第41話 私のマナ
すごく大きな音を立てる心臓の音を聞きながら奥様の返答を待つ。
私と一瞬だけ目を合わせてから、奥様は小さくため息をついて目を伏せる。
「……あるわ」
返答はなんとなく分かっていた。でもついびっくりしてしまった。
「あ、あるんですか?」
思わず聞き返した。
「ええ、わたくしが封じているけどね」
いつの間に私はマナなんてものを得て、しかもいつの間に封印されてしまったのでしょうか。全く気づかなかった。
「それにしても今日は焦ったわ。モエ、勝手に封印を解こうとしないでちょうだいね」
奥様がまたため息まじりに『困った子ね』と言いたげな口調で言った。
つまりあのプチ電撃は奥様のだった!?
ああ、えーっと、バルバルザーレ卿、冤罪でめっちゃ心の中で悪口言っちゃってごめんなさい? あ、でもあいつも私に冤罪かけたし、おあいこだ。うん。
ヒゲを手入れしたほうがいいは本音だし。
そんな事を考えてたら奥様が噴き出した。これ絶対同じ事考えた事あるでしょ。
「……何?」
一人おいてけぼりのカロルス様に奥様が説明してる。
笑いが伝染した。つまり、カロルス様もあいつの顔は知ってるんだ。
「うん。悪口はそのままでいいと思うよ」
そして三人で笑いあう。
ひとしきり笑うと奥様は表情を引き締めた。
「まったく、本当に危なっかしいたらなかったわ。だから予定より早く接触しに行ったのよ」
……なんかすみません。
「でも縄で縛られてたら何とかしてブチって切れないかなーとか思うじゃないですか。すっごく痛いし……」
「『芋虫状態』だったしな」
「そうそう。まったく動けなかったんですよー」
とりあえず言い訳したらカロルス様が援護射撃してくれた。ありがとうございます。
でもそっか。私にもマナあるんだ。だったら戦力にならないかな。
「使い方を全く知らない人は戦力にならないわ」
バッサリ切られた。ガーン!
ところで、私にも魔獣にあるマナの源とかいうのはあるのかな。
「モエ、今度は何を考えてるんだ」
私が考え事しているのを見たカロルス様が尋ねてくる。
「うーん。私も魔獣みたいにマナの源的なものはあるのかなって」
正直に言うと、カロルス様はなんとも言えない顔をした。
「……モエは魔獣じゃなくて人間だからそんなものはないだろう?」
戸惑ったまま、『だよね?』というように奥様を見てる。
「そうねえ、いろいろ資料を探ってみたけど、そういうものがあるという記述はなかったわ」
その言葉にカロルス様と同時に安堵の息を吐く。
「それでも『人間だから』実験していないだけで、わたくし達みたいなマナを持っている人間にも何かはあるかもしれないと考えた事はあるわ」
そうなんだ。
「乙女はお守りになる、という記述はあったわ。ただ、それも真実かどうか確認中だけど」
「私で、ですか?」
「わたくしの身近にいる乙女はあなたでしょう?」
と、いうことは、私、知らないうちに奥様に何かされてるのかな。大体お守りって何? 曖昧でよくわからない。
「そうやってよく分からないからこそバルバルザーレ卿達もあなたを調べたいのでしょうね」
気になるのは分かるけど、その対象が自分っていうのがなー。
「そういえば魔獣ってマナの源以外にも何かある、とか言ってましたよね」
「魔法の材料になるとは言ったわね」
お守り。そして、材料、か。
私もなんとなく気になるけど、傷つくのは嫌だな。
源が心臓とかだったら死んじゃうし……。
私の体の一部で何か生きたまま試せるものとかないんだろうか。お守りになるなら……今は一番奥様にとって必要だろうし。
そこまで考えて一つだけアイディアが浮かんだ。
それを得るためにいるのは……。
そう考えたら体が勝手にカロルス様の腰元に飛びついていた。
「モエ!?」
カロルス様が慌てた声を出して、腰に差したそれをガードした。でもそれで諦めるなら最初からやらない。
「モエ、危ないって!」
本気で焦ってる。
「何をやっているの、あなた達」
奥様が呆れたような顔をしている。
「あ、その、お守りになるなら何か奥様に渡した方がいいのかなって。奥様は今からバルバルザーレ卿達と戦うんですよね。だから……」
「カロルス君の剣で髪を切ろうとした?」
こくんと頷く。心を読まれてるから元々全部筒抜けだけど、カロルス様に説明するためには口に出した方がいいというのは分かる。
「わたくしの魔法で切れるわ。だからカロルス君の手を煩わせるんじゃないの」
「え? あ、はい」
よく分からないけど、従わなきゃいけないような威厳がある。
奥様のひんやりした手がそっと私の首筋に触れた。
「でも目立つとよくないから数ミリくらいだけにしておくわね」
こくんと頷く。
カロルス様がなぜかハラハラしながら見守ってるのがどこかおかしい。別に変な事はしないのに。
奥様が私の髪の先っぽをつかんだ。別に覚悟を決める場面でもないのに、緊張してしまう自分がおかしい。
「ありがとう、モエ」
後ろから小さな優しい声が聞こえた。
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