転生した魚魔法の伯爵令嬢は婚約破棄され隣国の公爵に溺愛される?
@kishibamayu
第1話 魚魔法 素敵やん?
日本にはたくさんの『転生もの』と呼ばれる、死んで別の世界に生まれ変わる物語がある。
私、難波笑美は日本生まれ、大学進学を機に東京に住み始めた25歳、だった。
「エリザベス・ハットン伯爵令嬢。君との婚約は破棄させてもらう」
今宵参加していた王室主催の舞踏会でエドワード王子は声高々に宣言した。
この瞬間、私は別の人生を鮮明に思い出した。
あれ? 私ってエリザベス……難波笑美? いや、違う違うエリザベスよね。ナンバエミって誰だっけ……。そうだ! 私は難波笑美だった! 死んで生まれ変わってしまったんだ……!!
日本は空前の大転生時代。
私もそのうちの一人になってしまったらしい!
わぁ!! 婚約破棄ってコト!? 『転生もの』でよくある展開ーー!! ってことはこの世界って乙女ゲームか漫画の世界……ってコト!?
エリザベス・ハットン、聞き覚えはない。
この王子様の名前はチャールズ・グラハム・ヨーク。
うん、見覚えはない。
あーー原作未履修かーー。それじゃあ転生の意味ないじゃん!
これまでやってきた乙女ゲームといえば、不思議の国のアリスモチーフのものとか、主人公が記憶喪失のものとか。新選組の隊士や幕末の志士と恋愛したこともあったし、は◯たき学園や羽◯崎学園に入学して高校3年間を延々繰り返しやったこともある。
けれど王子様やお姫様が出てくる作品はやったことがない。こんなことならもっとこの手のゲームをしておくんだった……
「……リザベス……エリザベス! 聞いているのか!」
「ちょ、ちょっと待って」
私は自分の周囲を見回した。
舞踏会の参加者はことの成り行きを遠巻きに静観している。
その内、比較的私に近い場所にいた歳の近そうな令嬢に話しかけた。
「この世界って何か乙女ゲームか漫画の世界だったりする?」
ご令嬢はびっくりして固まってしまった。
そりゃそうだ。
渦中の人間にいきなり話しかけられて、しかも乙女ゲームだなんだと言われたらそんな反応にもなる。
「いえ、私が知っている漫画やゲームの世界ではないみたいです」
いや、話通じるんかい。
「元日本人?」
「えぇ。生きていた時の首相は岸田さん」
「私も岸田までは知ってる! ってあははっ! そこは流行りの音楽とかじゃないんだ」
「だってお互いに知ってるか分からないじゃない?」
「確かに」
私とご令嬢は笑い合った。
今まで知らない人だったのに一気にお友達だ。
「エリザベス! おい無視するな!」
「あっはい。ごめんなさい。それで、婚約破棄でしたっけ?」
「そうだ!」
「理由は?」
「真実の愛を見つけたんだ! 俺は彼女と結婚する」
そう言ってチャールズ王子は後ろに隠れていた女性を自分の隣に立たせた。
「彼女はウォリス・シンプソン」
「はじめまして。エリザベス様」
綺麗なカーテシーをきめたその女性はこの国__ラヴァーズ王国などというふざけた名称であることに前世の記憶が戻った今気づいた__の一般的な容姿ではなく、分かりやすく例えるならラテン系の見た目をしていた。
「あらとても綺麗な方。……あら? どこかで見たような気が……」
「わたくし女優をしておりますの」
「あぁだからか! 映画で見たことある気がする!」
「あら、ありがと♡」
ウインクが飛んできた。
あまりの色気に鼻血を出して倒れるかと思った。
「だから君とは結婚できない」
「なるほどなるほど」
「……お前、なんか口調が変わってないか?」
おっと危ない! 記憶が戻ったせいで口調とか思考が日本人やってた頃に引っ張られてるっぽい。気をつけないと。
私の今はエリザベス・ハットン。
このラヴァーズ王国(笑)の貴族令嬢だ。
「んんっ! 失礼いたしました。それで殿下、どうしてこのような場で婚約破棄を宣言されたのです?」
「手っ取り早いだろう。今日はウチ(王家)主催の舞踏会。国王陛下や王妃様、国中の貴族が集まっている。ここでエリザベスとの婚約を破棄しウォリスと結婚すると発表したら発表が一度で済むじゃないか」
アホかこいつは。
まずは結婚してもいいか親に確認しろ。
それで良いと言われたら内々にハットン家に婚約解消を申し入れろ。
なーに面倒な諸々すっ飛ばしてんだ。
面倒くさがりなのか?
この人ってそんな人だったっけ?
あっそうか。正規の手段じゃ結婚できないからこんな舞台でぶちかましたんだ。
王族で平民と結婚した例はない。
多分王族方や議会に反対されて結婚は許されない。
でもこの場で「結婚する!」と宣言すればどうだろう。
ワンチャンあるかも?
