第5話 英国郊外のお城のような公爵邸


 手を入れずそのまま保存されたような、しかし美観を損ねない林を抜けて丘をのぼり、薔薇のアーチをくぐり、左右に整えられた樹木が並ぶレンガ敷の馬車道が開け、真ん中の噴水を回り込むように進んで、昔は砦のひとつだったらしい重厚な石造りのお城のような屋敷が見えて来た。


 丘に建てられたとは言え、どちらかというと要塞のような厚い石壁と尖塔のロマネスクやゴシック様式風の城砦ではなく、横に広く大きい近世イギリス郊外のマナーハウスのような、バロック様式建築っぽいお屋敷だった。


「昔は近隣一の、一度も陥落したことのない将軍家として有名だったって聞いていたので、もっと重厚な石造りの要塞みたいな城砦都市なのかと思っていました」

「とんがり帽子の尖塔や礼拝堂、城壁や土牢、堅牢な城廓や回廊を見たければ、北西部に昔の城砦都市が残っているから、案内するよ」


 カントリーハウスと言っていい規模の、どっしりとした吹き抜けのホールを中心に左右に広がるお城のような領地本宅マナーハウスの荘厳さに、子供のように口を開けて眺めていると、伯父さまが笑いながら約束してくれた。

 美しい景観の広がるお庭。

 水源涵養林かんようりんを兼ねた風致林から川が街に向かって流れている。浄水しなくてもそのまま飲めそうな、綺麗な水の流れが、目も耳も楽しませてくれる。

 鳥の歌声や小動物の息づかいが聴こえてきそうな景色に、トレッキングしてみたい気持ちが逸る。


 上位貴族の居城にしては立派すぎる、イギリスやヨーロッパの王家の離宮のような佇まいに、ドキドキが高まる。

 さすが、小国とはいえ一国のあるじの居城。


 マグニフィクス伯爵家の荘園邸宅マナーハウスも、数代前の当主が軍事施設でもある国境地帯の要塞城から、ガラス張りの窓を大きくしたり中庭を使って光を取り込みやすい構造に変えたり、社交や政治を行いやすくするために多目的ホールを大小作りつけたり、景観を整えた庭園を拵えたり、居住性を重視して住み心地の良い邸宅に大改装してカントリーハウスらしくなってはいるけれど、ここまで規模はでかくない。

 建物の名を探検するだけでも何日も楽しめそう。

 イギリスやヨーロッパの貴族のお城ツアー、一度行ってみたかった。ような気がした。今。


「気に入ってくれたようで嬉しいよ。さ、中へ入って。勿論、カロリーネも。クラウディアの侍女に、エイナルと言ったかな? 近侍君も」

「アルベリータと申します。サピヴィディア大公閣下、アストゥリアス侯爵閣下」


 アルベリータは完璧な淑女の礼を尽くす。


 アルベリータもあの、私の筋トレマシンを使って下半身を鍛えているので、そのカーテシーはピシッと決まっていた。


「遥々こんな田舎までよく来たね。クラウディアが幼い頃から側近くに居て良くしてくれたのだと聞いているよ」

「勿体ないお言葉です、閣下」


 玄関ホールからすでに伯爵家とサイズが違う。

 色味を抑えてケバケバしくないステンドグラスを所々填め込んだ天井までの吹き抜けが、光を浴びて圧迫感を感じない。

 大公家の家令の挨拶を受け、促されて応接室に案内される。


 メイドが運んで来たワゴンには、三段のアフタヌーンティーセットとお茶の用意があり、この世界にもアフタヌーンティーを持ち込んだのは、地球人の記憶がある人なのかもしれないなと思った。

 キュクロスにも、富裕層の家庭で午後のお茶の習慣はあるけれど、スリーティアーズと呼ばれるそのケーキスタンドのシステムは広がってなかった。


 私の座ったソファの後ろに立っていたカロリーネがワゴンに近づき、茶器に手を伸ばす。


「お客様は……」


 メイドが困った表情かおをするけど、カロリーネは、僭越ながら、お嬢さまのお茶はわたくしがお世話をすることになっておりますので、とメイドに一瞥だけで、お茶の用意を始める。


「か、カロリーネ。勝手をしてここのメイドの手を煩わせては……」

「いいえ。お嬢さま。申し上げましたはずですわ。わたくしは、今でも大公家の侍女。大旦那様からお嬢さまのお世話を任されております」


 そう言えばそんなこと言ってたな。


「カロリーネは、相変わらずだな」


 お祖父さまも伯父さまも、カロリーネを止めはしない。

 アルベリータとエイナルは、壁際で空気になっていた。


 日が昇りきらない朝早くから森の中を行き、早めの昼食を馬車の中で摂りながら鉱山町を出て、お祖父さまと伯父さまに初対面して、そのまま街道を進んで、日が暮れる前にサピヴィディア邸に着き、こうして軽食と焼き菓子をお茶と共にいただきながら改めてお祖父さまと伯父さまに、こちらへ来た経緯を報告する。


「では、キュクロスの忠臣マグニフィクス伯爵家はなくなってしまったのか? 領地も、其方の個人所有となっている鉱山とその麓の町を残して国に返還したと?」

「はい。もう、向こうキュクロスには戻る場所はないのです。唯一、鉱山町だけが残っていますが、独立国家になる訳でもありませんので、おそらくサヴォイア公国の領地に戻されると思います。陛下は、この先伯爵家に何かあっても、キュクロスが接収することはしないと約束してくださいましたから」


 元々、あの鉱山は亡くなった母への婚姻の祝いとしてお祖父さまが贈られた物。

 誰もが、キュクロス領になったと思っていたようで、鉱山まわりの林道でも検問所があったけれど、あれは生前の母、今は私の個人所有地であるから、キュクロスの貴族の所領とサヴォイア公国とが隣り合っているから設けられただけで、両国の領土国境自体は変わっていなかったとのこと。

 陛下に教えられるまで、私自身も、鉱山はキュクロス国内の領地になったのだと思っていた。


「そうか。所有者が儂からカタリーナ・アリスティーアへ、娘から其方クラウディアへと移っただけで、所属国家まで変更はしていなかったのだな。いちいち気にしていなかったわい」


 言われてみれば、領土問題なのに何の手続きをした憶えもなかったわいと、カラカラ笑うお祖父さま。


「とにかく、今日は食事の後は湯に浸かって、ゆっくりしなさい。今後のことは明日以降でもいいじゃろう」


 客室ではなくお母さまが使っていたというお部屋に案内されて、お湯をもらい、初めてお祖父さま伯父さまに会う緊張と慣れない馬車の旅に疲れていたのだろう、朝までぐっすり眠ってしまった。


 

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