第43話 エインピオ家に来た『乙女』たち

「あなた方は何を知らないふりをしているようですが、一部の方はもうご存知でしょう?」


 奥様はそう言ってから、もう一度ため息を吐いた。そうして魔法使い達を見据える。


「前回来たのは雌鶏だと」


 ……え? メンドリ? それってつまりニワトリ……?


「その前に来たのは雌牛でしたわ」


 ウシ!?


 思ってもみなかった返答にぽかんとしつつ奥様を見てしまう。その見られた本人はクスクスと笑っている。

 カロルス様は知らなかったようで、額を押さえて『セーラス……』と呟いている。


「そういうこともあるみたいね」


 奥様は平然とそう言った。


 いやいやいや、それが本当だとしたらポップコーン馬って相当ポンコツじゃない? ニワトリや牛連れてきてどーするつもりなんだ。アホなのか?


「動物だから殺したというのか?」


 一人の魔法使いが奥様に詰め寄った。そんなつもりはないだろうけど、おっさんが美女に迫っているようで嫌な風景だな、と思ってしまう。


「彼女達はわたくしたちと言葉が通じないのですよ」


 それには全く動じず、奥様は冷静に話してる。さすが。

 私だったら、『ギャーッ! 来るなー!』って叫んじゃいそう。


「そんな中で突然ユニコーンに異界に連れてこられたのです。人間以上に混乱するのは当たり前でしょう? かわいそうに雌牛は来た途端に錯乱状態になったのですよ。そうしてそのマナが暴走したのです」


 大事な話なのでみんな静かに聞いている。


「この子、モエから聞いた話では、彼女の世界にはマナというものはないようなのです。そうよね? モエ」


 いきなり私に話を振られた。嘘を言う必要がないので『はい』と答える。


「でもマナが暴走したのだろう?」

「この世界でユニコーンに授けられたマナですわ」


 つまり私のマナもポップコーン馬からもらったもの……って考えるとなんだか複雑だな。


「話を戻しますね。雌牛はいきなり未知の力を得て見知らぬ場所に飛ばされたのです。狂うのは当然の事ですわね」


 そんでパニクってマナの使い方も分からないまま暴走させたと……。


 牛さんかわいそう。馬は反省しろ!


「だから被害が出る前に急いで殺したのです」


 殺すってあっさり言うなぁ。あ、そっか。よく害獣を退治するんだっけ。慣れてるんだろうな。

 これこそ、『害獣退治』扱いなんだろうな。牛さんにはそんなつもりなかったんだろうけど、いや、そんな事考える余裕もなかったんだろうな。


「残念ながら彼女の命が尽きた瞬間にマナも消えてしまいましたが」


 へぇー。死ぬと消えるんだ。マナってよく分からないな。


 そう考えていると、奥様が追加で説明してくれた。こちらの世界の魔獣や魔法使い達にはそういう事はない。だから元々持ってなかった力を幻獣に与えられたからではないか、と奥様は考えているようだ。


 不思議な話だな。って私がその不思議な存在か。


「えっと、ニワトリもそんな感じなんですか?」


 私が尋ねると、周りから『はぁ? お前が質問するのかよ。黙ってろよ!』という空気を感じた。この人達気が短い。


 でも、奥様はそんな酷い反応はしないでおっとりと微笑んだ。


「前の経験があったから、次の雌鶏は鶏舎に入れて様子を見る事にしたのよ。牛みたいにパニックにはならなかったし」

「つまり生かそうとしたって事ですか? やっぱりそれはマナのためなんですか?」

「ええ、そうなのだけれど……」

「おい! 乙女! ただの異界の小娘の分際で私達の邪魔をするな!」


 魔法使いの一人が奥様の言葉を遮って私に文句を言い出した。なんかむかつく言い方だな。


「どうせ、同じ事聞くつもりだったんですよね。だったら誰が聞いても同じじゃないですか! 私は大事な事を聞いてるんです! 黙っててください!」

「何だと、このガキ!」


 あ、ムカつきすぎて啖呵切っちゃった。やばい?


 隣のカロルス様は頭を抱えてるし、奥様を見たら呆れたような視線が返って来た。……なんかごめんなさい?


「まあ、確かにあなたのちゃちゃが時間の無駄なのは確かね」


 ただ、私に同意のようで厳しい言葉が魔法使いさんにかけられる。


「この子以外、雌鶏の話は聞きたくないようですので、帰りますわね。というわけで退いてくださる?」

「おい! 待て、エインピオ夫人!」


 ツンとすましてそんな事を言う奥様に魔法使い達が焦る。


「だって話を聞くよりこの子にいちゃもんをつける方が大事なのでしょう? そんな方々に時間はさけませんわ」

「いや、話を聞く方が大事だ! 聞かせてくれ! もう乙女にいちゃもんなどつけないから!」


 よしっ! 奥様の勝ち!いや、逃げられなかったから私達の負けかな。


 うーん、と考える私を見て、奥様がクスクスと笑った。


「モエ、忘れたの? 今日の外出の目的はこれだったでしょう? 勝ちも負けもないわ。場所がこんな変な所に変わっただけよ」


 それはそれでどうなんだろう?


「まったく。本来ならもっときっちりした場所でやるべきですのにね」


 奥様はそう言ってわざとわしく頬に手をやって嘆いている。その言葉に魔法使いさん——特にこの屋敷の持ち主のバルバルザーレ卿——の顔が引きつった。


「う、うるさい! さっさと雌鶏の話をしろ!」

「……脱線したのあなた達ですよね?」


 つい、ボソッと言ってしまった。魔法使いさんが揃って私を睨む。


「モエ……」


 カロルス様がまた頭を抱えた。本当にごめんなさい。


「雌鶏の話でしたわね」


 奥様が話を戻した。


 さっき言った通り、雌鶏は鶏舎で引き取られた。でも、どうやら同じ姿形をしているのに、マナという異質なものを持ったニワトリは古参のニワトリ達に歓迎されなかったようだ。

 大勢対一羽。雌鶏さんは他のニワトリからいじめを受けたようだ。

 きっと、くちばしでつつかれたりしたんだろうな。


 人間でも動物でも異質なものは仲間はずれにされる。


——ただの異界の小娘の分際で私達の邪魔をするな!


 さっきの魔法使いさんの言葉を思い出す。だから私も軽く見られてるんだろう。


 雌鶏さんだって望んで来たわけじゃないだろうに。


 それが悲しく、雌鶏さんもある日、マナを暴走させたらしい。

 それで何羽かのニワトリさんも死んでしまったとか。


 だから奥様は雌鶏さんも退治しなきゃいけない事になった。


 雌鶏さんもかわいそう。やっぱり馬は反省しろ!


 この事は小さくない被害があったことでニュースにもなったようだ。ニワトリという時点で魔法使いさん達は『ユニコーンに連れられてきた乙女の一種ではないか』と推測したようだ。


 それにしても両方ともマナのせいで不幸になって死んでしまった。

 そして私にも封じられているとはいえ、マナがある。


 このマナは私に何をもたらすのだろう。

 不幸なんか来ないといいけど。


 ふと、視線を感じる。そちらを見ると、奥様がどこか同情するような目で私を見ていた。

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人の恋路を邪魔するヤツは……馬!? ちかえ @ChikaeK

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