第42話 裏口で

「こっちよ、モエ」


 奥様に誘導されながら歩く。カロルス様も隣にいてくれるのが心強い。


「ユニコーンは外で待っていますからね、安心して……」

「どこに行くのだ、エインピオ夫人、そして異界の乙女よ」


 ……なんでいるんだよ!


 もう少しで扉、という所で後ろからバルバルザーレ卿が話しかけて来た。


 今はこそこそしているとはいえ、姿隠してないから見えるのは分かるけど、最悪のタイミングだと思う。


 そして、さらりとカロルス様の事無視したね?


「さ、こんな人は放っておいて行きましょうね」


 奥様はしっかりと無視する。そうして裏口に私達を案内しようとする。


 だけど、その私達が出ようとしていた扉が開いて、数人の魔法使いであろう人達がわらわらと入ってきた。

 バルバルザーレ卿の方向からも何人かの魔法使いがやってくる。


 カロルス様がすぐに私を守るように引き寄せた。一瞬どきっとしたけど、そういう場合じゃないので深呼吸して気持ちを落ち着ける。


 それにしても挟み討ちか。私達をどこかでこっそり見つけて計画を練ってたんだろうな。

 なんていうか、執念?


「ずるいではありませんか、エインピオ夫人。乙女を独り占めするなんて」


 この前、私に変な噂を吹き込んだおばちゃんが声をかけてきた。彼女より年上の男性に連れられてるから、彼のお弟子さんなのかな。魔法使いさんだったんだ。


「そうだぞ! こんな希少な生物を隠しておくとはけしからん!」


 その彼女のお師匠様も奥様に向かって叫ぶ。


「そうだそうだ! 公表せずに隠すなどありえない!」

「皆に知らせるべきだったんです。エインピオ家でこっそり飼うなどと。嘆かわしい!」


 他の魔法使いさんも口々に奥様を責める。


 ……えーっと、私の話をしてるんだよね。なんか別の珍しい動物の話をしているみたい。『ツチノコ隠してましたね?』みたいな。

 いや、私ツチノコじゃないし!

 バルバルザーレ卿が偉そうな態度で『さあ! さっさとそのツチノコをこちらによこすんだ!』と……言ってないな。『乙女』って言ったな。

 変な事考えたせいで幻聴が聞こえた。いかんいかん。


 奥様が呆れたようにため息を吐く。


「何人かが我が家に訪問した時にも申しましたね。このツ……いえ、乙女は我が家の所有物だと!」


 奥様! 今、ツチノコって言おうとしたよね!? これは幻聴じゃないよね!


——あなたがあまりにツチノコツチノコ言うからつられてしまったのよ。


 心の声で返事が返ってくる。……なんかすみません。


「おい、エインピオ夫人、何を言いかけた?」

「ああ、異界の希少生物だそうですわ。あなた達の彼女に対する言い方がまるでそんな感じに聞こえると乙女が先ほどから心の中で嘆いておりましたの。それにつられてしまったのです。まったく。この子は人間だというのにねえ……」


 うわぁ。ツチノコ言いかけつっこまれちゃってるよ。でも、それにきっちり言い返す奥様すごいなぁ。

 嘆かわしい、というようにわざとらしいため息まで吐いてるし。


 いや、奥様もさっき私の事、『所有物』とか言ったよね?


「心の声を聞いているのか?」


 あ、何人かドン引きしてる。そういえば、前に奥様の親友のアドリアーネ様も同じ様な反応してたなぁ。


「そりゃあ、モエは狙われやすいですもの。接触した人の名前とか、行動とか、いろいろ知っておく必要があったのですわ」


 そういう理由だったんだ。最初は酷いと思ったし、途中から便利だとは思ったけど、実際便利な機能だったんだな。いや、機能じゃなくて魔法だけど。


「そうでしょう? カタリナ」


 奥様が低い声で、いつの間にかバルバルザーレ卿の側に来ていたカタリナに話しかける。


 カタリナは私を見て、ふんっ、と鼻で笑った。昨日までの優しい友人の姿はどこにもない。

 顔も、髪型も同じなのに。表情だけが豹変している。

 漫画とかだったら外見も変わったりするのに。お下げを解いて、セクシーな服を着て、派手目なメイクとかして……。そうだったらまだ耐えられたかもしれない。


 そっと背中に優しい手が添えられた。今回はつねられる事もない。

 大丈夫だよ、という意味を込めて頷く。でも、その私の顔を見たカロルス様が痛々しそうな表情をしているから、私は相当酷い顔をしているんだと思う。


 カタリナはそんな私の事はどうでもいいみたいで、奥様を睨みつけている。そりゃ名指しで糾弾されてるんだもんね。

 でも、自業自得だと思う。私達を騙したのはカタリナだ。


「恵まれてるくせに……」


 カタリナが変な事を呟いた。そりゃあ奥様は貴族だけど、カタリナがそんなに困窮しているとは思えない。


 何が言いたいの? 一体。

 カタリナは奥様の何を妬んでいるんだろう。


「その女の事はどうでもいい!」


 一人の魔法使いさんが焦れたのか話を戻した。


「それより問題なのは、エインピオ夫人が乙女を独り占めしている事だ!」

「そうだそうだ。乙女は我々で共有するべきだ!」


 他の人も同調するけど、共有って何?


「噂ではあなたは監禁していじめてるだけなのだろう?」

「そうか? 私はいろいろ実験をしていると聞いたぞ」

「でもこの乙女の肌はつやつやしているじゃないか。好待遇を受けてるんじゃないか?」


 好き勝手言ってる。

 奥様が呆れたようにため息を吐く。


「ですから何度も言っている通り……」

「うるさい! よこせ!」


 焦れたのかバルバルザーレ卿がそう怒鳴った。その瞬間、アニメでよく見る触手みたいなものが何本も私に向かってくる。


 何これ!? 怖い!


 だけど、触手は私に触れる前に幾つかは自然とスライスされていく。それで全部は切れなかったが、残りはカロルス様が素早く剣で切ってくれた。

 きっと、自然に切れたのは奥様の魔法だと思う。そちらを見たら頷いてくれたから間違いない。


 ありがとうございます、奥様、カロルス様。


「邪魔をするんじゃない!」


 バルバルザーレ卿が不機嫌そうに奥様とカロルス様に文句を言う。


「大体、前に来た乙女は殺したというのに、どうしてこいつは生かすんだ?」


 ついにその話題が来た。


 私もかなり気になる。なんで私は無事なのか。

 前の乙女が性格悪いとかかな、って予想してるけど、実際には分からないし。


 魔法使いさん達からも『俺も気になる!』、『わしもだ!』、『さっさと説明せんか、エインピオ夫人!』など、同意の声がかかる。


 奥様はその言葉を聞いて、呆れたようにため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る