白昼夢

オオオカ エピ

【短編】白昼夢

 私が住んでいるのは、少なく見積もっても築四十年の古い貸家だった。


 床張りの台所意外は全ての部屋が畳敷き。

 広さだけはある平屋の、思い描いていたとは雲泥の新婚生活。

 転勤族の夫の、そこが会社の社宅だと言われればと住まないわけにも行かなかった。


 少しでも快適にと、十畳の畳敷きの居間に絨毯を敷いて、小さなソファと洋風のこたつを置いていた。


 吊り下げの電灯をLEDシーリングライトに変更し、こたつ布団にゴブラン織風の洒落たものを選んでみても、窓の障子と続き部屋との欄間が和室であることを主張してどうにもならない。


 タペストリーを飾ってみても、砂壁が昭和の否定を許さない。


 隙間風がはいってくるのか、窓の付近は常に冷気が漂っていた。


 窓がささやかな庭に面していても、冬場は障子を締め切って開ける気にもならない。


 こんな薄い紙一枚でも、温度を遮断するのだから、昔の日本人はたいしたものだと妙なところで感心する。


 ぼんやり明るいだけでも、そこに窓があると意識できる。

 それだけで、閉塞感はいくらか和らぐのだ。


 日本家屋の創意工夫には納得するが、寒いもは寒い。



 その日は朝から本当に寒かった。

 どんよりと曇った空から、いつ白いものが落ちてきても不思議はなかった。


 静電気に悩まされるのが常の、カラッと続く晴れ間続きの冬しか知らない私には、堪える季節。



 こたつ布団を肩まで引っ張りあげてテレビを点けた。


 日中の地方番組なんて古いドラマの再放送か、通販番組ばかり。

 一周してみて、あまりに見るもののなさに消そうかと思った時だった。


 どんどんどん。


 窓を叩く音。

 首だけで振り向くと、庭に母がいた。


「〇〇〇〇〇、〇〇〇て……」


 窓越しに何か訴えている。


「そんな所にいないで、入ってくればいいのに…」


 母は動かず、何か言う。


「〇〇〇〇に、〇〇えて……」

「なんだって?」


 かろうじて理解できたのは

「みっ君に伝えて」という言葉だけ。


「何を?」



 尋ねている最中に、愛猫が膝の上に飛びのってきた。


「……っ!?」


 唐突に音が戻ってきた。


 テレビから流れてくる、くだらない笑い声。

 障子はぴっちり閉まっている。

 私は変わらずこたつに包まるように入っており、膝には猫がまるくなっていた。


 

 庭に母は居ない。

 当然だ。

 母は三〇〇km離れた実家にいる。


 

 訝しながらふと目に入った時計に私は慌てた。

 仕事に行く準備をしなければ。


 母に電話をしてみようかと思いながらも、時間が押し迫っていたのでうやむやになった。


 みっ君こと、夫の顔も過ったよぎったが、伝えるべき内容も分からないので放っておいた。



 その夜。


 いつもの時間になっても夫が帰って来ない。


 遅くなる時は、連絡くらいくれるのにと、訝しながら先に夕飯を頂いた。


 食べ終わり、片付けていると、突然鳴り響く電話の音。


 スマホの画面には見知った番号。


 夫だった。


「もしもし。どうしたの?」

「事故に遭った」

「えっ……?」


 車同士の接触事故だった。

 車が自走不能な状態だから迎えに来て欲しいとのこと。


 コートと鞄を引っ掴んで、指定された場所に、私は急ぎ向かった。


 

 街灯の少ない夜道。

 微かに雪の舞う寒空の下で、夫と相手の方が何やら話していた。

 現場検証は終わったとのこと。


 双方ともに怪我はなかった。


 左折しようした夫の車に、右から来た車が突っ込んできたのだという。


 二台の車がそれぞれレッカーされようとしていた。


 夫の車は、右後部のドアが凹み、車軸が歪んでいる。

 相手の車は前方がひしゃげていた。


「車検終わったばかりなのに、すまん、すまん!」

 明るく言う夫。

 顔が白い。


「もう!気をつけてよね!!」


 怒った振りで返しながら、私は気づいていた。


 あと数秒、いや一秒かも知れない。

 夫が出るのがおそかったら。

 相手の車が早かったら。


 ぶつかった場所は後部座席では無かった筈だ。



 心臓がドキドキしていた。


 否が応でも、昼間の一幕が思い出される。



 母の顔をして、家の外から伝えようとしてくれたアレは、きっと夫の守護的なナニか。


 夫の所に行かなかったのは、夫が全くという程、そういう気配に疎いからだろう。


 私の方はいくらかはアテられた経験がある。


 迂回したい道、近寄りたく無い家、人の欲の気配に入りたくない神社。


 その程度には危機感知らしきものが働く。

 酷い時は電車の中や人にですら酔う。


 そして、強い神社では、気のようなものにすすいでもらう実感も時にはある。



 アレが母の顔をしていたのは私が認識しやすくするためだろう。

 私の警戒を解くためだろう。


 窓越しとはいえ、イヤな感じは微塵もなかったのは確かだ。


 でも、私が受信者としてポンコツなのを察して、結局直接夫を救けてくれたのだと思う。



 私は夫の守護霊に遭った。

 そう、信じている。


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