新しい生活は順調な滑り出し⋯⋯のはずが?

第1話 私は、本物ですが、平民なんです


 サヴォイア公国の、大公家の馬車は、とても乗り心地がよかった。

 サスペンションがとても効いていて、殆ど揺れを感じない。加えて、座席もふわふわ尚且つ沈み込みすぎないもので、これなら何時間か乗ってもお尻は痛くならないだろう。


 お祖父じいさまも伯父さまも、心配していた「お前など孫ではない」的な態度ではなく、孫が可愛くて仕方ない孫馬鹿爺さんと伯父さんである。


 その和やかな雰囲気につい、あれこれと訊かれるままに、伯爵家でのこれまでの生活や身のまわりの出来事などの話を喋り続けてしまった。

 お祖父さまも伯父さまも、私の声を聞きたいと、にこにこと私の脈絡なく思いつきであれこれ喋るのを、黙って聴いている。


「お祖父さま、狡いです」

「ん? なにがかの?」

「わたくしも、お祖父さまや伯父さまの声を聴きたいし、おふたりがどんな風にお話になるのか知りたいです」

「ふむ? 儂も倅も、一般的な貴族言葉を使っておるかの? まあ、多少はサピヴィデイア訛りが入っておろうがの」

「そうだね。もう、この話し方が身についてしまっていて、普通の砕けた言葉は上手く使えなくなっているかな?」


 お父さまも、バスティアンの父君ライニンゲン伯爵も宰相閣下も、みんなこんな話し方だ。


 陛下は、各省の大臣や貴族家当主には同じような話し方の貴族言葉だけど、家宰達にはやや荒いというか、やはり命じる立場の人らしき、こう、職場の上司っぽい?話し方で、デビューしたばかりの令嬢令息には優しい兄のような話し方をなさる。

 けど、なんでかな、私には、宰相や宮宰達のいない場所では、人目のない時のエイナルのように砕けた、現代の青年のような話し方になる時がある。

 勿論、私の事を馬鹿にしてるとか舐めてかかって見下してるとかって事ではなさそうなので、身近に感じて緊張しないように気遣ってくださっているのかもしれない。


 話を戻すと、お祖父さまは、サピヴィディア訛りが入っていると言っていたけれど、あまりクセのない年長者らしい貴族言葉を、伯父さまは普通の貴族言葉を話していた。

 お二人とも、大陸内の多くの法治国家の共通語を使い、綺麗な発音をなさる。

 寧ろ、私が子供っぽ過ぎて恥ずかしい。


「何を言う。可愛いではないか。何でもよいから、もっと話しておくれ」

「その愛らしい声を聴かせて欲しいのだよ」


 伯爵……にはもうならないけれど、デビューした以上、貴族社会の一員として恥ずかしくない話し方が出来ないと、私は勿論、お祖父さまや伯父さまが恥をかくことになるのでは。


 平成っ子令和の女子高生がインストールされてからは、意識しないと令嬢らしくいられなくなってしまったのが困る。

 11歳で母を亡くすまでは、令嬢として礼儀作法をきっちり学んだ、全き伯爵令嬢だったのに。


 とにかく、何が障るか判らないので、話題と言葉使いには慎重に注意を払わねば。

 母カタリーナ・アリスティーアがなくなった後は、カロリーネが母親代わりに育ててくれたこと。

 父も、亡くなるまで私を大切にしてくれたこと。

 カロリーネが母代わりの長女でエイナルがお兄さん、アルベリータもお姉さん兼何でも話せる友達のように、家族として暮らしてきたこと。


「エイナルというのは、あの、明るい髪色の青年だね? 護衛騎士か従僕かね?」

「平民からの成り上がり……ではなさそうだね? 貴族家のご子息かな」

「全部ですわ。マグニフィクス伯爵領の下位貴族の(領地のない男爵家)三男で、私が……わたくしが子供のころは、勉強室付き従僕スクールルーム・フットマンとして夜寝るまで勉強に付き合ってくれたり、騎士に師事して近侍(貴人付き侍従武官)エキュパージュequipageとして護衛官も兼任ねているの。忠義が篤く絶対裏切らないという確信があって、今では伯爵家の家令の管理下から外れて、私と個人契約を結んだチェンバレンなの。

 私が伯爵令嬢をやめると言っても、誓いは有効だからって、ここまで一緒に来てくれたのよ」

「伯爵令嬢をやめる、とは? どういうことかね?」


 はっ


 途中から自分が孫だと姪だと受け入れて貰えたことが嬉しくて、もっと自分のことを知って欲しくて色々と話すことに必死で、爵位と領地の返上の事をどう話すか、考えてなかった。


「あ、あの、その…… ごっごめんなさい‼」

「何を謝ることがあるのかね?」


 馬車の中なのに土下座せんばかりの勢いで、膝に額が当たるくらい頭を下げる。

 お二人とも、キョトンとしてどう出ればいいのかわからない様子。


「実は、その……」


 言いづらい。けど、言わないわけにはいかない。


「わっ、私は、実は平民なんです‼」


「「は?」」


 あまりの衝撃なのか、二人とも二の句が告げずにいるようだ。固まったようになって、頭を下げ続ける私を凝視している。


「騙すつもりはなかったんです。本当です」

「騙す…… とは? まさか、クラ……」

「あ、いいえ、私は本人です、替え玉とか偽物ではありません。カタリーナ・アリスティーアお母さまから受け継いだこの赤毛も地毛で本物ですし、翠眼は気持ち悪いかもしれませんが生まれつきで……」

「待ちたまえ、一度落ち着いて? 深呼吸をしなさい。大丈夫だよ。君を疑ってなどいないよ。君は、アリスティーアの娘時代の姿に生き写しだからね。他人のそら似などあり得ない」


 カロリーネも言ってた。私は、お母さまの若い頃にそっくりだと。


「平民というのはどういうことなのかな?」


 あれ? 伯父さまの目が笑ってない。笑顔はさっきまでと同じなのに、目だけが獲物を狙う肉食獣みたいにギラギラして、……怖い。


 

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