08:キノコの真価
「ああ。それじゃ、またな」
エリオスさんは挨拶して部屋を出た。私も彼の後に続く。
廊下を歩いていると、病室から二人の亜人が出てきた。
一人は頭に二本の角が生えた黒髪赤目の女性の
調合室へ向かう途中、開け放たれた病室の扉から見たときは寝台で眠っていたはずの二人は、危なげなくしっかりと自分の足で立っている。
でも、私が注目したのは彼らの足ではなく上半身。
鬼人の頭と翼人の右肩には手のひらサイズの立派なキノコが生えていた。
「!!!」
顔面から血の気が引いた。
どうやら病室の前を通り過ぎたとき、知らず知らずのうちに魔法の胞子を飛ばしていたらしい。
私が元気になったことで胞子が活性化し、一気に大きなキノコになってしまったのだろう。
よりにもよって病人にキノコを生やしてしまうなんて!! 絶対に怒られる!!
「ウィング!!」
名前らしき単語を叫び、エリオスさんは翼人に駆け寄った。
早口で何か話しかけているけれど、亜人の言葉だから何を言っているのかわからない。
翼人と話すエリオスさんの表情は輝き、尻尾がパタパタ揺れている。
尋常ではない喜びようからして、あの翼人がエリオスさんの親友だという重度瘴気病患者だったのだろうか。
でも、エリオスさんの親友はもう一ヶ月も意識がないって聞いたんだけど……?
「××××!!?」
考え込んでいたそのとき、背後で少女の大声が上がった。
びっくりして振り返れば、メルトリンデさんが廊下に立っている。驚愕の表情で。
「××××! ×××!?」
メルトリンデさんは大声を上げながら私の横を駆け抜け、亜人たちの前に立った。
触診するようにぺたぺたと鬼族の女性の身体を触り、二人の身体に生えたキノコを見て、早口で何か話している。
二人の亜人たちはメルトリンデさんの言葉に首を振ったり、頷いたり。
蚊帳の外に置かれた私は、ただ突っ立っていることしかできない。
「×××? ×××」
そのうちエリオスさんも三人の会話に加わった。
廊下で話し合う四人の表情は真剣そのもの。
四人はどんな会話をしているのだろう。
もしかして、重病人にキノコを生やした罰としてまた岩に括りつけられるのでは……いや、エリオスさんはそんなことしないと思いたい。
だらだらと冷や汗を流しながら、ただ会話が終わるのを待っていると、エリオスさんが急にこちらを向いた。
「ユミナ」
「はいっ、申し訳ございま」
脊髄反射の勢いで頭を下げかけた瞬間。
「ありがとう!!」
エリオスさんは私の台詞を遮り、感極まったように抱きしめた。
「!!?」
予想外の行動に、私の頭は大爆発。
「ユミナはおれの、いや、おれたちの恩人だ。どんなに感謝してもしきれない。ユミナは聖女様だったんだな。魔女なんてとんでもない。メビオラにいた人間たちの目は節穴だったのか? キノコの持つ力の本質に誰一人気づかないなんて信じられない」
「な、な、何の話ですか?」
上ずった声で尋ねると、エリオスさんは抱擁を解いて言った。
「ウィングたちは重度瘴気病患者だったんだ。後ろにいる子どもたちも」
肩越しに振り返ると、病室から二人の亜人の子どもが顔を覗かせていた。
私と目が合うなり、彼らはすぐに病室の中に引っ込んでしまった。
エリオスさんは一切そちらを見ていなかったはずだけれど、私の耳では捉えられないほどのささいな音で彼らの存在に気づいていたらしい。
「でもユミナが治してくれた。ユミナのキノコには瘴気を浄化する力があったんだ。ずっと寝てて衰弱してるはずのウィングたちが平気な顔で立ってるのを見ると、浄化と同時に回復効果もあるんだと思う。おれにも思い当たる節がある。身体にキノコが生えてきたとき、なんだか身体が軽くなったような気がしたんだ。あれは気のせいじゃなかった」
「…………え?」
私は目をぱちくりした。
「私のキノコにそんな力が? そんなはず……」
「ないって言いきれるか? ユミナはメビオラの王子の頭にキノコを生やしたせいで罰を受けたんだよな。パーティーには大勢の人間がいたんだろう? その中で何故ピンポイントでメビオラの王子にキノコが生えたのか、心当たりはないか? たとえばパーティーの前、王子は魔物を討伐したり、汚染区域に行ったりしてなかったか?」
汚染区域とは、瘴気に侵された土地のことだ。
もっとも危険度が低いのは第五級。
第一級になると近づくだけで命を落とす。
「……あっ!! そういえば、カイム様はパーティーに参加される数日前、王都付近に出た魔物を討伐されたと聞きました!!」
「やっぱり。確定だな」
エリオスさんは笑った。
「出会ったとき、ユミナの周りに生えていたキノコは空気中に漂う瘴気を浄化してたんだ。ユミナが長いこと森にいながら瘴気病を発症しなかったのはキノコのおかげだ。ユミナの魔法は本当に凄い。無価値なんてとんでもない。他の誰にもない、ユミナだけが持つ素晴らしい力だ――」
「×××、エリオス。×××?」
言葉を遮って、ウィングさんがエリオスさんに何か話しかけた。
「ああ。ウィングがお礼を言いたいって。×××」
エリオスさんが何か言いながら一歩引くと、ウィングさんはエリオスさんと入れ替わるようにして私の前に立った。
「ユミナ。『ありがとう』」
ついさっきエリオスさんに習ったばかりの言葉を言って、ウィングさんは私の手を掴み、上下に振った。
「××××。『ありがとう』×××」
鬼人の女性は私に向かって軽く頭を下げた。
「あたしも礼を言うわ。ありがとう……貸しどころか、あんたには大きな借りができたわね」
メルトリンデさんは気まずそうに銀髪を指で弄りながら、ユーグレスト語でそう言った。
お礼を言われた以上、どういたしましてと返すべきなのはわかっているけれど、理解が追い付かない。頭の中は真っ白だ。
信じられない。みんなが私にお礼を言っている。
私の魔法は役立たずなんかじゃなかった?
それどころか、物凄い力を秘めていた価値ある魔法だったの?
「ユミナ? どうしたんだ、大丈夫か?」
ぼうっとしていると、エリオスさんが軽く私の肩を叩いた。
そこでやっと我に返った。
「あ、はい、大丈夫です。えっと、その。どういたしまして。私の魔法が皆さんのお役に立てたようで何よりです」
まるで現実感がなくて、足元がふわふわしていた。
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