第34話 氷の刃

「──うん? よく見たらあれは副委員長の文月ふみづきさんね。彼女は転魔じゃない。図書委員長はまたサボりか」

 

 数少ない、というかぶっちゃけ綾さんを入れても二人しかいない、入学当初からの仲良しである文月先輩が転魔てきだったら、さすがに立ち直れないかも知れません。

 そこで居心地悪そうに俯いている知的メガネの文学美少女に、私は内心で胸をなでおろします。一年の春に私が文芸部に入ってすぐ意気投合した彼女とは、主に創作論について熱く語り合う仲。それと……私にBL小説の素晴らしさを教えてくださったのも彼女です……。


 ──だけど、どちらにせよ。


「転魔なのは文芸部の部長にして図書委員長、朽葉くちば 律子りつこ。前世は高位の不死者──アンデッドだと思う。正確にはわからない」


 やっぱり、そうなりますよね。


「不死でも、転生ってするんですね」

「不死であっても不滅ではないでしょ、聖なる力で浄化されたり。と言うか、彼女のことはあなたのほうが詳しいんじゃない?」


 私が漏らした現実逃避やけくそぎみの疑問は、真正面から打ち返されていた。


「……とても尊敬できる先輩です」


 敵にしたくない相手であることは、何も変わりません。

 そして、そういう意味では誰より四人目の彼女。


「最後は北大路きたおおじ 雪那せつな。風紀委員長にして薙刀部の部長。彼女もかなりの高位──おそらくは固有名詞ネームド級の氷雪系だと思う」


 きっと校内でいちばん真っすぐな背筋に、侍じみた高め黒髪ポニーテールを揺らし、彼女は冷たく鋭い眼光で前だけ見つめ歩く。


「──そこ。スカート丈、1センチ足りない」


 そのくせ、並んだ生徒たちの僅かな服装の乱れも見逃さず、手にした銀の指示棒で完璧に指摘してゆく。……怖い、転魔うんぬん以前に人としてシンプルに怖い。


「……あのひとだけは……敵にしたくないです……」

「気が合うわかも。私もよ」


 しかも固有名詞ネームド──リリスと同格か、それ以上に強い名前・・・・を持つ可能性があるということ。


「以上が私の知る四彩媛しさいえん──まあ、この世界にとっては『彩』いろどりより『災』わざわいの四媛がしっくり来るかな」


 目前まで迫りつつある彼女たちに向け、なかなかの台詞を吐く瞳巳先輩。聞こえてしまわないか気が気でない私ですが、彼女は気にする様子もなく。

 

「で、そんな四災媛かのじょたちを従える生徒会長が、久遠寺くおんじ 耀子ひかるこ。でも彼女は転魔ではない、はず……」


 言い終えるとほぼ同時に、行列の先頭を歩くご本人──生徒会長が目の前を通ります。透けそうに蒼白い肌の儚げな美少女。まっすぐな黒髪と薄い眉がどこかみやびやかな印象を漂わせています。

 

 通り過ぎる瞬間きっちり礼をする私の隣で、先輩は軽い目礼だけ。

 会長とその後ろの四災媛が何事もなく通り過ぎて、続く生徒会役員のみなさんの一団を前にほっと胸を撫で下ろした、そのとき。


 ──背筋をぞくりと冷気さむけが撫でる。


「あなたの前髪」


 目の前の役員さんの肩越し、冷たい声と同時に殺気をまとった刀の切っ先が空中を走る。


「──ッ!?」


 硬直する私の眼球の数センチ先でぴたりと静止するそれは、よく見れば刀ではなく銀色の指示棒の尖端でした。


「目を、隠しすぎではないかしら?」


 役員さんがスッと横に捌け、その向こうで指示棒を手に立つのは風紀委員長──四災媛“絶対零嬢アブソリュートゼロ”北大路 雪那。


 背筋だけではなく、急激に体感温度が下がる。

 唇から漏れる私の吐息も白い。すぐに全身が震えだし、ガチガチと奥歯が鳴った。

 固有名詞ネームドの氷雪系、その言葉が脳内をぐるぐる回る。


「──あら、おかしいわね」


 そのとき、指示棒を片手の甲でそっと払い除けながら、私の前に割り込んだのは瞳巳先輩の長身でした。

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