でも__
「王族の身分を捨てて生きていけるのですか?」
「えっ……」
王家なんて特殊な環境に生まれた人が市井に紛れて生きていくのは簡単じゃないと思う。
「チャールズ!! これは一体どういうことだ!」
「あなたはいきなり何を言い出すの。きちんと説明なさい!」
ホールの奥、一段高くなっている場所で椅子に腰掛けた国王陛下と王妃様が血相を変えて声を上げた。
「陛下、王妃様。今申し上げたとおりです。私はハットン伯爵令嬢と婚約を解消し、ウォリスと一生を共にしたく存じます」
王子はウォリスさんの肩を抱き寄せて見せつけながら言った。
「なぜ私たちに相談もなしに勝手に決めた。まさかハットン伯爵令嬢にも事前に申し伝えていないのではあるまいな?」
「……反対されると分かっていましたので……」
陛下の厳しい追及に王子は当初の勢いを失っていた。
「エリザベス嬢とは手紙のやり取りや社交の場で仲良くやっていたと思っておりましたが」
「エリザベスとは上手くやっていました。でも恋はしなかった。しかし私は2年前に貧困者支援のチャリティー公演に公務で参加した時、彼女と出会ったんです。その瞬間に電撃に貫かれたのです!」
いわゆるビビビ婚ってやつ? って古いか。
王子は王妃様の問いには聞かれていないことまでペラペラと喋っている。
そういえばここ2年くらい王子から手紙をもらっていない。
ある意味誠実なのか? ウォリスさんにだけは。
「だから反対されると分かっていても結婚するために今宵このようなことを……」
陛下は何か考えるように黙り込んだ。
重い沈黙が会場に落ちる。
「チャールズ・グラハム・ヨーク。お前を今日をもって王族籍から抜き、ただのチャールズ・グラハムとして好きに生きてゆくがよい!」
なんと追放されたのは王子のほうだった!
さすが王様。判断が早い!
私も前世で経営者や優秀な人と一緒に働いたこともあったが、あの手の人たちは損切りが早い。
王子は秒速で損切りされてしまった。
「そんな! 私は陛下の長男、王太子ですよ!?」
「下には王子も王女もおる。いずれもお前と同じ教育を受けさせている。問題はない」
でもその教育でこんなバカ王子が誕生しちゃってるんですが、そこんとこ大丈夫そ?
「でっ、ですが! 王籍剥奪など大罪を犯したわけでもあるまいし!」
「ハットン伯爵家に根回しもなくいきなり公衆の面前で婚約破棄。犯罪ではありませんがこのように道理にもとる行いをして伯爵や夫人には申し開きのしようもない。あなたには責任を取る必要があります」
王妃様が冷静に諌めた。
そう、こんな場で婚約破棄された令嬢に縁談はもう来ないのだ。
「そっ、それに! エリザベスは魚魔法なんて変な魔法の適正だし!」
この世界の住人は全員なにがしかの魔法の適性があり魔法が使える。
大抵は火や水の適性で、火はマッチのない時代にはさぞ役に立ったことだろう。
今では大抵の家にガスコンロがあるので使用機会は限られるが。
水の魔法も上下水道がまだ整備されていない田舎では現役で大活躍だ。
っていうか魔法に頼っているから技術力が進歩しづらいんだと思う。
この世界にはまだ車も汽車もないのだ。
「魚魔法! 大いに結構! 飢饉や戦火に巻き込まれてもエリザベス嬢がおれば助かるのだぞ」
「いや、そんな国民全員のお腹を満たすほどのお魚は出せませんけどね」
魔力が枯渇するまでお魚を出しても家族と屋敷の使用人のご飯3日分せいぜいだ。
魔力はカラになったら数日は使えない。
つまり1日1回、1日分のお魚なら出せる。
美味しいし、キャンプ(前世では1回やったことがある)でも大活躍しそうな魔法なのに、変な魔法なんて。ちょっと傷つく。
まぁ変だけど。
少なくともこの国や周辺国には私以外に魚魔法が使える人はいないし。
「それでも王太子妃となれば王家を優先して助けることになるではないか!」
打算的~!(IKK◯風)
けど貴族の結婚ってこんな感じで利害関係ありきの政略結婚が8割9割だからね。
いざというときは生家の家族も助けたいけど、婚家を優先するのがここの常識。
そんなわけで私の魚が欲しい家はそれなりにあって(内陸部で新鮮なお魚と縁遠い土地の貴族家とか)うちには私への縁談がそれなりの数来ていたみたいなんだけど、王家からの打診があった時点で全部吹っ飛んだ。
「戦の気配なんてありませんし、飢饉には備えればいいだけではないですか! 私の妻がエリザベスである必要はないでしょう!?」
この王子なかなか食い下がる。
もうこうなったら国王と王子というより親と子。
200人以上の観客がいる壮大な親子喧嘩劇場だ。
幕が降りる前に席を立ってもいいですかね?
いや私も一応出演者側か。
「確かにエリザベス嬢である必要はない。しかし、貴族の令嬢である必要はある」
陛下は言い切った。
「なぜです?」
言われないと分からないかバカ王子。
「王太子の妃とはゆくゆくは王妃。この国の貴族女性の上に立つ人間です。いくら優れていようとライオンがチーターの群れの王にはなれぬよう、平民が貴族のトップに立つことはできない、誰も認めないのですよ」
王妃様は冷たく言い切った。
私は貴族社会に迎え入れられなかったウォリスさんの様子を窺った。
彼女に動じた気配はなかった。
ははーん。さてはウォリスさんはこの展開を読めていたな?
さすが私でも知ってるくらいの有名女優さん。アホ王子より色々と『分かってる』。
こうなると分かっていて王室から離反させるために婚約破棄騒動を起こすのを止めなかったとみた。
これで王子とウォリスさんは手に手を取り合ってどこでも自由に生きていけるもんね。
でもさー。される側のことも考えて欲しかったんだけど。
そんなわけで王子の王籍剥奪は決定事項。
王子はこれ以上言い募っても無駄だと悟り項垂れている。
ちょっとー?
