第2話 貴族家の義務と、紅毛と翠眼の呪いから逃げ出した私


 お祖父さまも伯父さまも、緊張感のある目になってこちらを見ている。

 うう、変な告白の仕方をしたせいで、居心地が急激に悪くなったよぉ。


「もう一度訊くね? 君が、キュクロスの最古の上位貴族マグニフィクス伯爵家の令嬢で、我がサヴォイア公国大公の唯一の孫娘である君が、『平民』というのはどういうことなのかな? この伯父と祖父にもよく理解わかるように説明してくれないかな?」


 どうしよう。言い方間違えちゃったよね、これ。


 チラッとこれまで一言も発さず空気になっていたカロリーネを見るけど、その表情にはなんの色も見られなかった。


(助け船を出す気はないってことかしら?)


 それとも、助け船を出さずとも問題ないと、このお二人か私か、或いはその両方を信用しているってこと?


 どっちにしても、本当のことを正直に話すしかない。よね。


「平民だと申し上げましたのは、わたくしが自ら望んで、陛下にお願いしたからです」

「自分から?」

「はい。伯父さまの仰るとおり、マグニフィクス伯爵家は、王国創建以来の忠臣の一族。ですが、わたくしのような未熟者に務まるはずもなく、父に伯爵家のなんたるかを学ぶ間もなく本家当主を亡くしてしまいました」

「それは、仕方のないことであろう? 災害事故であったと聞いている」

「はい。それは理解していますが、わたくしが子供の理屈で領政を行った結果、所領の民の暮らしや財産を損なうことになるのが怖くて、自分の責務から逃げ出してしまいました」

「それは…… 時間をかけて君らしいやり方で領主になっていけば」


 伯父さまは優しい方なのだろう。泣く子を宥める大人のような目で、私の自信のなさを奮い立たせようとしてくれているのだろうけど、令嬢歴11年と令和の女子高生が交ざって自己自認があやふやな存在になったにわか令嬢6年の小娘には、失敗したときの重責が恐ろしいのだ。


「最初はそう思って、フォルクハルト家の執事達を総動員して領政にあたりました。慣れないながらも必死に学ぶ私を、執事達は支えてくださいました」

「なら」

「ですが、私は怖くなったのです」


 私が赤毛で翠眼であるために、領地に医師や薬師を招聘しようとしても相手にされなかったこと。

 社交界に友人と呼べる人物がただのひとりもいないこと。


「ひとりも?」

「はい。ひとりも、です。マグニフィクス伯爵領に住む下位貴族の令息令嬢ですら、交流はありません」


 お茶会に招待もされないし、こちらから招待状を出しても、欠席の返事が来ればまだ良い方で、返信すらないこともざら。


 父が存命の頃は、何かと理由を付けて欠席の返事が半分は来ていたけれど、父が亡くなってからは、それすらもごく少数で、国が王都で開催する夜会に出ても、声をかけてくれる人はおらず、挨拶をしようにも聴こえないフリをされて避けられる。


 欠席であっても返信をくれる人が僅かながらも居るように、全員が私のことを完全に厭っている訳ではないと思う。ひとを傷つける事に良心が痛みながらも、私の味方をして次は自分が社交界から閉め出されてしまうのが怖いのだろう。

 だから、堂々と悪意をぶつける人におもねるようなことはなくても、私には関わらないように遠巻きにして息を潜めている。気持ちは解るから彼らを責められない。どんなに気丈な人でも、孤独には耐えられないものだ。


 完全に居ない者と扱われるのだ。


 それは、直接嫌がらせをされたり口汚く罵られるよりキツい。


 陛下とその家宰達、宰相閣下と鉱山の町アストゥリアスの人達が特例なのである。


「そんな私では、マグニフィクス伯爵領を護る事は出来ません。無視されるか約束を取り付けても破られたり違えられるなんてリスクは、自分より何より領民のためにも冒せません。父の血縁者の中から後継を見出すとしても、マグニフィクス伯爵家の当主を、フォルクハルトの名以外から出すのはどうしても忍びなかった。それならいっそ、陛下にお返しして、たとえフォルクハルトの名が消えても、王領として栄えるほうがマシなように思えたのです」


 私の隣に座るお祖父さまも向かいに座る伯父さまも、痛ましいものを見る目をして慰めの言葉を探している。


「それはもういいのです。今更、あの国で培われて来た土着の信仰のような迷信への意識を変えるなどどだい無理な話。周りに理不尽な態度を受けた哀しみ以上に、お父さまにもお母さまにも、お二人からたくさんの愛情を貰いましたから。それを忘れないから、私はもうそれで充分なんです。

 私ほど真っ赤ではないにせよ赤みを帯びた濃いダーク金髪ブロンドのお母さまも、私が知らないだけで、その見事な新銅色の髪ストロベリーブロンドのことで、ご苦労をなさったかもしれません。まして、私が……」


 私の目の色が、お母さまともお父さまとも違う翠眼であったがために、お父さまの子ではないのではないかなどと不名誉な噂もあったくらいだ。

 隣国の大公息女ということもあって、表立って悪し様に言う人はいなかったみたいだけれど、むしろ直接言わずに弁解の場を与えずに扇の裏でコソコソと言われる方が、より堪えたかもしれない。

 もう今となっては、それを確かめる事も出来ないけれど、当時を知るカロリーネや家令ニクラースに訊けばおおよそのことはわかるに違いない。


 お祖父さまも伯父さまも、お二人にこれ以上悲しみを感じて欲しくなくて。

 髪や目の色が違うというだけで人を爪弾きにするような、人の出自を馬鹿にしたり意図的に孤独に突き落とす、そんな人達が多くいるような国でも私の生まれた国。

 お母さまが望んで嫁いで、亡くなるまでお父さまと深くいつくしみ合い、私を育んでくれた故国を嫌って欲しくなかったから、私の目のことまでは口に出せなかった。


「ですから、私は…… わたくしは、領民のためにと自分を誤魔化しながら、正当化しながら、その重責から逃げて来たのです。陛下は最後まで引き留めてくださいましたけど、最終的には、一度頭を冷やしてこいと、請願書を受け取ってくださいました。ただ、サインはしてくださらなかったし受理もされてはいないようですけど、私があの国に戻らなければ、いずれよき新しい領主を派遣してくださることでしょう」


 いつまでも、子供の我が儘で国境地帯の領地を放置するなんて、慧眼な陛下ならなさらないと思うから、私は、あの国に戻らないことで本気だと知らしめるしかない。


「お嬢さま。言葉が足りませんわ」

「え? 私、何か忘れてる?」

「マグニフィクス伯爵領主をフォルクハルト家以外から出したくない我が儘などと、ご自身を貶める言葉で誤魔化さないてください」

「え? 本音だけど? フォルクハルトの氏族名を持たない人がマグニフィクス伯爵を名乗るのを見たくないのも本音だし、誰も相手にしてくれないような情けない伯爵になんかなりたくないって、するべき努力も持つべき誠意も投げ出して、子供の我が儘で逃げ出したのも本当でしょう?」

「お嬢さまの感傷を利用して近づき、伯爵家当主の座と領主の利権という餌に簇がる、分家から更に格下の分家に婿養子に行った俗物が、お嬢さまから商会会頭代行を請け負うことを隠れ蓑に、伯爵家の実権を掠め取ろうとしていたではありませんか。あのような者をあのまま放置していていいはずがありません。大旦那様に正しく報告して然るべきです」


 あ、カロリーネってば、まだ怒ってたんだ。


 

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