第22話 僕、アビトリウムなんですよ

 状況が一変する。


 ドラゴンニュートの男がいなくなったことで、反撃のチャンスが生まれた。


 僕は迷いなく戦闘特化の男をふたり斬り伏せ、横目で見ればリサリアさんもハーピィに短剣を深々と突き刺していた。


 勝機が見えたと思った次の瞬間、勢いのままティーフリングに斬りかかろうとした僕の前に、ドラゴンニュートの男が割り込んできた。


 その巨体が邪魔をするように立ちはだかる。仕方なく一旦後退し、剣を構え直す。


「聞け! マグナス!」


 ドラゴンニュートの男が声を張り上げた。その表情からは、さっきまでの余裕が消え去っている。


「協力してこのふたりを殺るぞ! お前も、俺たちもこれでここから脱出できる! 悪い話じゃないはずだ!」


 その言葉に、僕の心臓が強く脈打つ。


 最悪だ。マグナスが、男の提案を断る理由がどこにもない。


 一瞬救われたように思えたが、もしマグナスが敵対すれば状況は地獄そのものになる。


「はっ!」


 ここしかない。


 ドラゴンニュートの男の視線がそれている、このタイミングで彼を斬る。それが叶えば、ここを切り抜けることだってできるはずだ。


 僕は一気に距離を詰めて渾身の一撃を振るった。しかし。


「舐めてんじゃねえよ」


「くっ」


 男は低く言い放ち、斧を振り上げて僕の攻撃を受け流した。


「俺が動きを止める。その間に仕留めろ!」


 ドラゴンニュートの男が怒鳴りながら強引に突っ込んでくる。


 男の動作は直線的で単純なもの。横にそれて避けようとしたが、ティーフリングの槍によって牽制された。


 数的不利が重い。


 目の前の巨体を受け止めながら、力任せに壁際まで押し込まれる。


 リサリアさんもジャイアントと激しい戦闘を繰り広げており、僕を援護する余裕はない。


「今だ、やれ!」


 その声に応じるように、マグナスの手が赤く光を放つ。


 心臓が凍りつく感覚に襲われる。もがいても、逃れる余地を与えてくれない。


「イグニッション」


 マグナスの低い声と共に、視界が赤く染まった。炎の柱が目前で吹き上がる。


「な、なぜだ……」


 その言葉を最後に、ドラゴンニュートの男は動かなくなった。


 これで、勝敗は完全に決した。


 残った人外組のふたりと、戦闘特化の男は捨て身で特攻してきたが、それも虚しい足掻きだった。


 リサリアさんと連携して彼らを斬り捨てる。他の転生者たちは戦意を失い、怯えて立ちすくむ。


 攻撃は、もう飛んでこなかった。


「どうしてわたしたちを助けてくれたの」


 リサリアさんはマグナスに率直な疑問をぶつける。たしかに、生死を分ける局面で、借りだの貸しだのなんて話は重要なこととは思えない。


「あの女の思惑通りに事が運ぶ。それが気に入らなかっただけだ」


 「あの女」――メイド服の女のことだろうか。


 彼の真意は分からないが、今その疑問を追うべきではない。


「ついてきてください。ダンジョンのボスを倒します」


 残りのひとりは彼しかいない。僕はそれを確信して、言葉を投げかけた。


「……いいだろう」


 マグナスは短くそう答える。


 どれくらいの時間が残っているか分からない。僕たちは振り返らずに走り出した。


 残された転生者の、すすり泣く声は聞こえていないふりをして。


「随分待たせてくれたじゃねえか」


 扉を背にしてもたれかかったエドワードさんが、軽い調子で口を開いた。


 その視線はマグナスに向けられ、「最高の奴を選んだな」と笑って見せる。


「紹介は必要ないでしょう。このまま部屋に入るけど、気後れなんてしないでしょうね」


「たりめえだよ。こっちは待ちくたびれてんだ」


 僕らは躊躇わずボスの間の扉を開いた。そこに恐れや不安は感じなかった。


 扉の中ではボスと呼ぶにふさわしい禍々しい見た目の巨人が現れたが……それはあっけなく倒すことができた。


 弱いというほどではない。だが、メイド服の女、転生者たちとの戦闘を乗り越えてきた僕たちの敵ではなかった。


 マグナスの放つ魔法が巨人を業火に包み、カイリンの雷がその巨体を激しく痙攣させる。弱ったところを僕が両断して、それで終わりだ。