婚約破棄は仕方ないとして自分の都合で勝手に破棄するんだからごめんの一言くらい言いなさいよ。
いや、ごめんで済んだら__
「アホおう……じゃない、チャールズ王子、元王子。あなたを提訴します」
警察も裁判所もいらんのじゃい!!
「は!? 提訴!!?」
「当たり前です。このような場で婚約破棄された女にもう結婚話はきません。私はハットン家の不良債権になってしまいました。ここまで育ててくれた父や母にも申し開きできません。せめて今後一人で生きていくのに不自由しない金銭的補償がないと」
今世の父と母も私を慈しんで育ててくれたが、お金をかけ身なりを整えさせ、家庭教師をつけて勉強させたのはハットン家の安定と更なる繁栄のため。有力な家へ嫁がせるためだ。
それなのにこのバカ王子のせいで父母の今までの投資もパアだ。
「婚約破棄に対する慰謝料、それが公衆の面前で行われたことによる名誉毀損、それから2年前にウォリスさんと出会われて恋に落ちたとのことですので、婚約期間中の浮気ということで精神的苦痛を受けましたのでそれも請求金額に上乗せしておきます」
王子はもう王族ではなくなるが、身一つで放り出されることはないはず。
しかも有名女優と結婚するんだから俳優デビューとかもあるかも? 顔だけはいいし。
そのお金全てむしり取ってくれるわ!!
さすがに一貴族が王家に裁判をふっかけることはできないが、元王族になったチャールズにならまぁギリセーフだろう。
「では次は裁判所でお会いしましょう」
私は踵を返して会場を出た。
◇
会場を抜けて夜の王宮を歩く。
あの場にいた両親は今から陛下と王妃様と今後のお話し合いだろうか。だったら先に家に帰ってもいいだろうか。
涙は出なかった。
王子に恋はしていなかった。
ただ婚約者と決められてから7年。
あの人とずっと生きていくのだと思っていた。王族の一員となって。
だから厳しい勉強も耐えた。
立派な王太子妃になれるよう。
でも何もなくなった。
もうカラッポだ。これからどうしよう。
慰謝料をガッボリいただいて家計の足しにしてもらうとして、私は何をするか……。
庭園まで歩いてきていた私は、馬車に乗る前にベンチで少し考えることにした。
結婚できなかった貴族女性の進路はそう多くない。
1、修道院に入る
祈りと社会奉仕に生きるのもいい人生だけど、修道院は戒律や決まり事が多いから、前世を思い出した今は息苦しさを感じそう。
2、家庭教師になる
これは悪くないかも。王太子妃になるためそれはもうめちゃくちゃ勉強したから知識に不足はないはず。
あとは上手く教えられるかどうかかな。
あーあ、日本で家庭教師のバイトでもしとくんだったな。
3、家に残って財産管理や慈善活動をする
両親が許してくれるならこれが一番いいかな。ただ3人いる娘の一人が家に残るのは許されるが複数人いるのは世間体が悪いしいる必要もない。
私が家に残るなら妹2人にはなんとしてでも結婚してもらわなくてはならなくなる。
お姉ちゃんがそのジョーカー使っちゃっていい? やっぱ切り札は残しておきたい?
こればっかりは家族会議が必要だわ。
さて、脳内会議も終わったことだし帰りますか、と腰を上げたところで誰かの足音が聞こえた。
一人だ。だったら追いかけてきた両親ではない。
暗闇に目を凝らしてみると、月明かりに浮かび上がったのは短くかられた黒髪、それから190センチはありそうながっしりとした体躯。
でっっっっっか。
しかしこのままこの庭で2人きりは少しまずい。
誰かに見られれば『貞淑さに欠ける』とレディ失格の烙印を押されてしまう。
まぁ婚約破棄で訴訟を控えた私の評価などこれより下りようもないが、ヘンな噂が立つのは鬱陶しい。
次第に距離が近づくと顔が判別できた。
あの人は……トナリ帝国__隣の国だからトナリ帝国って原作テキトーすぎるでしょ__のルイ・ド・クリニェ公爵だ。
さすがにお妃教育でも隣国の貴族全員は覚えていない。
けれどあの人の領地はこの国の南西部の国境と接していて、だから度々この国のパーティにも参加していたから顔と名前は知っている。
無視して立ち去るのも感じが悪いから挨拶だけしたら離れよう。
そう思って相手が近づいてくるのを待った。
そして会話ができる距離までクリニェ公爵が来て__
「エリザベス嬢、結婚してほしい」
「…………はい?」
「そうか。承諾していただけるのか。では君のご両親に報告しに行こう」
公爵は私の手を取って歩き出した。
ちょっ待てよ!!
今の「はい」はイエスではなく疑問系だ!
語尾が上がってたでしょ! ハテナついてたでしょ! 聞き取れなかった!?
「ちょっと待ってください! 一体何がどうなって……冗談ですよね?」
「冗談でプロポーズする男などいない」
「まぁ普通はね。……じゃあ本気ってことですか!?」
「当たり前だ」
「どうして!?」
「魚だ」
まさかの魚目当てーーー!!?
体目当ては聞いたことあるけど魚目当ては聞いたことないよ!?
無から魚を出せる人間も私くらいだけど。
「……公爵様の領地ってそんなに食い詰めてるんですか?」
「そんなことはない。昨年の収穫は平年通り、今年も順調にいけばその見込みだ」
「じゃあどうして結婚を?」
「……君が魚魔法を使うからだ」
答えになってない!
