第4話 孫と認められたのはいいけれど、相続権で揉めるのはごめんです


「あ、あの、今会話の中で言ってるだけで、人前でご尊名を呼びかけることはしてないですよ? 本当です」


 忙しい父に代わって領内を視察したり、鉱山と町の運営に関しての相談や報告、筋トレマシンのこととか、実は陛下とに会う機会が多い。そこが婚約者殿には気に入らなかったみたいだけど。

 その際に陛下の許可というか希望で、ただ陛下と呼ぶのではなく、頼りになる兄貴分だと感謝を込めて名前呼びをしろと言われているのだ。

 何もわからない子供のように『王様』なんて呼ぶのも失礼だし、まさか、本当にマクシミリアン様なんて名前呼びも不敬。

 そこでとった折中案が『マクシミリアン陛下』である。ご希望の名前呼びと、陛下と尊称をつける案で、妥協というか、最大限こちらが譲歩した形だ。


 陛下曰く、孤高の身分のために、名前呼びしてくれる人が誰も居ないとのこと。

 母君である王太后陛下も、王太子時代は名前で呼んでいたのに、即位してからは尊称でしか呼ばなくなったとのだと。親子なのに短く『陛下』とだけ。確かに寂しいよね。


「経緯はわからぬが、人前では一般的な臣下の礼をとっておるのだな?」

「勿論です。個人的、というか、陛下の政務や私の……わたくしの伯爵代理としての公務ではない、宮廷の謁見申請を通さずに事前に約束して会うとき限定で、それも宮宰や執事が居ない場面のみ、陛下の希望でそう呼ばせていただいていました」


 何か難しいことを考えているのか、眉間に皺を寄せて口を曲げるお祖父じいさま。


「まあ、気持ちは理解わからないでもないかな。わたしも、子供の頃は名で呼び合っていた友人達が、王立貴族学校パブリック・スクールにあがった途端、もう誰もウンベルトや、愛称でベルトとは呼んでくれなかったからね」


 伯父さまは腕を組んで何度も頷いた。


 あれは寂しかったよ、と。


 確かに私も、学校に入ると、エイナルが改まった言葉使いしかしなくなったのがとても寂しかった。

 平成令和の学生のような話し方だったのに、勉強室付き従僕スクールルーム・フットマンとして従者らしい態度を取るようになったのだ。

 カロリーネやアルベリータが最初から身分差をわきまえた態度であった分、気安かったお兄さんのようなエイナルが、遠くに行ってしまったような気持ちになったっけ。


 なんだか馬車の中がしんみりしてしまったと思ったころ、馬車が停まった。


「公都サピヴィディアスに入ります」


 伯父さまの背後の壁に付けられた小さな窓から、馭者の声がする。

 鉱山の北側の町から街道を進んで来たけれど、車窓は長閑のどかな田園風景だった。

 町や都市を囲う城壁の外に、農地――牧草地や耕作地が広がっているのは、どこでも同じ。

 東の連山の斜面には、果樹の段々畑があったし、以前勉強した感じでは、サヴォイア公国は、比較的自給率が高いって話だった。

 放牧された羊や馬、整頓されて計画的に輪作されている農作物。


「素敵な国。これが、お祖父さまが統治している国なのね」


 公国主お祖父さまが乗った馬車は当然のこと、アルベリータが乗っているマークスが御す馬車も、私やカロリーネ達の荷物を載せた荷馬車も、たいした検閲もなく、貴族用の大きな門扉から街の中に入る。


 商店が左右に建ち並ぶ広いレンガ敷の大通りを進み、賑わった区画を通り過ぎて小高い丘の、森林公園のような景観の中へ馬車は入っていく。


「素敵。歩いてみたいです。森林浴なんてしばらくしてないし」

「いいね。今度、公国内を案内がてら一緒に廻ろうか。馬を連れているということは、乗馬は出来るのだろう?」


 私の愛馬は、アルベリータが乗っている伯爵家の紋章無しの素朴な馬車に繋がれて、乗馬のエイナルと併走している。


「いいのですか? お忙しいのでは」


 窓ガラスに額をくっつけるようにして車窓を眺める子供のような私に苦言を呈することなく、優しい眼で提案してくれる伯父さま。


「うちは国とは言っても大公家の領地だけのことだし、家宰達がしっかりしているからある程度のことは判断を任せているんだ。彼らはわたし達の方針をよく知って理解してくれているからね。大公家の意を汲めないようではサピヴィディアの家宰や家令、執事は名乗れないよ。同じくアストゥリアス家の家令、執事もね」


 大公であるお祖父さまが国家元首としてサヴォイア公国と銘打った小国だけど、以前はもう少しだけ小さかったらしい。


 お祖母さまの生家アストゥリアス家は、お祖母さまがお祖父さまに嫁いだ数年後に、跡継ぎであった若君を熱病で亡くし、その後当主様も老齢であったことから風邪をこじらせて神の御許に召されたという。

 病床の曾祖父ひいおじいさまは、お見舞いに駆けつけたお祖父さまの手を取って、焦点が定まらないながらも強い意志を持って見上げながら、アストゥリアスを頼むと言い残して意識を失い、そのまま数日後に身罷られたとかで、その場に居合わせた司教様、薬師や医師、お祖母さまとアストゥリアスの分家筋の人達が証人となる形で、お祖父さまはサヴォイア公国の公子でありながらアストゥリアス侯爵となった。

 今は、アストゥリアス侯爵の領邦国(テッレトリウム半自立公国)でありながらもサヴォイア公国の南西部として、伯父さまが侯爵を継いで管理しているらしい。

 その、サヴォイア公国と元アストゥリアス侯爵領である領邦国テッレトリウムは、キュクロス王国の連邦国(ややこしくなって来たゾ?)。

 どちらも纏めてサヴォイア公国と呼び、キュクロスを宗主国とした従属国なのだ。


 伯父さまがアストゥリアス侯爵となって数年で、跡継ぎが生まれる前に奥様が亡くなり、カタリーナ・アリスティーアお母さまが六年前に亡くなり、他にご兄弟が居ないことから、本来なら伯父さまが再婚して跡継ぎを設けるべきなのに、後添いを娶ることをかたくなに拒んでいるという。

 サピヴィディアかアストゥリアスの分家から養子を迎える考えらしいと、地理や歴史、経済や政治などの社会科の家庭教師になってくれた執事は言っていた。


 そこへキュクロス王国の伯爵令嬢である私が初めて孫として顔を出す。元々はサヴォイア大公家の所領であった鉱山を所有して。


 孫であると主張して大きな顔してお祖父さまの元に長居すると、後継問題に巻き込まれて面倒になるに違いない。

 私にそのつもりがないと言っても恐らくは、第三者には伯父さまに次ぐ継承者と見做されるだろう。


 伯爵領ですら纏めきれなくて放棄して、爵位と領地を返上して逃げてきたのに、国ひとつなんてみられる訳がない!


 お祖父さまや伯父さまと、お母さまの話なんかをして交流を図りたいのは山々だけど、まずはこちらでも相続権放棄の書類を書いて、早々に庶民暮らしを始めよう‼


 

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