第3話

 勉強にひと区切りつけて、夕ご飯には姉さんが作ってくれた豚の生姜焼き丼を食べた。

 義父さんと母さんは、今日も遅くなるらしい。もしかしたら、帰ってこないかもしれないって。


 両親は同じ職場で働いている。義父さんの実家が経営している工房で、仏具の彫刻品を作っているんだ。おじいちゃんが、業界では名の通った仏具職人だから。

 で、おじいちゃんの作品をSNSで紹介したところ、海外からの注文が集中して忙しくなってるんだって。


 夕ご飯を食べ終わり、姉さんと一緒に食器を片付けて、15分くらい食後の休憩。

 スマホで友人とメッセージを交換して、みんな勉強を頑張っていることを確認する。


 時刻を確認すると、午後7時48分。9時半まで勉強して、それからお風呂に入って、寝るまで勉強かな。

 明後日から3日連続で部活があるから、それまでは勉強に集中しよう。


「姉さん。9時半くらいにお風呂入りたいから、お湯お願いしていい?」


「いいよー、9時半ね。それまで勉強?」


「うん」


「そ、頑張ってねー」


 軽くいう、頭のいい人は違うな。

 僕、姉さんと同じ高校目指してるから、こんなに必死で勉強してるんだけど。


     ◇


 予定していた時間通りにお風呂場に行くと、湯船にはお湯がはられていた。

 義父さんと母さん、今日は帰ってこないのかな。この時間に帰ってこないなら、今日は仕事場に泊まりかも。


 服を脱いで浴室へ。身体を洗ってから湯船に浸かると、


「なんで入ってくるの!?」


「いいでしょー、せっかく買ったんだし」


 今日買ってきた水着を着た姉さんが、浴室に入ってきた。


「やっぱ、これでプールはやめとくわ。大胆すぎるかなって。大人っぽく攻めすぎ? 盗撮されるのイヤだし」


 大胆? それはない。

 確かに露出部分は多いけど、幼女が肌を出すのを大胆とはいわない。


「でも、あんたはこれが良かったんでしょ? お姉ちゃんに似合うって思ったんじゃないの?」


 店員さんが選んでくれた中に、ビキニがそれしかなかったんだけど。嬉しそうな姉さんの顔から、そうはいえない雰囲気を察した。

 ここは無難に、


「うん」


 とだけ答えておこう。


「えへへー♡」


 なんで、そんなニッコニコなの?


 僕が浸かる湯船に、姉さんも入ってくる。入る前に身体洗ってよと思ったけど、もう浸かっちゃったし遅い。

 そんなに広くもない湯船は、ふたりで浸かるとぎっちぎちだ。


 姉さんの腕が、僕のお腹にくっつく。


「ちょっと、くっつかないでよ。エッチ~」


 なのに、くっついてきた姉さんが文句をいう。


「くっついてきたのそっちだろ。姉さんは水着だけど、僕、裸なんだけど」


「あんたの裸なんてなんとも思わないわよ。なによ、もう色気付いちゃったの? まだ子どものくせに」


 僕、夏休み最終日が15歳の誕生日なんだけど。姉に裸を見られて恥ずかしのは、普通じゃないか?


「僕、お姉ちゃんきれいでかわいいから、裸なんてドキドキして見てられないけど」


 ちょっとムカついたから、反撃してやった。

 姉さんは褒められるのに弱い。あと、意識したわけじゃないけど、久しぶりに「お姉ちゃん」って呼んでしまった。


「なっ……バッ、バカ! ロリコン! ヘンタイ!」


 ロリコンって……姉が弟にいうセリフじゃないよな。


「自分がロリ体型なの自覚してるのはいいけどさ、僕は人並み平均で育ってるんだけど」


 むしろ体格はいいよ。夏休みの明けからの大会で引退だけど、バスケ部の副部長やってるし。


「だからなによ! もう一緒にお風呂はいってあげないんだからっ」


 湯船から上がる姉さん。お湯に濡れる、小さくて細い身体。


 ピチャピチャピチャっ


 目の前に置かれた、水着に覆われた股間からの滴りがあまりに恥ずかしくて、思わず目をそらしてしまう。


 だけどこの人、こんなに幼なかったっけ? こんなに小さかった?