やっぱりいざという時の食料要員ってこと?
問答している間に王宮の一室に着いていた。
中には両親と国王陛下に王妃様。
私は慌てて礼を取った。
「良い良い。顔を上げよ」
許しを得て姿勢を戻す。
「エリザベス。この度はチャールズが申し訳なかった……!」
「本当にごめんなさい」
国王夫妻に揃って頭を下げられて慌てる。
「どっ、どうか頭を上げてください!」
王族に頭を下げさせるなんてとんでもないことだ。あぁ心臓に悪い。
この部屋に両親がいたってことは、すでにお二人から謝罪を受けていたのだろう。
「本当に謝って済むことでないのは分かっています。あなたの人生に関わることですもの……。
ふつうの令嬢なら婚約破棄のあの場から数週間は泣き通すことだろう。
だけど前世の記憶が戻った今の私の心は冷め切っている。
ちゃんとバカ息子を教育しとけ。
あれが次の国王だなんて、王政も息子の代で終わりかな。
と脳内で悪態をつくくらいには冷え冷えだ。
「エリザベス嬢の今後の婚姻に差し障りがあるとお思いなのでしょうが問題ありません」
「そなたは、トナリ帝国のクリニェ公爵。今晩はせっかく出席してもらったというのに舞踏会は中止になってしまい申し訳なかったな」
「いえ、おかげさまでエリザベス嬢と結婚できることになったので私にとっては幸運でした」
「結婚!!!???」
大人4人が目を剥いて驚いている。
そうだろう、そうだろう。
私も驚いてるよ。
「エリザベス、結婚って?」
「どういうことなの?」
「分からない……」
「初めまして、ハットン公爵に公爵夫人。私はトナリ帝国のルイ・ド・クリニェ。爵位は公爵を賜っております。そしてお嬢様には先ほどプロポーズを承諾いただきました」
承諾ってナンダッケ? 汁だくの親戚だっけ?
「そっ、そうですか。いやしかし急ですね。失礼ですが、どうして娘を?」
「一目惚れです」
いや絶対嘘やん。
さっき魚目当て言うてましたやん。
あかんあかん! 爽やか~な笑顔で微笑んでも騙されへんで!
横から笑ってるのを見たら、公爵様はとっても綺麗なお顔をしていることに気づいた。
あらやだ。眼福眼福。
「一目惚れ! よかったじゃないエリザベス! これからどうなるかと思ったけれど……」
母は目に涙を浮かべている。
なんだかどんどん結婚しないとは言えない空気になってきた。
「つきましては結婚契約の詳細を決めたいのですが」
「エリザベス、話を進めるけれどいいね?」
これは私に尋ねているのではない。決定事項を伝えているだけだ。
この時代、この国に貴族の子供が結婚相手を決める権利はほぼない。
父も公爵のことはほとんど何も知らないだろうけど、それでも娘(不良債権)を持っているより売れるなら売ってしまおうと考えているようだ。
私もまた損切られたか。
「はい」
「ではクリニェ伯爵。我が家で詳細を話し合いましょう。ただもう夜も遅い。今夜は泊まっていただき、話は明日にとしませんか?」
「お言葉に甘えさせていただきます」
こうして私は屋敷に戻るため馬車に乗った。
翌日にはすんなり結婚契約の内容も決まった。
結婚時期は私が訴訟の取り下げを断固として拒否したため、それが終わってからとなった。
そして1年後、持参金とは別に慰謝料でたんまりもぎ取った私有財産を持って、私はクリニェ公爵家に嫁いだ。
◇
馬車でクリニェ公爵領に入って3時間。昨夜はラヴァーズ王国(笑)側の領地で宿泊したので今はお昼前くらいの時間だ。
領地で一番大きな街に入ると、丘の上に大きな屋敷が建っているのが見えてきた。
あの屋敷で今までどれくらいの人が生きて、生まれて、死んだんだろう。
なんてちょっと思いを馳せてみたり。
私もきっとあの屋敷で最期を迎えるんだ。
仲のいい夫婦になりたいなぁ、と思う。
やっぱり仮面夫婦なんて寂しいじゃない。
貴族は政略結婚がほとんどだから外に愛人がいる夫や妻も少なくはないけど、やっぱりそれは寂しいと思う。
否が応でも人生の大半を、親よりも長く一緒にいるのだから支え合って生きていきたい。
いや、それよりもまず暴力やギャンブルなんかをする人でないことが重要だけど。
何せあの舞踏会が初対面。そのあともろくに会話はしていないから公爵の人柄なんてなーんにも分からない。
私は最悪を想定して、公爵がDV男だった場合に備えて脳内シミュレーションした。
どうしたら自分が警察に捕まらずにDV男を仕留められるか。
事故を装って階段から突き落として再起不能にさせるところまで考えていたら屋敷に着いた。
ハットン家の馬車が遠くからでも見えていたのだろう。馬車を降りたら使用人たちが勢揃いしていた。そしてクリニェ公爵も。
「よく来てくれた」
「少々、疲れましたわ」
「少し休んだら昼食にするといい」
「えぇ、そうさせていただきます」
これが夫婦になって最初の会話だ。
愛想はないけど私のことを気遣ってくれて、けっこういい夫かも?
いやいやまだ油断ならん。
モラハラはいつ発動するか分からないってのが定説なんだから!
で、昼食。
「あの、お仕事はよろしいの?」
「いい」
いいんだ。今日は休み? それとも私が来たから手を止めてくれてる?
