第35話 敵と味方

「我が校の校則、第七条十三項によれば『髪型は学生の本分を逸脱しない限り自由』となっているはずです」


 ステージMCでファンたちを魅了し、壇上のスピーチで全校生徒の心を掴んできた元生徒会長の美声が、すらすらと淀みなく読みあげます。

 周囲の生徒たちの視線が一瞬で集まって、それに応えるように彼女が浮かべた微笑は、圧倒的な華やかさを宿す。無言で突き刺す氷の視線を、石化の魔眼ペトリアイズなき瞳は深く広い博愛で包み込む。


 ──私にとっての清楚系と同じ、彼女の芯に宿るアイドルいきざまが見えた気がします。


「さすがですわ、天王洲先輩」


 窒息しそうな沈黙を破ったのは、生徒会長の穏やかな声でした。

 同時に、足を止めた役員さんたちが一人残らず、その場に片膝をついて屈み込む。

 一拍遅れて全員のすみれ色のスカートの裾がふわりと床につくという、一種の神々しささえ覚える光景のなか、たたずむ聖条生徒会のトップたち。


 あざとく小首をかしげる“妖樹姫アルラウネ春瀬はるせ 祢々ねね。凛々しく睨みつける“海魔公クラーケン八朔ほずみ 夏眩かぐら。そしておろおろする文月先輩。


「今後も生徒会になにか落ち度ありましたら、ご助言くださいませね」

 

 彼女らを従えてなめらかに言葉を紡ぐ生徒会長・耀子の切れ長の目は笑みの形に細められ、瞳の色も、そこに浮かぶはずの感情もうかがい知れず。


「ええ、まかせて」


 悠然と応える瞳巳先輩に軽い会釈を返すと、彼女はくるりと踵を返す。そして一斉に立ち上がった生徒会役員の一団を引き連れ、去っていきました。


「……もう大丈夫よ、琳子さん。向こうも大っぴらに事を構える気はない。探りを入れてきただけね」


 最後尾が廊下の角を曲がって視界から消えたと同時に、大きく息を吐く私と、その肩をぽんぽん叩く瞳巳先輩。周りの生徒たちも、一斉に壁際から離れて歩き出す。


「というか……久遠寺さんって、ほんとに転魔じゃないんですか……?」


 たしかに、転魔の威圧感オーラは巨大な山が立ちはだかるようだけど、彼女の場合は底なしの大穴を目の前にしている感覚でした。

 だから異質さはわかるのですが。


「違う……けど、ただの人間とも思えない、とにかく掴めない。ある意味、白石先生と同じカテゴリかな」


 唐突に名前が挙がった保健教諭、白石みぞれ先生。ひと月前の決戦のあと、疲れ果てまともに立つこともできない私達の前に、屋上のドアを開けて現れたのが彼女だった。


 私たち二人に挟まるように、それぞれに左右の肩を貸して保健室のベッドまで導いた彼女は、次にどこかに電話をかける。

 受話器の先に繋がったのは我が家。電話口のお母様に「手伝い」で私を遅くまで拘束したことを謝罪すると、流れるように言葉巧みに学園への宿泊を快諾させる。続けて瞳巳先輩の家にも、同じように。

 そうして私たちは寮の空き部屋(シャワー付き)に宿泊し、翌日にはいつも通りの学園生活に戻ることができました。


 ──たしかに、正体と底の不明しれなさは通じるところがあるかも知れない、けれど。


「白石先生は、味方だと思う……」


 保健室のベッドで綾さんに潜夢ダイヴした日のことを思い出しながら、自分に言い聞かせるように口に出す。あのときの彼女の優しさに、嘘の匂いはなかった。


「そうね。でも、あの夜の彼女は嘘が上手だったから」


 瞳巳先輩の答えは、努めて感情を込めていないように感じられました。あの夜の彼女の嘘も、私たちを守るための嘘だった。それでも油断すべきじゃない。そう言いたいのでしょう。


「ああそれから、今日は一緒に帰りましょうね」


 そして流れるように、当たり前に続いた彼女の言葉に私は目を剥きます。


「はい……?」

「いいでしょ」


 すっかり完全に主導権を握られてしまっているけど、私、このひとに勝ちましたよね……?


「困ります。これから綾さんのおうちに行くので」

「うん、だからね。彼女に直接、謝りたいの」

「いや、それは綾さんの許可がないと」

「もちろん、もう貰ってある」


 彼女が目の前に差し出したスマホの画面には、楽しげにスタンプの踊る綾さんとのやりとりが映し出されていました。……い、いつの間にッ……!


 なお、美術教師の御堂も、他の石化ペトリ病患者同様に意識を取り戻しました。ただ、どうやら石化中も夢は見るらしく、ずっと例の悪夢・・をリピートした結果だいぶ精神をやられてしまったようですが。

 当然ながら、オークPからの芋蔓でとっくに懲戒免職、賞も剥奪されています。


「……くっ……綾さんが、よいのなら……」


 だいぶ釈然としないものを感じますが、この人を綾さんと二人きりにしたら、なんだか取られてしまいそうですし。さっきのLINEも、私とのよりに会話が弾んでた気がするし……


「ああ、それとね」


 ふと思い出したように彼女は、私の方に向き直ります。


「ちゃんと、伝えてなかったけど。私の、なによりも大切なものを守ってくれて──」


 そして深々とお辞儀をしていました。


「──ありがとう」


 舞台ステージで最後に客席に向けてするのと同じ角度と秒数のそれは、きっと天乃かのじょの心の底からの感謝が込められているのでしょう。

 通りすがる生徒たちがざわつき始めたころに顔を上げた彼女は、不意打ちを食らってぽかんとする私に微笑みながら、くるりと背を向けます。


「じゃ、そういうことで」


 すたすたと歩き出す彼女の背を、私は慌てて追いかけるのでした。


 これから始まる戦いの日々と、恐るべき敵たち──そして心強い味方の存在を、覚悟と共に胸に刻みながら。

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