10:対等な友人
「ユミナはこれからどうするんだ?」
食事を終えた後で、エリオスさんは切り出した。
お茶のセットも片付けたため、木製テーブルの上にはもう何もない。
私たちだけがテーブルを挟んで向かい合っている。
「人間の街――ノースエイブに行くなら送るよ。いまから行っても夕方には着くと思う」
「着いたときに夕方では、エリオスさんがこの村に戻るときには完全に夜ですよ? 夜行性の魔物は凶暴なものが多いです。夜の森を歩くなんて自殺行為です」
「おれのことは心配しなくていい。獣人は人間より夜目が利くし、逃げ足も速い」
「そうですか。なら私がいまからノースエイブに行っても問題ありませんね。では護衛、お願いします」
「ああ」
立ち上がると、エリオスさんは躊躇うことなく椅子を引いて立ち上がった。
「………………」
「どうした?」
両手を握りしめ、無言でプルプル震えている私を見て、エリオスさんは首を傾げた。
「なんで引き止めてくれないんですか!!」
私はバンっと音を立ててテーブルに両手をついた。
エリオスさんがびくっと震える。
本当に驚いたらしく、頭の耳が立っていた。
「ゼノさんは全力で私を引き留めようとしてくれましたよ!? 是非ここにいてくれ、オレたち亜人の救いの女神になってくれって泣きながら抱きしめてくれましたよ!?」
ちなみにその後、ゼノさんは額に青筋を浮かべた兎耳の美しい奥様に「あなた? わたしの目前で他の女に抱きつくとはどういうこと? お仕置きされたいの?」とにっこり笑って狼の耳を引っ張られ、強制的に椅子に座らされた。
「ああ、昨日は父さんが暴走して迷惑をかけた。村の長として瘴気をなんとかしようと必死なんだ。でも、無理にユミナを引き止めるのは間違ってる。ユミナの力は同じ人間のために使うべきだ。瘴気に困ってるのは人間も同じなんだから――」
「美しいだけの模範解答は聞きたくないんですよ!!」
焦れて叫ぶと、エリオスさんは気圧されたように口を閉じた。
「昨日メルトリンデさんは私に言いましたよね、人間に貴重な力を割く義理なんてないと! それでもエリオスさんは私のために食い下がって、頭まで下げてくれたじゃないですか! なんで私には同じことを言ってくれないんですか!? エリオスさんはいつも私のためを思って行動してくれる! 私のためを思っての言葉なのはわかってます、でも、こんなときまで善人に徹しないでください! 私がいれば村の瘴気を祓えるんですよ!? 価値ある凄い力だと認めてくれたのはエリオスさんじゃないですか!! ゼノさんみたいに感情をむき出しにして、亜人のために力を割いてくれと言ってくださいよ! そしたら私はここにいることができる! 人間嫌いな亜人に嫌な顔をされたって、エリオスさんに頼まれたという大義名分ができるのに!」
感情のままに叫んで息が切れた。
荒れた呼吸を整えながらエリオスさんを見つめる。
エリオスさんは当惑したような顔で私を見返し――ややあって、口を開いた。
「……でも。ユミナはユーグレストに行けば王宮で贅沢三昧できると言っていたじゃないか」
「えっ?」
驚いた。耳が良いのは知っていたけれど、まさか壁を隔てた上での小声さえ聞き取るとは思わなかった。
「ユミナはユーグレストに行きたいんだろう? 金と地位と権力のある男の
『妻』ではなく『番』という単語を聞いたことで、彼は亜人なのだと再確認した。
人間は普通、番なんて言葉は使わない。
「いいえ。あれは家庭教師の教えを復唱しただけであって、私の希望ではありません。それに、王宮で贅沢三昧というのは希望的観測、ただの妄想です。たとえ聖女と認められても王侯貴族に見初められる保証なんてどこにもありませんよ」
あんな都合の良い与太話を信じるなんて、エリオスさんは素直過ぎる。
「エリオスさんが望んでくれるなら、私はユーグレストにもどこにも行きません。煌びやかなドレスも靴も何も要りません。元よりエリオスさんに救われた命です。大恩に報いること、それが私の望みです」
歩み寄り、エリオスさんの手を掴んで微笑む。
「どうか包み隠さず、正直な気持ちを教えてください。必要ないと言うならおとなしくここを去ります。でも、私が必要だと言うなら。私は、ユミナ・フランメルは。全身全霊をもって、エリオスさんのために尽くします」
手を繋いだまま、金色の瞳をまっすぐに見つめる。
エリオスさんは葛藤するような表情を浮かべてから、小さく息を吐いた。
「……。ユミナ」
「はい」
金色の瞳に決意の炎が灯ったのを認めて、私は背筋を伸ばし、次の言葉を待ち構えた。
「頼む。ここに居てくれ。おれにはユミナが必要なんだ」
「わか――」
「ユミナが全身全霊でおれに尽くしてくれると言うなら。おれは全身全霊でユミナを守ると誓うよ」
真顔で言われて、私は口を半開きにしたまま固まった。
……物凄い殺し文句を言われたような気がする。
「ユミナ?」
エリオスさんは首を傾げた。
「い、いえ、なんでもありません。それでは改めて、これからよろしくお願いします」
頭を下げようとすると、肩を掴んで止められた。
「頭なんて下げなくていい。ユミナはおれの使用人じゃないだろう。これから一緒に暮らす仲間になるんだ。種族は違えど、おれはユミナを対等な友人だと思うし、ユミナもそうであってほしい。敬語も要らない」
「……わかったわ、エリオス」
対等な友人。その言葉が私の心を震わせる。
「それじゃ早速、村を歩いてもらってもいいか?」
エリオスは手を伸ばしてきた。
万が一に備えて護衛をしてくれるらしい。
「ええ、もちろん。隅から隅まで歩いて村中キノコまみれにしましょう。おかげさまで私はいま元気いっぱいだから、きっとこれまでとは桁違いの、とんでもない量の魔法の胞子を出せるわ」
自分が座っていた椅子の背もたれに生えたキノコと、居間の床に生えたキノコを見て笑う。
「村中にキノコが生えるのか。まるで童話の世界だな」
私たちは笑い合い、手を繋いで外に出た。
森に追放されたら幸せが待っていました〜キノコの魔女? いいえ、大聖女です!~ 星名柚花 @yuzuriha
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