「道中はどうだった?」
「危ないこともなく、車内は侍女とお喋りして時折り外の見慣れない景色を見て楽しかったです」
ちなみに一緒についてきてくれた侍女も聞けば元日本人だった。どんだけいるのよ元日本人。
「それはよかった」
会話が! 続かない!!
私の話術がダメなのか?
会話も貴族のテニスもラリーが重要なのよ!?
私、波動◯でも使っちゃった? それなら手塚◯ーンで拾ってよ!
「あの、今日はお休みの日なのですか?」
「いや。だが、屋敷の中を案内する」
仕事はいいのかよくないのか、どっちなんだい。
昼食を終えた私は伯爵と屋敷探検に繰り出した。
玄関すぐの中央ホール、その奥にドローイングルーム、朝食室にダイニングルームとさっきまでいたリビングルーム、それから大広間(ボールルーム)にビリヤードルーム、画廊、それから客室と客室と客室と__
貴族の屋敷は部屋だらけだ。
2階は家族の寝室とまたまた客室。
ちなみに公爵様と私の寝室は別。
結婚契約を終えたら一緒に住むんだけど、寝室を共にするのは結婚式の後、っていうのがここらへんの国での常識なのだ。
結婚式は3カ月後。ドレスは現在鋭意制作してもらい中。
それから使用人区域と馬小屋、離れにある図書室見て探検ツアーは終了した。
「では俺は仕事に戻る」
「っ、はい。ありがとうございました。それであの、私は何をすれば……?」
「好きにすればいい」
そう言って公爵は仕事に戻っていった。
えぇぇぇ~~!!?
仕事は自分で探せって?
ブラック企業じゃん。
クリニェ公爵様のご両親は引退して保養地にある別荘で悠々自適に暮らしているらしい。
だから前公爵夫人(大奥様)にOJTを頼むこともできないのだ。
仕方がないので、屋敷の一切合切を取り仕切っているであろう執事に話を聞きに行くことにした。
「私がしなければならない仕事はないかしら?」
「そうですね……。この家は5年前にルイ様へ家督が譲られた時から女主人はおられませんでした。ですからそれで問題がないようにしておりまして……」
つまり仕事はないわけだ。
次!
今度はメイド長に話を聞いた。
「今って使用人の数は足りているのかしら?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
使用人の管理はどこの家でも女主人の仕事だ。
「今まではあなたが採用していたの?」
「はい。執事と相談をして……。奥様、何か問題がありましたでしょうか?」
「いいえ! 違うの。仕事を探していただけ」
「そうでしたか。……家向きのことは足りているかと思いますので、外の活動で考えてみられては?」
外の活動とは、社交活動や孤児院や困窮者の支援などのことだ。
今すぐに出来ることではないが、ゆくゆくはこれらのこともやっていかねばならない。
いずれにしても公爵様と相談しなくては。
話できるかな~~~!!?
今のところ会話らしい会話できてないんだけど。
あんな感じで魑魅魍魎が跋扈する貴族社会を渡っていけるの?
いや、前公爵様がまだ高齢でもないのに爵位を譲ったということは優秀なはず。
じゃあ会話が成立しないのはなーぜなーぜ。
あっ、私をお魚生成装置としてしか見てない?
はぁ……。それならさっそく生成装置として仕事しますか。
先ほど場所を確認した厨房に戻って中にいる人に声をかけた。
「ごめんなさい、少し聞きたいことがあるのだけれど……」
「奥様じゃないですか! 先ほどの食事で何か問題でもっ……!?」
奥から慌てて男性がすっ飛んできた。格好を見るに料理人のようだ。
「いいえ! とても美味しかったわ。そうじゃなくて、公爵様は私のお魚が食べたいと仰っていたから夕食にどうかしらと」
「奥様が持参してくださったんで?」
料理人が私の背後を窺うそぶりをしたが、残念。まだないのだよ。
「私、魔法でお魚が出せるの」
「魔法で!? そりゃすごい! 羨ましいねぇ。一生食うに困らないじゃねぇですか! って奥様がそんな状況になるはずがございやせんね」
彼はバツの悪そうにヘヘッと笑った。
「それで奥様。今日の料理分の食材はもう届けてもらってるんで、明日じゃいけませんかね?」
「大丈夫よ」
私は明日の昼過ぎにお魚を出す約束をして自室に引き上げた。
私は与えられた自室に入った瞬間、とある事に気づき胸が熱くなって涙が出そうになった。
「お嬢様……いいえ、奥様。このお部屋、お気づきになりましたか?」
「もちろん。すぐに分かったわ。ハットンの家の私の部屋と雰囲気が似てる」
侍女も感動しているようだった。うっすらと瞳に涙が溜まっている。
ちなみにこの侍女が元日本人だ。
「お母様が手配してくださったのかしら?」
「そうとしか考えられません。誰がそこまで気が配れるというのです? ほら、窓辺には奥様のお好きなブルーベルのお花が」
「本当だわ……」
淡い青のような紫のような可憐で小さい花が茎に鈴なりについている。それが数本花瓶に生けられていた。
それから窓の外を見るとそこにもブルーベルの花が植えらていた。
ホームシックになりそうだ。
「お母様……」
考えないようにしていたけど、どうしようもなく寂しくなった。
私はひとりぼっちだ。
正確に言えば私と侍女のサリナのふたりぼっちか。
二人ぼっちならそんなに寂しいこともないか。
「公爵様がお優しい方だといいですね」
「そうね。でも今のところ全く掴めないわ」
一息つこうと椅子に座ると、ちょうどいいタイミングでこの屋敷のメイドが紅茶を運んできてくれた。
なんて優秀なの!