 始めてあったとき僕は5歳で、姉さんは小学生になったばかりだった。


 姉さん成長が止まった……というか急激に緩やかになったのは、小学3年生のとき。

 だからそれまでは、ちゃんと『お姉ちゃん』って感じだったし、生まれたときから母子家庭のひとりっ子だった僕は、お姉ちゃんができたことがすごく嬉しくて、確かにあの頃はお姉ちゃんっ子だった。


 なんでも「おねえちゃんといっしょ」「おねえちゃんとがいい」、そんなだった。

 遊ぶのも、お風呂も、寝るのも。いつも姉さんと一緒だった。


 僕より背が高くて、しかっりものの頼れるお姉ちゃん。

 僕の大好きな、大好きなお姉ちゃん。


 確かに、そうだったんだ。

 いつまでそうだった? 思い出せない。


 もしかして、今でも……なのか?


 ぷんすか怒り顔の姉さん。それでも美幼女にしか見えない。

 こうしてみると、その水着似合ってるよ。ドキドキする。


 女子高生だからビキニ。

 そうじゃないのかも。


 僕は心のどこかで、姉さんにビキニを着て欲しかったのかもしれない。

 姉さんのビキニ姿を見てみたかったのかも。

 大人っぽい水着が似合う、すてきな姉さんを。


(……って、ウソだろ? 本当に僕は、姉さんにビキニを着てほしかったのか?)


 確か姉さんが中学生になって、一緒にお風呂はやめたんだ。母さんに、なにかいわれたんだっけ? 覚えてない。

 だけど姉さんはそれからも、両親がいないときは、ときどきだけど一緒にお風呂に入ってくれた。僕は裸のままだったけど、さすがに姉さんはタオルで身体は隠して。


「そんなこというなら、もうこれで最後だからね! 一緒にお風呂入ってあげるのっ」


「僕はやめてって、なんどもいったけど? なんで恥ずかしくないの? 自分が美人でかわいいって自覚してよ」


 童顔で幼児体型だけど、姉さんはきれいなんだから。小学校の高学年から、姉さんとのお風呂は恥ずかしかったよ。

 今だって恥ずかしい。


 小さくて幼ない身体。でも、ちゃんと女の子に見える。

 転ぶだけで折れてしまいそうな、細い腕と脚。お腹は少しふっくらしているのが子どもっぽいけど、小さく凹んだおへそがやけに色っぽく感じるし、お尻へとつながる腰元は曲線的で女性らしい。


 僕は弟だけど、姉さんを美人だって思っちゃうんだから、やめてよ。

 恥ずかしいんだって、姉さんに裸を見られるのも。

 僕はもう、小さな子どもじゃないんだから。


「びっ、美人って!? うっさい! 褒めたってゆるしてやんないからねっ」


 褒めてない。やめてっていってるの。姉さんはなんというか、自分が美形だって自覚が薄い。それに羞恥心も。心が身体と同じで、小学生から成長していないんだ。


 家の中を下着姿でウロウロするし、ブカブカのTシャツからノーブラのお胸をちらっとさせられると、さすがに目のやり場に困るんだけど!

 そりゃ姉さんはつるーんぺたーんだから、ブラいらないんだろうけど、それでも女の子のお胸なんだから、チラチラ覗かされるとドキドキするんだって!

 とくに先っぽが見えちゃうと、ドキドキだけじゃ済まないんだって!


 湯船を出る姉さん。小さくても丸いお尻に、目が釘付けになる。

 やばい、かわいい……興奮しちゃう。急速に、あそこが大きくなっていくのがわかる。姉さんに対してこんなになるのは始めてで、僕は自己嫌悪に沈んでいく。


「……僕はもう、子どもじゃない」


「でも弟でしょ!」


 そうだけど、僕たちは結婚だってできるんだよ? 

