第40話(終) 新しい朝が降る
それからのことを、なにから話そうか。
俺と紗希は晴れて結ばれたわけだが、特に今までの生活がガラリと変わったりだとか、そんなことはなかった。
ただ、少しずつ変化しているのは確かだ。
「紗希、準備終わった?」
「……はいっ、大丈夫ですっ」
「それじゃ行くか。行ってきます」
がちゃり、と家の鍵を閉めて、夏休みも近づいてきたせいで、うだるような暑さと湿気でサウナ状態の通学路へと一歩踏み出す。
「衣替えしても大した意味ないよなあ、これじゃ」
「……そう、ですね。わたしも……蒸れるので、夏は苦手です」
「早く秋にならないかなあ」
「……秋って、気づくと冬になっていますよね」
「儚い命だ」
夏は初夏から残暑までしぶとく生き残り続けるというのに、なんで秋という季節はその隙間に挟まってすぐどこかに行ってしまうのか。
諸行無常がどうのこうのとはいえ、もう少し粘ってくれると助かるんだが。
ただでさえここ最近の季節は夏夏夏冬ぐらいで春と秋が行方不明なのだから。
「今日は手、繋いでいく?」
「……え、えっと。ちょっとだけ、待ってください。そのっ、て、手汗が……」
「気にしなくていいって……いや、気にするか。俺もハンカチで手を拭いておこう」
そんな日常の中で変わったことの一つとして、俺と紗希は登校時、駅までは手を繋いで歩くようになったことが挙げられる。
どっちが先に言い始めたのか、あるいは手を差し出したのかは、今となってはわからない。
だが、無言の合意が俺たちの中では成立していたことで、そんな習慣が生まれたのだ。
「お、お待たせしましたっ」
「俺も今拭き終わったから大丈夫。それじゃ行こっか」
「……はい。今日もよろしくお願いしますね、えへ」
まだ少しばかりのぎこちなさと照れ臭さを残しながらも、俺たちは指を絡めながら手を繋いで、初夏の通学路を歩く。
世間様にはまだ大っぴらにできない関係だから、せめて駅まで。
ささやかながらも、少しでも恋人らしいことをしようと試行錯誤を重ねているのだ。
◇
「さて、それじゃあ冬月ナオの深夜放送局、今宵も始めていこうか。今夜も視聴者参加型ということで、俺に勝てたらなにかしらの質問に答えるって形でやっていこうと思う」
:最近配信頻度高くてたすかる
:今日こそボコボコにしたるからな
:その前にマッチングできるかどうかの争いなんやけどな
「倒してくれるのを楽しみに待ってるよ、対戦よろしくお願いします」
配信者としてもここ最近はテマリのネームバリューに与ることが少なくなってきたというのは少し寂しいが、固定ファンがついてきたということで嬉しくもある。
ガチ対戦系のVtuberとして名が知れ渡ってきたおかげで、ここ最近は正体こそ伏せているが、確実にプロゲーマーと思しき動きのやつとも戦ったなあ。
まあ、勝てたんだけども。
「おっ、テマリの配信始まってるじゃないか! 今日も最推しの配信があるおかげで俺も生きていけるな、神とテマリを生み出してくれた夏芽シエル先生とこの世界に感謝」
:きっしょ
:相変わらず推し語りが気持ち悪いんだが?
:推しを気持ち悪いテンションで語りながら視聴者をボコボコにするタイプの変態
そして、今日も変わらず配信をしているテマリの生放送をサブモニターに映しながら、俺は参加してきた視聴者を片手間にボコボコにしていた。
テマリの方は歌枠らしく、透き通るようなウィスパーボイスでの歌声があまりにも心地良すぎて別世界に飛んでいきそうだ。
やはりテマリとしての紗希も美しくて可愛らしくて愛おしい。これで恋人同士だっていうんだからまるで夢を見てるみたいだよな。
「おっとその攻めはあまりにも迂闊だったな、はいGG」
:テマリ語り中なら集中力なくしてると思ったのに!
:↑冬月はテマリ語り中が一番集中してるとかいう変態だぞ
:相変わらず気持ち悪いのとガチ戦では黙り込むこと以外は欠点ないんだよな……気持ち悪いけど……
相変わらず気持ち悪いだのなんだのと好き放題言われてることは遺憾でしかないのだが。
だから俺のテマリに……紗希に向ける気持ちは純粋な愛だと言っているだろうに。
推しがこの世に生まれてきてくれたことに感謝を捧げるなんて、当たり前のことだよなあ。
そんなことを頭の隅で考えつつ、視聴者をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返して大体百戦を超えた辺りで、俺はそろそろ配信を切ることを決めた。
「今日はこの辺にしておこうか、今日の戦績は……俺の百戦百勝だな!」
:くそぅ……
:普通にすげーんだけど冬月が勝ってるとなんかムカつくんだよなあ
:明日こそはボコしてやるから毎日配信しろ
「ははは、毎日はともかく定期的にやるつもりでいるから頑張ってくれよな、それじゃあ、今宵はここでお開きとしよう。リスナー諸君もおやすみ」
:お疲れ様〜
:乙
:二度とやらんわこんなクソゲー
:↑そうか、また次の放送でな
:おやすみ〜
流れていくお疲れのコメントを眺めつつ、配信を切る。
そして、俺は凝り固まった肩をほぐすように大きく伸びをした。
「それにしても同接が六万八千人か、俺も結構名前が売れてきたんだな」
「……お、おにいちゃんは……ゲームが上手です、から」
「ああ、紗希か。また部屋のドア開けっ放しになってた?」
「……は、はい」
「そっか……気をつけなきゃな」
いつの間にか、枕を持参して俺の部屋にやってきていた紗希が、背後で苦笑を浮かべる。
「配信事故にならないよう、本当にな……それじゃ、俺たちも寝るとするか」
「……はいっ」
変わったことのまた一つ。
俺たちは同じベッドで夜眠るようになっていた。
とはいえ、少なくとも今に限って、やましいことはなにもしていない。
ただ、添い寝をするだけ。
この関係もいつか変わっていくのだろうかと心配になることもある。不安になることもある。
それでも、大丈夫だと、未来は自分たちがどうにかしていくものだと言い聞かせて、俺たちは薄氷の上を歩き続けるような恋愛関係を続けていた。
例え氷が割れて落ちたとしても、沈むときも一緒だと、固く指先を結んで、手を繋いで。
明日は、どんな日になるだろう。
そんな風に心を躍らせながら、今日も俺たちは手を繋ぎ、眠りにつく。
お互いを、好きでいてよかったと確かめ合いながら。
底辺Vtuberの俺、人気Vtuberの義妹ができた途端に配信事故からバズりまくってしまった件 守次 奏 @kanade_mrtg
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