それに私のことを考えて動いてくれている。
「公爵は分からないけど、この屋敷の人たちは優しいね」
「はい、奥様」
「ところでサリナ。やっぱりこの世界の原作(?)思い出さない?」
「そうですねぇ。私の知らないゲームか漫画なんですかね?」
「にしても、元日本人多くない? 私にサリナに舞踏会にいたご令嬢……。まさか公爵様も、なんてないよね!?」
「いや、まさかまさか」
「聞きたい。けどまだそんな話できるような関係じゃないよ~!!」
気になる。気になりすぎる!
夕食の席にも公爵はいた。
「もうお仕事は終わりですの?」
「今日は終わりにした」
それって私と夕食を食べるため?
聞けない!!
違うって言われたら精神が持たない。
「そうだわ。公爵様ご所望のお魚ですけれど、明日の夕食には出ますわ」
「ルイ、と」
「え?」
「『公爵様』は他人行儀すぎる」
「あっ、はい。ルイ様」
ルイ様、初めての自己主張。少し感動。
「君は……リズ? ベス?」
「エリーと呼ばれておりました」
「珍しいな」
「私の同年代はエリザベスという名前が多かったので、両親が愛称は他と違うものがいいと思ったようで」
「確かに、皇太子妃となるにはエリザベス、ヴィクトリア、メアリー、アン、シャーロットあたりが相応しいな」
ラヴァーズ王国(笑)の王室には男子にも女子にも格式高い名前である必要がある。
なので、王室に王子が生まれたら、貴族家はその後に生まれた女子に王室に入れるような名前をつける。
だから私の周りにはエリザベスやメアリーが多かった。
「エリーか。……エリー」
「はい」
「…………」
いや、なんもないんかい!
やっぱこの人のこと分からん!
◇
昨日のディナーの時にも「妻としてチャリティ活動や社交をしたほうがいいですよね?」と確認したが「好きにしたらいい」としか言われなかったので好きにすることにした。
とりあえず働かない!
いや、職務放棄はしていない。
ちゃんとやり方を手紙で大奥様に問い合わせた。
今はその返事を待っているところだ。
それでやることがないので、自由に過ごすことにしたのだ。
ずっとお妃教育で自由な時間なんてなかったんだから、ちょっとくらい遊んでもいいよね? いいよね!
今週の過ごし方はこうだった。
月曜日。使用人から借りた恋愛小説を読んだ。勉強の本みたいに小難しくなくて楽しい!
その日の夜の会話。
「今日は何をしていたんだ?」
「小説を読んでいました」
「面白かったか?」
「えぇ」
おわり。
火曜日。街へお出かけ。可愛いバッグを見つけたので衝動買い! たまにはいいよね?
「今日は何をしていたんだ?」
「街で買い物を。このバッグを買ったんです!」
ドヤァと見せつけたが、返事は「そうか」だけだった。
水曜日。昨日は歩き回って疲れたので日がな一日ゴロゴロしていた。
「今日は何をしていたんだ?」
「疲れが出たのでゴロゴロしていました」
「そうか」
木曜日。今日は家にセラピストが来た。
女性のセラピストだが、ルイ様が呼んだのだろうか? 私もついでに受けさせてもらった。
全身パックをしてもらい、その後はマッサージ。
「極楽……じゃなかった、天国のようでしたわ」
「そうか」
金曜日。疲れが取れたので再び街へ。素敵なレストランを見つけた。
「行ってみたいですわ」
「そうか」
「今日は少し寒かった。きちんと着込んで行ったか?」
「えぇ、大丈夫です」
今日は少し会話が増えた。これは私にとっては小さな一歩だが彼にとっては大きな飛躍、かもしれない。
レストランはサリナに予約をお願いした。
土曜日。昨日予約を頼んだお店に今日の夜に行ける、と執事のジェームズから伝えられた。
「ありがとう。でもどうしてジェームズが?」
「昨夜、旦那様から2人で予約を取るように、と申しつけられましたので」
「それってルイ様も一緒に行くってこと?」
「左様でございます」
なぜ??
素敵なレストランって言ったから気になった?
というわけでディナーを食べるためにルイ様と馬車に乗って街へ向かった。
「今夜も少し冷える。きちんと着込んだか?」
「えぇ、ご覧のとおり。……あら?」
袖に違和感を覚え見てみると、上着の袖口のボタンが取れそうになっていた。
「恥ずかしいわ。どこかにひっかけたのかしら」
この上着は馬車に置いてレストランに入ろう。そう思い上着を脱いだ。
「貸して」
ルイ様は上着のポケットから裁縫セットを取り出し手際よく修繕した。
直った上着を着直して袖口を見ると見事綺麗に繕われていた。
「あっ、ありがとうございます。ルイ様は裁縫もできるのですか?」
「20歳から2年、軍にいた」
言葉から察するに、ラヴァーズ王国(笑)と同じようにトナリ帝国(笑)にも貴族の男子は一定期間軍に入って厳しい環境で心身を鍛える、という慣わしがあるっぽい。
そうこうしているうちにレストランに着いた。
店内も外装同様とてもおしゃれだった。
床には水路が引いてあり、真ん中には池があってそこにも席が作ってある。
私たちの席はその池の中の席に着いた。
全席半個室になっており、ここも四方にある柱から沙が垂らされていてプライベートも保たれている。
予想以上に雰囲気のいい店だ。
さて、お料理の方はどうだろうか?