 僕は、『姉さんの弟になった他人』なんだよ?


 姉さんは僕を弟としか見てないだろうけど、僕は最近、姉さんを『女の子』として見てしまうことがある。

 それが成長だとは思えない。気持ち悪くて、罪悪感で自分が嫌いになりそうになるんだ。


     ◇


 お風呂から出たら、リビングでソファーに座った姉さんがアイスを食べてた。

 小さなカップに、スプーンをぷっさして口に運んでいる。水着は脱いでるけど、当たり前のように大きめのTシャツ1枚姿だ。生脚丸出しの。


 パンツは履いてるだろうけど、見えてはいない。そして見るかぎりブラはつけてない、つるぺただからいらないんだろうけど。

 外出するときはブラしてるようだけど、家だとノーブラなんだよな、この人。


「なに?」


 僕の視線に気がついた姉さんは、なんだか怒ったような声。お風呂でのことを引きずっているんだろう。


「パンツ、履いてるよね……?」


 一応ね。なんか心配になったから。


「はいてるわよ! ほらっ」


 なんで見せる! 姉さんはアイスをテーブルに置くと立ち上がって、Tシャツをめくって小学生の頃から変わらない子どもパンツを見せた。


「……見せなくていいよ。そんな子どもみたいなパンツ」


「はぁ!? これのどこが子どもパンツなのよ、ちゃんとみなさい! っていうかあんた、大人パンツなら見たいの!?」


 だから、恥ずかしいから見たくないんだって。

 見せないでっていってるの。


「もういいから、わかったから。僕の見間違いだった、大人パンツでした」


「ふん! わかればいいのよ」


 別にわかったわけじゃないし、本当は子どもパンツだって思ってるけど。


 お尻をソファーに、アイスを手に戻す姉さん。僕はその隣に腰を下ろして、


「なんであんなことしたの?」


 確認した。

 なにをなんて説明する必要なく、


「だってさ、よろこぶかなーって。せっかく選んでくれたんだし、見せてあげようかなって」


 姉さんはわかってくれる。


 悪気がないのはわかってる。姉さんは僕のことを、弟としてしか見ていないから。

 だけど僕は、姉弟なのはわかってるけど、時々そう思えないときがある。だって姉さんは、本当にかわいいから。


 僕は姉さんほどかわいい女の子を知らないし、見たこともない。

 美人とかすてきだとか、そう思える人はいるけど、かわいいってなると姉さんを超える人はいない。


 僕にとって姉さんは、姉さんだけど、とってもかわいい女の子でもあるんだ。


 本当に血が繋がっている姉弟だったら、こんな感情を持たなかっただろうけど、僕は姉さんと血が繋がっていないことを理解している。


「姉さんの水着姿見せてもらえて嬉しいけど、お風呂はさすがにやばいって。僕、裸だったんだけど」


「そんなの見慣れてる」


「だとしても、僕も男だってわかってほしい」


 姉さんはスプーンにアイスをすくうと、無言でそれを僕に差し向けた。

 食べろってことらしい。


 そのスプーン、姉さんが使ってたよね。間接キスなんだけど。でも姉弟なんだから、気にする方が変なのかも。

 僕は自分に「姉弟なんだから、気にする自分がおかしい」といい聞かせて、アイスをスプーンごと口に入れる。


 バニラ味だと思ったけど、ミルク味だった。冷たくて美味しい。

 僕の口からスプーンを引き抜き。


「おいしいっしょ?」


 姉さんが笑う。


「うん、おいしい。もっとちょうだい」


 口を開ける僕に、


「ヤダ」


 彼女は笑顔のまま答えると、色鮮やかな自分の唇の奥へとアイスを送った。

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姉さん(17歳高2だけど身長137.2cmで見た目は小4女児。ちなみに血は繋がっていない)が水着に着替えたら 小糸 こはく @koito_kohaku

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