 エドワードさんも、後ろで楽しそうにそれを見ていた。


 ボスが倒されると部屋の明かりがすべて消えて、一点だけ光が灯る。


「皆さまおめでとうございます! ダンジョンを攻略したことを心より祝福いたします!」


 致命傷を負っていたはずの、メイド服の女が満面の笑みを浮かべている。ダンジョンに来たばかりのころを思い出させる、調子外れな明るい声で。


 だが、それに答えるのはあのときのような怒声ではなかった。


「イグニッション!」


 マグナスが反射的に魔法を放つ。激しく燃える火柱がメイド服の女を包むが……女は当然のように無傷だった。


 しかし、彼女の表情からは余裕が失われ、僅かな焦りの色が見え隠れしている。


「……こちらより脱出されることをおすすめします。あまり時間は残されておりませんので」


 メイド服の女が静かにそう告げると、指し示す先で魔法陣が青白い光を放った。


「転移魔法でございます。こちらの魔法陣、大陸のどこかと無作為に繋がります。必ずお一人ずつ使われるようにしてください。複数で乗ると、存在を保てなくなりますので」


「待ってください。それって、僕らは離れ離れになるということですか」


 メイド服の女に明かされた事実に取り乱す。


 そんな僕のことなんて無視をして、彼女は冷たく言葉を残した。


「さようなら。あなた方とは二度と会わないことを願っております」


 彼女の声が部屋に響いた次の瞬間、全てが闇に包まれる。


 そして、光が戻ったときには彼女の姿はどこにもなかった。残されたのは、静かに光を放つ魔法陣だけ。


「俺は先に行く」


 マグナスが魔法陣に向かって一人歩き出す。


 その背中を見つめていたエドワードさんが、ふと彼を引き留めた。


「おい待てよ。お前、ここを出たら何をするんだ?」


「……聞いてどうする」


「ただ知りたいだけだ。いいじゃねーか、最後なんだからよ」


 彼が何気なく発した「最後」という言葉が、僕には重たく突き刺さった。


「俺は……あのふざけたメイドの女を殺す。そのためだけに生きる」


「立派じゃねーか。ま、頑張りな」


 短い言葉を残し、マグナスは再び魔法陣へ向かう。


 だが、魔法陣の上に立つ直前で、彼はふと足を止めてこちらを振り返った。


「お前、名前は?」


「ヴィンハンス、です」


「覚えておく」


 短くそう告げると、彼は迷いなく魔法陣の上に立つ。


 眩い光が彼を包み込み、次の瞬間にはその姿は消えていた。


「さて、俺も行くとするか」


 エドワードさんは軽い調子で歩き出す。その飄々とした振る舞いは、重苦しい雰囲気にならないようにと、僕たちに気を使ってのことなのだろう。


「エドワードさん、今までありがとうございました」


「なんだそりゃ。礼をいうのは俺のほうだろ」


「いいえ、あなたには助けられたわ。わたしからも……ありがとう」


 彼はその場で固まってリサリアさんをジッと見ると、突然「クハハハハハ!」と笑い声をあげた。


「最高に気分がいいぜ。さて、おじゃま虫はとっとと消えるとするか」


 彼は魔法陣を踏む直前、「いつか会えたらいいな!」と笑顔で言い残し、光の中へと消えていった。


 部屋には僕とリサリアさん、二人だけが残された。


 互いに言葉が出てこない。これで最後だと思うと何を言うべきかと色々と考えてしまう。


 だから――僕は素直に、思っていることを伝えることにした。


「僕が得た、一番の幸運ってなんだと思いますか」


 リサリアさんがキョトンとした表情を浮かべる。


 こんな時でも正面から考えようとする姿勢は、彼女らしい真面目さをよく表していた。


「青い剣を手に入れたこと?」


「いいえ」


「なら、召喚術の魔導書かしら」


「それも違います」


 彼女の瞳をしっかりと見つめ、僕ははっきりと言った。


「あなたと出会えたことです」


 その言葉が届いた瞬間、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。


 リサリアさんは何も言わずに僕の胸に飛び込んできた。


「大好きです、リサリアさん」


