験も、記憶が曖昧なまま、ワイバーン便に向かって歩いていく。
歓楽街には人もまばらで、夢の終わりのようだった。
〈了〉
異世界ガールズバー 永久保セツナ @0922
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます