第3話 貴族令嬢としては甘ちゃんですか?


「その話は、後でゆっくりと詳しく訊きたいかな」


 優しそうだと思った伯父さまも、やはり『貴族』なんだ。ちょっと怖いんですけど。


「あ、だ、大丈夫ですよ。フォルクハルト家で経営していた商会の運営を分家の小父おじさまに任せる委任状の文言が、ちょっと私の伯爵家での後継としての権限を、小父さまが全権自由に使えると勘違いしそうな文面だっただけで」

「まさか、そのままにしてあるのではないだろうね?」


 喰い気味に来たよ。伯父さま。


「ですから大丈夫ですってば。陛下の選んだ宮宰が私の鉱山や町の管理を調整してくださる総括家宰とランドスチュワートしてついてくださってるのですが、その日はその場に居てくださって、不明瞭な文章は宮廷に持って行けないと、書き直しを指導してくださったの」

「ほう?」

「モーリッツもエイナルのように、私が鉱山の所有者である以上、爵位を返上しても変わらずに、その権利と立場と財産を守るために仕えてくれると言って聞かないの」

「当然だろう、その為の家宰なんだよね?」


 伯父さまも、お祖父さまも、当然だとばかりに頷いた。


「私は爵位を返上して平民になるのだから陛下の元へ戻ってもらうように言ったのだけど、陛下から遣わされている以上主人である私にも解雇は出来ないと言い張って、これからも仕えてくれるために、こちらでの暮らし向きを確認がてら、後からこちらへ来てくださるの」

「それはぜひ挨拶をしておかないとね。大切な姪っ子の財産と生活を護る重要なお役目のようだから」


 それは、まあ、大公の孫娘の財産管理を任される執事なのだから、公国に来るなら最低でも一度は向こうから挨拶に来るとは思うけど。


「お嬢さまは、人が善すぎます。あの時モーリッツ氏がいらっしゃらなかったらどうなっていたかと思うと……」


 カロリーネが震えながら呟く。

 普段はこういった口を挟まない人なのに、よほど悔しかったのだろうか。或いは、旧知のお祖父さまや伯父さまと再会して、少し気が緩んだのか。


「きっと、あのまま提出していても、陛下が承認しないで差し戻してくださったわよ」

「それは、……そうかもしれません。むしろその方がよかったのかもしれませんね」


 え? なんで? 180度違うこと言ってるけど。


 カロリーネの顔が悪い人の表情それみたいに見える。


「言ってることが真逆……」

「あの俗物の小賢しい愚かな企みが白日の下にさらされて、それなりの処分が成される良い機会になったかもしれませんでした」


 こっ、怖い、怖いよ、カロリーネ。いつもの、真顔でシレッとブラックジョークだよね⁉


「本気ですが? 伯爵家の当主の座を掠め取ろうとするような痴れ者は、今後もよい存在とは言えないかと」

「いやいや、小父さまにお願いしたのはマグニフィクス商会の副会頭としての運営と、フォルクハルト所有の邸宅の管理を任せるってことだけよ?」

「その、任せるの部分を誇大解釈させる文章を作成しておきながら、説明もなくお嬢さまにサインさせて伯爵家の利権を自由にしようという小賢しさは、許されることではありません。恐らくは、家宰モーリッツ氏がその辺りの手配は行っていることでしょう」


 最初に小父さまが作成した全権を譲るみたいな文章の委任状はモーリッツが持ち帰ったので、後からモーリッツ監修で作り直したものとの差異をいつでも確認できるし、それを理由に、商会に監視の宮宰を入れることが出来るという。


「宮宰の監視があれば、愚かな事をしでかそうという気も起こせないでしょう」


 いやいや、起こしようがないというか、起きたとしても、行動に移す余裕ないよね? それでいいのか。うん、何もしなければ問題も起きないよね。


「君は、そんなに身内ですら安心できないような環境で暮らしていたのかい?」

「いえ、小父さまが特例かと。屋敷の皆さんは、私に良くしてくれました。

 小父さまは婿養子として入った男爵家の商会を大きくして版図も広げた商売人としての実績がある方だから任せようと思ったのですけど、却って実権を預けることで野心に火を付けてしまったのかもしれません。それにその方が商会により良い結果が出るのならそれでもいいかと思ってしまったのも事実です。今回、小父さまが変な気を起こしたのだとしたら、元々持っていた野望なのかもしれませんけど、私が責務から逃げようとしたのがきっかけでしょうから、小父さまを責める気にはなりません」


「これだから、お嬢さまは、人が善すぎるというのです」


 カロリーネがため息をつく。


「そうだね。貴族家の一員としては甘すぎるとは思うけど、個人的には、嫌いじゃないかな。そんな君を支える者がしっかりしていれば、大抵はなんとかなることだから、ここぞという所で間違わなければ問題ないとも思う。まずは、誰に任せるかを見極める目を育てるべきだね」


 きっと、伯父さまも、貴族としては優しく甘い方なのだろう。


「……クラウディアよ。

 あの鉱山は、お前の母カタリーナ・アリスティーアに婚姻の祝いとして贈った物で、今は受け継いだクラウディアの物」

「はい。お祖父さま」


 それまで伯父さまに任せて黙って聞いていたお祖父さまが口を開いた。


「それをどう活かそうとお前の判断に任せるが、明らかに間違っている場合は、公国国主として口を出すやもしれぬ」

「当然だと思います。私が鉱山の運用とその町の市政をキュクロス国王陛下に頼ったのも、その間違いを冒した結果、町の人の暮らしや町営の財政が取り返しのつかないほど損なわれないためです。人生経験も知識もない私が有益に活用できる自信が、かけらほどもなかったのです」


「うむ。北側を管理する上で、南側の様子も調査員を通じて確認しておる。町の様子もな。アリスティーアの死後5年ほど、あまり良い状態ではなかったようだが、ここしばらくで見違えるほど変わったと聞いている」

「はい。モーリッツやヴィダール卿、ランツィロがよくやってくれたおかげです。マクシミリアン陛下が彼らを選定してくれたことに感謝しています」


「……君は、キュクロス国王を名前で呼んでいるのかね?」


 一呼吸ほど間が開いて、伯父さまが、恐る恐るといった感じで訊ねてきた。


 はっとした。


「ふ、不敬ですよね? やっぱり」


  

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