「わたしも……わたしも、あなたのことが好き」


 彼女の肩が震えている。


 その震えに応えるように、僕はそっと背中に手を回した。


「あなたと離れたくない」


 僕だって同じだ。彼女とずっと一緒に過ごしたい。


 でも、それが叶わないのであれば。


「僕に会いにきてください」


 彼女が涙で濡れた瞳を上げて僕を見つめる。


「世界中のどこにいても、名前を聞くほど有名な男になります。だから……必ず会いにきてください」


 その言葉に、彼女は静かに微笑んで答えた。


「ええ、必ず。何年、何十年経ったとしても。必ずあなたに会いに行くわ」


「待っています。いつまでも」


 二人の想いを確かめ合うように、僕たちはそっと唇を重ねて――崩壊をはじめたダンジョンをあとにした。





 1ヶ月後


「おう、ヴィンハンス、今日もお疲れ様!」


「はい、お疲れ様です!」


 気のいい仲間たちの声が、鉱山の入り口に響く。


 僕は、炭鉱夫になっていた。


 ダンジョンを出て転移した先は、なんの変哲もない街中だった。


 さっそく冒険者にでもなろうと考えて、ギルドを尋ねると「学校の卒業証明、またはAランク冒険者3名以上の推薦が必要」なんて話を叩きつけられた。


「……信用第一の世界ってわけか」


 想像以上に夢がない。


 仕方なく、堅実にお金を貯めて学校に入る道を目指すことにした。





 3ヶ月後


「お前のおかげで儲かって仕方がないぜ!」


「いえ、そんなことは」


「謙遜するんじゃねえ。ほら、お前も飲めよ!」


 酒盛りの声が夜な夜な響く。僕は毎日のように鉱山仲間たちに飲み会へと誘われていた。


 なんでも、僕が働くようになってから稼ぎが何倍にも膨らんだらしい。それで景気のよくなった彼らは、連日酒を飲んではしゃいでいた。


「さーて、次は女だな。なあヴィンハンス。お前、今日ぐらいは付き合うよな」


「……飲みすぎて頭が痛いんです。僕は先に帰ります」


「んだよ、たまにはいいじゃねーか」


 しつこく絡まれるのもいつものことだ。適当にかわして、その日もまっすぐ宿に帰った。





 8ヶ月後


 貯まった貯金を見て、僕はひとりでにやけていた。


 仕事は順調そのもだった。ボーナスを何度も貰えるようになって、予想よりもずっと早くお金が貯まった。来年には入学できるだろう。


 ちょっとした祝いのつもりで、酒場に足を運んだ。カウンターでお酒を飲んでいると、ひとりの女性に声を掛けられた。


 なんでも、彼女も冒険者になりたいらしく学校への入学を考えているらしい。僕たちは意気投合してお酒が進んだ。


 飲みすぎたのか僕はカウンターで頭を伏せる。気が付いたときには――椅子に縛り付けられて、男たちに囲まれていた。


「お、目が覚めたか」


 無精ひげの男が、鋭い剣を僕に向ける。


「ようこそ、『人類の星』へ。歓迎してやるぜ」





 2年後


「魔人ズムスクの討伐を祝って――乾杯!」


「うおおおおおおおおお!」


 無精ひげの男が音頭をとると、仲間たちが雄叫びを上げる。


 その騒ぎを、僕は隅のテーブルから静かに眺めていた。


「あー! ヴィンハンス、あんたまたそんな隅っこで!」


「いいじゃないですか。僕、騒がしいのは苦手なんです」


「立役者のあんたがそんなじゃ、あたしたちが盛り上がらないでしょ!」


 そういって、アリサは僕の腕をとると強引に部屋の中央まで引っ張っていく。


「かっかっか! 熱いねーふたりとも!」


「ちょっと、団長やめてよ!」


 無精ひげの男が煽ると、アリサは顔を真っ赤にする。


 酒に睡眠薬を混ぜて、僕を陥れたのがアリサだった。「〈魔人殺し〉をもっているからって調子に乗らないでね」と厳しくいわれていた頃が懐かしい。


 『人類の星』は、魔族から人類を解放する、そんな理念をもった団体だった。表向きには気づきにくいが、この世界の人類は魔族によって徹底して管理されていた。


 国交は封鎖されて情報網は構築できず、無限に発生するダンジョンには生贄のように冒険者が送られる。遊び感覚で魔人は村や町を襲い、人が減りすぎるとしばらくは放置される。