「何を注文しましょうか?」
「オススメのコースを注文しておいた」
「あら、そうなんですのね」
「まずかったか?」
「いいえ! 初めてのお店ですから何があるかも分かりませんし、オススメが食べられるならそれがいいですわ」
「そうか」
それからはいつも通り会話が弾むことはなく、でも最初の頃のように気まずくはない。
「っ! このお肉とっても美味しい……!」
一口で上質だと分かる。とろけるような食感で、ソースも深みがあって最高のハーモニーを奏でまくっている。
「そうか。もっと食べなさい」
なんと、ルイ様はご自分の分を半分わけてくれた。
「あっ、ありがとうございます」
ルイ様の分のお肉も美味しくいただいて、デザートまで堪能して、食後のお茶で一息。
「明日は何をするんだ?」
「何をしましょうか。まだ決めていません」
「では馬に乗って少し遠くへ足を伸ばさないか?」
まさかのお誘い!?
っていうかこの人「今日は何をしていたんだ?」「そうか」以外喋れたんだ。
今日はちょっと近付けた気がする。
もっと知りたい。
どうやって生きてきたのか。
何が好きで、何が嫌いか。
今はお魚が好きなこと以外に何も知らない。
私のことはどう思ってる?
私のことを好きになって欲しい。
「ぜひ。どこへ行きますか?」
「湖だ」
どこの!?
◇
馬に乗ってきたのはラヴァーズ王国(笑)と国境を接する街だ。
ここには琵琶湖並みに大きな湖があって、その水は目の覚めるような青色。
湖の周りにはコテージが建てられ、国内外から多くの観光客がやってくる。
私たちは湖の畔に立った。
「ここ……、昔に家族と来たことがあります」
「知ってる。その時に会ってる」
「えっ……。全然記憶にないのですが……」
本当に私でしょうか?
「私は家族や親戚と一緒に来て、男たちは釣りをした。その中で私だけが小魚1匹しか釣れず、多分泣きそうな顔をしていたんだろうな。水遊びをしていた女の子が近づいてきて魔法で魚を出してくれた。鮭と鮪を。そして『これ食べて元気出して』と笑って、また遊びに戻って行った」
魔法で魚を!
それは間違いなく私だ。
魔法で魚を出せる人間はこの国にも、ラヴァーズ王国(笑)でも私だけなのだ。
っていうか、鮭と鮪って。デカすぎんだろ……。
「それだけのことだったのに、ずっと君のことが忘れられなかった。初恋だ」
……………………ん?
ハツコイ?? 初鯉??
えっ、まさか初恋、ファーストラブの方ですか!?
「初恋……? 念のため聞きますけど、魚の鯉ではないですよね?」
「違う」
「私のこと……好き、ってコト……?」
「好きだ」
まっすぐ見つめられて、じわじわと顔に熱が集まってくる。
くそ! 憎らしいほどの超絶美形め!
「風邪か? 顔が赤い」
ぴとりと頬に触れられて、もっと熱くなった。
「風邪じゃないですっ!」
「じゃあ水辺の風邪が冷たいか?」
「初夏なのでちょうどいいくらいです! そうじゃなくて! ……好きなんて言うから……、好かれてるとは思ってもいなかったので……」
今度はルイ様が目をまん丸くして固まってしまった。
あまり動かない表情筋がその顔を作るのは初めて見ましたよ。
「……なぜ?」
それはこっちのセリフですよ!
「なぜって……。好きだなんて一言も……」
「プロポーズはした」
「でも私のお魚が欲しい、みたいな言葉じゃなかったですか」
「違う」
私はプロポーズシーンを思い出した。
「エリザベス嬢、結婚してほしい」
ここだけ見れば普通のプロポーズだ。
その後に私が 「どうして!?」と聞くと、
「魚だ」
と返ってきたのだ。
その後にもう一度問いただすと、
「……君が魚魔法を使うからだ」
と言われた。
Q、この時の登場人物の心情を答えよ。
むずくね!?
待て待て待て。
湖でのことがきっかけで私が好きなんだと仮定すると、
「魚だ(副音声:君があの時、魚を出してくれたからだ)」
「君が魚魔法を使うからだ(副音声:魚魔法を使えるのは君しかいない。間違いではない)」
そういうことでしょうか? 赤ペン先生!!
「分かりにくすぎますよ……」
私は力が抜けてへなへなと座り込んだ。
「そうだろうか?」
ルイ様も隣に座った。
「そうですよ!」
「だが、君は自由に楽しく過ごせていたのではないのか?」
「それは、確かにそうです」
「今まで妃教育で自由な時間などなかっただろう」
ん? それって……
何をしたらいいか聞いた時に「好きにしたらいい」と言われたけど、王太子妃候補に内定した時から遊ぶ時間なんてなかった私のために自由にさせてくれていたの?
分からないって! サイ◯の間違い探しくらい分からん!
「あれ? でも待って。私は王太子妃候補者だったから、婚約破棄(あんなこと)にならなかったらルイ様とは結婚できていないわ」
私がふと気づいた疑問を口にすると、ルイ様の目が若干泳いだ。
私じゃなきゃ見逃しちゃうね!
