09:今後の身の振り方

 目を開けると、見慣れない天井があった。


 ――ここはどこ?

 半分寝ぼけた頭で考え、すぐに思い出す。


 そうだ、昨日からエリオスさんの家にお邪魔しているんだった。

 私がいるのは二階の部屋。

 家具といえば、私が横たわっている寝台と、壁際に置かれた机と椅子くらいしかない。


 寝台の横には五つほどキノコが生えていた。いうまでもなく私の魔法だ。

 私は寝台を下り、足元に生えたキノコを無視してカーテンを開けた。

 太陽は山の頂上にある。朝というより、もう昼だ。


 随分長いこと眠っていたらしい。

 エリオスさんはとっくに起きているだろう。


 部屋の隅に置いてある水瓶から水をすくって顔を洗い、布で顔を拭う。

 親元で大切に大切に育てられたローズマリーと違って私は一人物置小屋に押し込められ、勉強の時間以外はほとんど放置されていた。

 使用人にも冷遇され、幼少から自分の世話は自分でするのが当たり前だったから、これくらいお手のものだ。


 机の引き出しから櫛を取り出して、髪を整える。

 この部屋には鏡がないため、きちんと整っているかどうかは手触りで確認するしかない。


 よし、多分大丈夫。

 私は満足して櫛を引き出しに戻し、自分の格好を見下ろした。

 いま私が着ているのはボロボロの白いワンピースではなく、青いワンピース。

 この服は昨日、フーシェさんが用意してくれたもの。

 元は獣人の女性用の服らしいけど、尻尾を通すための穴は綺麗に塞がれていた。


「……着替えもないし、このままでいいわよね。入浴させてもらえて、新しい服をもらえた。この上さらにもう一枚着替えがほしいなんて贅沢がすぎるわ」

 私は呟き、扉を開けて部屋を出た。

 突き当たりにある階段を下り、居間に向かう。

 長方形の木製テーブルの前にエリオスさんが座っていた。

 テーブルにはお茶のセットがある。

 わざわざお茶の用意をして、私が起きるのを待っていてくれたらしい。


「おはようユミナ。よく眠れたか?」

「はい。おかげさまで、ぐっすり眠れました」

「それは良かった」

 エリオスさんはティーポッドを持ち上げてコップにお茶を注いだ。

 お茶を注ぐならティーカップのほうが相応しいだろうけれど、この貧しい村の人たちは誰もがギリギリで生活している。

 それは村長の一人息子であるエリオスさんも例外ではない。

 用途別にコップを揃えるほどの余裕なんてないに決まっていった。


「どうぞ。この花茶、気に入ってただろ?」

 花茶とは、この森でしか採れないミネアの花で作ったお茶だ。

 昨日の夜、私はご挨拶すべく、エリオスさんと一緒にゼノさんの家に行った。

 そのとき花茶を出してもらったのだが、甘い花の香りのする爽やかな味のお茶で、びっくりするくらい美味しかった。


「はい。ありがとうございます」

 湯気が立ち上るコップを受け取って、私は微笑んだ。


「それを飲みながら待ってて。食事の準備をしてくる」

 エリオスさんは立ち上がり、厨房へ向かった。

 一人居間に残った私はコップに息を吹きかけてから花茶を飲んだ。

 喉から胃にかけて温かい液体が下りて行く。

 錯覚とは知りつつも、細胞の一つ一つに温もりが染みわたって、活力が漲っていくようだ。


 ほうっと息を吐いて、私は窓の外を眺めた。

 エリオスさんの家の窓から見上げる空は青く澄み渡っている。

 今日は瘴気が目に見えないほど薄いらしい。

 もしかしたら瘴気が薄れたのは私の魔法のせいかもしれない。


 キノコが悪いものではないとわかってから、私は無理に魔法を制御しようとすることを止めた。

 歩いた道に点々とキノコを生やす私を、亜人たちは珍妙な動物でも見るような目で見ていた。


 キノコを毒だと誤解した亜人たちとはひと騒動あったけれど、エリオスさんが私の盾となり、説明してくれたおかげで事なきを得た。

 夜も更ける頃には末期の瘴気病患者を蘇生させた私の噂が広まったらしく、武器を持ってエリオスさんの家に押しかけてくる亜人はいなくなった。


 ……さて、これからどうするべきか。

 元気になった以上、今後の身の振り方を考えなければならない。


 ユーグレストに行けば、私は間違いなく聖女と認定されるだろう。

『魔法を使う』という意識すらなく、私はただそこにいるだけで無制限にキノコを生やし、瘴気を浄化できる。


 その価値は計り知れず、どこの国に行っても必要とされる人材。

 ともすればローズマリーのように王族から求婚されるかもしれない。

 金糸銀糸の美しいドレスを身に纏い、大勢の人間に傅かれる自分の姿を想像してみる。悪くない。


「……ユーグレストに行けば王宮で贅沢三昧。たまに瘴気を浄化するだけで一生安泰か……金と地位と権力のある男の妻になること。それが女にとっての最高の幸せだと家庭教師の先生も言っていたわね」

 呟いて、お茶を啜る。


 ――でも、その男とやらがエリオスさんに匹敵するほど良い男だとは思えない。


「…………?」

 私はコップに口をつけたまま目を瞬いた。


 ちょっと待って、いま私は何を考えた?

 胸中に動揺の波が走り、頰が熱を帯びる。


 エリオスさんは素敵な男性だと思っているし、もちろん好きだ。

 でも、それは親愛としての好きであって、間違っても恋愛ではない。

 私と彼は種族が違うし、そもそも彼の恋愛対象になるわけがない。


 ――って、誰に言い訳してるのか。

 ああもう、くだらない。

 そんなことよりこのお茶とっても美味しい、ユーグレストの人たちにだってきっと売れるわ。村でミネアの花を栽培できれば良いのに。


 無理やり思考を切り替え、私は花茶を喉に流し込んだ。

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