 そんな現状を知って、立ち上がったのが『人類の星』だ。きっかけはめちゃくちゃだったが、この活動の先には僕の目的もありそうだ。


 しばらくは、ここでの仕事に集中することにしよう。





 7年後


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「はい、なんでしょう……」


 『人類の星』は勢力を拡大し大きくなったが、人手は足りていなかった。事務仕事も兼任していた僕は書類を片づけていると、アリサが室内に入ってきた。


「……久しぶりね」


「ええ、お久しぶりです。お腹、大きくなりましたね」


「もう8カ月になるの」


 お互いの視線が一瞬だけ交わるが、次の言葉を探せず、気まずい沈黙が流れる。


 アリサは僕に長年の好意を寄せていた。しかし、僕はその気持ちに応えられず、結局彼女は別の団員と結ばれたのだ。


「あなたのこと、本気だった」


「知っていますよ」


「……本気で好きだったの」


 彼女は涙を流して部屋を出ていった。その背中に手を伸ばすこともできなかった。


 それ以来、彼女と言葉を交わすことは一度もなかった。





 20年後


 団長が死んだ。僕のせいで。


 9回目の魔人討伐の任務。選び抜かれた精鋭たちが揃い、これまでの戦いで培った経験からも、簡単な仕事になると誰もが信じて疑わない。


 僕自身も、その一人だった。


 その日は普段よりも前に出て戦っていた。『人類の星』に入団したころよりも、僕はずっと強くなっていて、魔人なんて単独で倒せると思い込んでいた。


 実際、魔人を追い詰め、見事に斬り捨てた。その瞬間、勝利を確信して背を向ける――それが甘えだった。


 息絶えたと思っていた魔人の反撃が僕を襲った。


「っ!」


 隣にいた団長が咄嗟に気づき、間に入る。鋭利な爪が彼の胸を貫いた。


 僕は振り返って魔人に止めを刺すと、団長に駆け寄った。でも、もう手遅れだった。


「どうして誰も、僕を責めないんですか」


 拠点に帰ってから、ずっと俯いている僕を団員はじっと見ていた。


「ヴィンハンスさん、誰もあんたを責められねえよ。あんたは今まで俺たちを引っ張ってきた。今日のことは、ただの事故だ」


「そんなことはない! 僕が調子にのって、そのせいで団長は――」


 立ち上がると、その場にいた全員の視線が刺さった。


「あんたがそんなんじゃ困るんだよ」


 団員の厳しい表情で理解した。〈魔人殺し〉という特異性が持つ責任は、この世界においてあまりにも重すぎることに。


 僕はこの日、『人類の星』の新しい団長に任命された。





 50年後


 魔人の城にもっとも近い村。討伐のために一時的にその地に拠点を構えていた。


 酒場でのことだ。


「ヴィンハンス……なのか?」


 不意に声をかけられた。振り返ると、初老の男がこちらを凝視している。


 男は信じられないといった顔で僕を見るが、彼にはまったく心当たりがない。


「すみません、どこかでお会いしましたか」


「そうか、そうだよな。分からないのも無理はない」


 困惑する僕を見て、男はふっと視線を外し、続けた。


「あの時のダンジョン以来だな。俺は……マグナスだよ」


 その衝撃の告白に僕は言葉を失った。


 特徴的だった赤髪は白く色褪せ、険しかった瞳には穏やかさが宿っている。


「なんだ、忘れてしまったのか」


「そんなことはありません。ただ、あまりの変化に驚いてしまって……」


「変わるさ。あれから50年も経ったんだ」


 そう言いながら、マグナスは笑う。その笑みは、どこか達観したものだった。


 僕たちはテーブルを囲み、懐かしい日々を語り合った。


「しかし、お前は変わらないんだな。俺の方こそ、昔のままのお前を見て衝撃を受けているよ」


「そうですね。最初は自分でも戸惑いました」


 アビトリウムは【長命種】だ。


 何年たっても20前後にしか見えない自分に、慣れるまでには時間がかかった。


「なんだ、マグナスさんの知り合いだったのかい。それなら、もっと早く教えてくださいよ」


 店主はそういうと「こいつはサービスですよ」といって酒を2杯持ってきた。