「…………。ウォリス・シンプソンと知り合ったのは偶然だ。皇都のホテルのバーで知人を介して知り合い、少し話した。彼女は富豪との結婚を夢見ていて、顔の良い男が好きらしい。だからチャールズ王子はどうだと言ったんだ。顔も良くしかも王族。これ以上にない玉の輿だ。食いつくと踏んだ」
「えっ、それって……」
「彼女は狙った獲物は逃さないことで有名だった。私からも少し手を貸せば簡単に王子は堕ちた」
まさかあの婚約破棄に仕掛け人がいたなんて。
「ウォリス・シンプソンと出会わなくても別の手はいくつも考えていた」
不思議だった。
こんな大領地を持つ公爵様が今まで誰とも結婚せずいたことが。
私と結婚するためだったなんて。
「……軽蔑したか……?」
「いいえ! そんなことはありません」
「エリーに嫌われたくはない。……だが好かれるにはどうしたらいいか分からず、今週はとりあえず話を聞くことに徹してみた」
だから毎日「今日は何をしていたんだ?」って聞いてたの!?
「もしかして、あまり口数が多くなかったのも……」
「どういうタイプの男が好きなのか探るためだ。よく話す男が好みに合わせたとしても喋らなくなったら感じが悪いだろう。逆なら人見知りだった、くらいに思ってもらえるが」
全部、私のため。
そうだ。ここに来てからお魚だってルイ様から出せなんて一度も言われてない。
私が勝手に出して夕食にしてもらったから美味しそうに食べてはいたけど。
「もしかして、私の部屋が実家の雰囲気になっているのって……」
「婚約してからご両親に伺った」
「窓際にあったブルーベルは」
「庭師に頼み育てさせていた。咲いていただろう?」
そう。私の部屋の窓から見えるところに咲いている。
思い返せば、私が屋敷に到着した時は出迎えてくれたし、お昼も夜ご飯も一緒に食べてくれた。知らない屋敷で寂しくないように。
私に「旦那様」とは呼ばせず名前で呼ぶことを許してくれた。
疲れた私にセラピストを呼んでくれたのもルイ様だったんだ。
それから、きちんと毎日私の話を聞いてくれたし、レストランへもすぐに連れて行ってくれて、上着を直してくれて、美味しいお肉を分けてくれて、たくさん食べろと言い、寒くないかと気遣ってもらい__
お母さんか??
これが愛でなくてなんだと言うのだ。
えっ。
めちゃめちゃ愛されてる!?
「ルイ様、私はもうすでにルイ様のことが好きになりかけています」
またもや驚き顔で見つめられて数秒後、両頬に手が添えられたかと思うとルイ様のお綺麗な顔が近づいて、
キスだった。
もちろん魚の方ではない。
心臓がバクバクして頭はなんだかふわふわだ。
「見た目の好みは? 身長も顔も変えられないが、太めがいいとか細いのがいいとか」
「今の鍛えられた体型、けっこう好きです。背が高いのも。それにお顔は綺麗ですし」
「死ぬまで鍛え続けよう。性格は? 明るい方がいいか、落ち着いた方がいいか」
「今のままでいいのでは……?」
「今日の服はどうだ?」
「おしゃれで素敵かと」
「好きな本や映画は?」
「恋愛小説全般、映画もその系統です」
「全て見よう。喋りすぎか?」
「ちょっと圧倒されてはいますが嫌ではありません」
めちゃめちゃ好みに寄せようとしてる!!
「あまり改善点はないのか……?」
「今のままでいいかと。あの、そろそろ帰らないと日暮れまでにお屋敷に帰れないのでは?」
「宿を取った。荷物はそろそろ届くはずだ」
プチ旅行! 嬉しい!
ルイ様、最高!
「泊まれるのですね! どんなお宿だろう。楽しみ__そういえば、お宿って私たち別々のお部屋を取れたんですか?」
「………………」
「ルイ様?」
「別に取った。……が、同じ部屋がいい」
「え?」
「君は私に改善点はないと言った。つまり私は君の好みの男ということだ。そこまで言われて一人で寝るなどできない」
いや、そこまで言ったつもりはないが!?
けど、そこまで言われて「いいえ、別々の部屋で」なんて言えない!
夜にひっそり泣いてたら可哀想だもん!
「……いいですよ、一緒の部屋でも。普通に寝るだけでですよね?」
「………………」
えっ、いやちょっと、えぇぇ~~!!??
◇
その晩のことはご想像にお任せするとして、あれから月日は流れ私たちは仲のいい夫婦として上手くやっている。
それから、私の魔法で出したお魚は生でも食べられるから、そのお魚をあの湖の観光地限定で提供。
すると今まで生魚を食べたことがなかった両国の人々は大ハマり。
周辺の宿は予約でパンパン。公爵家にもガンガンお金が入ってきてウハウハになった。
ちなみに「元日本人か?」と聞いたら「モトニホンジン?」と謎のイントネーションで返ってきたので彼は違うらしい。
子供も生まれた。
ルイ様はとても溺愛していて、めちゃくちゃ世話を焼いている。
うん、お母さん属性だもんね。
私のことも世話を焼いている。
結婚相手がこんなに優しい人で私は本当に幸せだ。
私も、多分サリナや婚約破棄の時にいたご令嬢も日本では幸せな結末は迎えていない。
だけど今は違う世界で生きている。
最近ふと思う。
私がここで生まれ変わって幸せに暮らせているのは、日本で私の来世の幸せを願ってくれた誰かのおかげなのかも、と。
まぁ、知らんけど!
転生した魚魔法の伯爵令嬢は婚約破棄され隣国の公爵に溺愛される? @kishibamayu
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