青雲編(巨大な陰謀など、何かとバタバタします)

門出


国策に巻き込まれた僕はもはやなすすべはなかった……。


もうこれで元カノに合わす顔もなくなってしまった……。


キスがうまいだけの男はやはりキスがうまいの男なのだ。


僕はキスホで今日の天気を見た。天気が良くないと公園でぶらぶらまだ切れないからだ。



『本日天気:霹靂のち晴天でしょう』



もともとキスホ天気なんか当てにしてなかったけど、結局、当たることになった。


ネットでエントリーしていた求人の掲載元の会社から面接OKの連絡が来たのだから……。


しかもかなり大きな企業で、正社員待遇でとのこと。


『福利厚生』という言葉は僕には無縁だと思ってたけどいざ自分に使われてみるといい言葉だ。


すぐに面接をしたいとのこと。


こちらは調整するスケジュールもないので、トントン拍子に日取りは決まった。


でも、まさかこの採用面接が“終わりの始まりのような何か”になろうとはその時点では夢にも思わなかったのだが……


とにかく僕は、しばらく着てなかったスーツに袖を通した。






🏙️ 🏙️ 🏙️ 🏙️






「えー、それでは履歴書の方から拝見させていただいてよろしいですかね」


「あー、はい」


僕は鞄から履歴書を出してテーブルの上に置いた。


応接室。


向かい側には、銀髪眩しいバリっとしたスーツ姿の初老の人事総務課長さんが座っている。


「ウン、ウン、なるほど」と課長さんは履歴書を指でなぞりながら確認している。


部屋の壁にはこの会社の社訓が貼られているが、字が達筆すぎてまったく読めない。


今日は採用面接。


全企業から総スカンを食らったなか、この会社だけが唯一、僕に興味を持ってくれて、登録していた就職サイトを通して連絡をくれた。


その際に、面接当日はスーツで行った方がいいかを尋ねたら、『キスがうまいような格好』でいいと言っていただけたので、そのようにした。


確認を終えた課長が顔を上げる。


「ウン、ウン、ちょっとお聞きしますが、前のバイトをお辞めになってから現在まで少しブランクがあるみたいですが」


「あー、そうなんですよねー……」


「その間かんは、キスがうまいだけだった、という認識でいさせていただいて大丈夫ですか?」


「まー、そうですねー……」


僕はちょっと手に汗をかいてきた。


課長さんはまた書類に目を落としてからすぐ顔を上げた。


「ウン、ウン、では前のバイトをお辞めになった理由とかお聞かせいただけますか」


「えーと、ですねー……」


「ウン、ウン、あれかな、あのー、キスがうまくて、それでうまくいかなくなってきて、みたいな感じかな?」


「まー、そうですねー……」


「ウン、ウン、あとここに書かれてるキス関連のとは別に何か資格とかスキルとかお持ちですか?」


「んー、まー、ないですねー、すいません……」


「いえいえ、大丈夫ですよ。ではですね、キスがうまいということを証明できるものって今日なにかお持ちですか?」


課長さんはちょっと大袈裟に座り直しながらそう言った。


僕は目が大きくなってしまった。


「えーっ、そういったものはちょっとないですけど……。それにスキルって言いましても、最初に元カノにそう言われて、それからあちこちで言われるようになったというだけのことで、そんなに自分では認識してないと言いますか……」


「ウン、ウン、本当のスキルってそういうものですよ。何気なくできちゃったりしますから」


「……」


「じゃあ、ですねー、ここにお相手がいると仮定してですね、少しやって見せていただけますか?」


「キスをですか??」


「ええ」


「あんまりそういうのはやったことがないので、本来のキスが出せるかわからないのですけども……」


「ほんと、さわりだけでいいんで」


── 実演中…


しばらくして、課長さんが少し腰を浮かして手を叩いた。


「はい、はい、わかりました。ありがとうございました。もうけっこうですよ」


僕は表情を戻す。すごく変な汗が出ている。


「至らないキスになってしまって申し訳ないです」


「いやー、いいキスでしたよー。いいキス持ってますねー。今ね私、評価チェックシートつけながらなんですけども、はみ出してますもん、ほら」


見せてもらう。たしかにはみ出している。評価が。


んー、匠の技だねー、と言いながら残りを記入する課長さん。


そして「ウン、即戦力でいけそうだな」と膝を叩いた。


「……」


「それではですね、ちょっと早い話になってしまうんですが、明日から正社員として働いてもらうことは可能ですかね?」


── こんなに手応えなかったのに、あっさり僕は採用された。


そういえば最後までなんの会社なのか聞かなかった。


なんか聞かせてもらえない凄みみたいなものが課長さんにはあって、それで言い出せなかった。


まあ、明日出社すればわかるだろう。


それにこんなクズofクズな僕のことを高く評価してくれる会社なんて他にはないわけだし。


面接を終えた帰り道、久しぶりにいい気分になって、行きつけの“キスがうまくても入れる居酒屋”に寄って、お祝いに軽く一杯やった。


── 翌日。


緊張しながらも、昨日教わった、本社とは別の住所の場所に行くと、そこは中規模の工場だった。


門のところには『〇〇製菓』とある。


なーんだ、お菓子をつくる会社だったのかー、と、ひとりで頷きながら敷地内に入った。


建物の中は意外にも研究所のような雰囲気だ。お菓子をつくる以上の能力のありそうな機械がたくさんあるように思えた。


朝礼時、課長さんが僕をみんなに紹介してくれた。


「彼はキスがうまいから、すぐにみんなと打ち解けるとは思いますが……」と添えて。


僕はみんなの前で挨拶。


「あー、どうもー。至らないところもあるかとは思いますが、頑張りますのでよろしくお願いします」


それに対して、白衣を着たみんなは無表情のまま歓迎の拍手をくれた。お菓子を作る雰囲気はまったく感じない。


研究対象を見るような視線を感じるのが少し気になったけど、それ以外はあまり気にならなかった。


本当にキスがうまいだけでここでやっていけるだろうか……。


僕はそのことがとても心配になった。







                    つづく






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【底辺活劇】キスがうまいだけのクズ男な僕が彼女にフラれてから無双するまで ブロッコリー展 @broccoli_boy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画