「慕われているんですね」


「そうかもな。用心棒のようなことをして、もう長い」


「あれから、どう過ごしていたんですか」


 50年前を思い出す。記憶の中の彼は、メイド服の女への復讐心のみで動いていた。


「魔人シルヴィアは討伐した。もう20年も前になる。それからは……この村で余生を過ごしていた」


 すごい人だ。30年という期間で、魔人に対する有効手段を身に着けて、そして成し遂げたのだろう。


 酒が進み、話が盛り上がる中、彼はひとつの提案をしてきた。


「うちのガキを連れて行ってくれないか」


「マグナスさんの子供ですか」


「ああ。まだ15だが仕込んである。役に立つさ」


 少し若いが、人手はいくらあってもいい。僕は了承して翌日に顔を合わせると、「なんだ、このクズみたいなやつは」と強烈な一言を浴びせられる。


 隣にいたマグナスさんが、やけに笑っていたことが印象深かった。





 90年後


「だんちょーはどーしてけっこんしないの?」


 団員たちと食事をとっていると、マグナスさんの孫が無邪気な笑顔で問いかけてきた。突然の質問に、一瞬場が静まり返る。


 やがて、他の団員たちは吹き出すように笑い始め、僕の答えを待つように視線を向けてくる。


「待っているんです。ある人を」


「どんなひと?」


「とても素敵な人ですよ。誰よりも美しい銀髪を持った――」


 僕が熱心に語りだすと、団員の一人が「また始まったよ」といって呆れた顔をする。「俺なんか30年前から聞いてるぜ」なんて古株がいうと、その場が再び沸きあがった。


 目の前の子供だけが、僕の話を真剣に聞いていた。





 138年後


 森の王エルドラを討伐した。


 六王の一角が崩れたことで、世界中に激震が走った。国交が回復し、人類が魔族に対抗するために団結し始めた。


「英雄ヴィンハンス」


 そんな称号とともに、僕は凱旋パレードを強要されたが悪い気はしなかった。この物語が広まることで、彼女の耳にも届くかもしれないと願っていた。


 ただ、エルドラが死の間際に浮かべた満足そうな表情だけが、心に引っかかっていた。





 141年後


 久しぶりに休みをとると、団員の子供たちに囲まれていた。


「だんちょーつぎはまおうのやくをやって!」


「ぼくはけんをおしえてほしい!」


 子供たちは思い思いに要求をしてくるが、それが僕には心地よかった。団員たちもそれを知ってか、子供たちとの時間に割り込んでくることはない。


 普段ならそうだった。しかし、珍しく部屋の扉がノックされた。


「団長、お客様がいらっしゃいました」


 マグナスの孫が控えめに告げる。


「え、ええ。えっと、どなたでしょうか」


 これまであまりなかったことに少し戸惑う。そんな僕の声を聞いたマグナスの孫は、安心させるように質問に答えた。


「あなたの待ち人です」


 心臓の音が、聞こえるくらい大きく鳴っていた。


 マグナスの孫は駄々をこねる子供たちを連れて部屋から退室する。その際「私は信じておりました」と一言だけ残していった。


 そして――


 扉の向こうに、待ち続けた人が立っていた。


「久しぶりね」


 銀色の髪が美しく揺れる。透き通るような白い肌、長いまつ毛に縁どられた青い瞳は、記憶の中のままだった。


「遅かったですね」


「それはわたしのセリフよ。もっと早く会えると思っていた」


「……すみません」


 溢れる感情で言葉が出てこない。気づけば、彼女の瞳にも涙が浮かんでいた。


「必ず会えるって、信じていた」


「僕だって同じです。1日たりとも、疑ったことはありません」


「本当に?」


「当たり前です。だって――」


 本当にそう思っていた。


 もう一度彼女と出会えるという幸運を、僕が逃すはずがない。


 なぜなら――


「僕、アビトリウムなんですよ」


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異世界ダンジョンサバイバル ~運特化の隠し種族が強すぎました~ 西浦和太郎 @n_taro

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