最終話

 週が明けて月曜日。土日を挟んで、俺が廊下で木戸に告って当たり前に振られたという噂は生徒たちの間で一気に広まり、次の日の月曜日から俺のあだ名はヒーローになった。

 本来なら嬉しい筈のそのあだ名も、にやにや嘲笑されながら呼ばれるとやっぱりなかなか傷つくものだった。まぁ、中学の時のあだ名である人体模型よりは幾分マシだろうと、なんとか踏ん張ることができた。いや、人体模型は酷過ぎるだろ。人間とすら認められてないもの。

 高橋は言った通り月曜日から登校してきた。彼女は彼女でヤンキーと呼ばれるのだが、思ったよりもヒーローの方が周りの食いつきがよかった。だから、高橋はいじめっ子たちに拍子抜けしていた。

 昼になった。俺は流石に図書室に籠った。

 そこには高橋がいた。いつもの席のデスクライトを点灯させて、そこに当たり前のように座っていた。

 彼女は開口一番、「あなた、馬鹿なの?」と言った。俺は難しい顔をして、その問いに答える。

「ぬぅ、しょうがないだろ。どのみち俺の悪口を言ってる木戸は、見せしめに道連れにしたかったし。できんかったけどな」

 やはり高橋との会話はテンポがいい。暗い図書室が不思議といつもより明るく見えた。

「カースト最下位のヒーローって、一体なんなのよ?」

「俺が聞きてぇよ。別に俺が決めた訳じゃねぇし」

 つい図書室で声を荒げてしまい、こほんこほんと咳払いをして俺は続ける。

「てか、勝負再開するんだろ? 俺は、もう他校しか頼りがないけど」

「そうね……ねぇ、確認したいのだけれど、現時点のカースト最下位はどちらかしら?」

 高橋は真面目な顔でそんなことを訊ねた。

 なるほど。こいつは俺が校内で嫌われ者になったから、最下位が逆転したと見て、勝負を終わらせる気だな。だが、そうはいかない。せっかく舞台整えたのに棄権されたら、俺が無駄死にじゃねぇか。

 俺はなぜか、自信満々に答えた。

「カースト最下位はお前だな。俺はヒーローなんだから」

 この言葉だけ取るとかっこいいんだけどなぁ。ヒーローの現状は教室、いや校内が物語っている。

 と、高橋は何を思ったのか、俺の表情を見て微笑んでいた。

「ふふ、じゃあ……」

 彼女の潤いのある唇に注目がいく。

「私と付き合って」

「は?」

 こいつは何を言い出すのだろう。何が目的なのか、と木戸の時のようについつい詮索してしまう。

「……それは、なぜ?」

 私と付き合って、になんか他の意味あったっけ? 恐る恐る俺が聞くと、高橋はまたふふ、と笑った。

「単に助けてくれたから惚れたのよ。私じゃ嫌というのならいいけれど」

 嫌なことはない。恐らく、付き合ってからもこの何げない関係を続けることになるのだろうし、てかラブラブでもいい。俺は高橋が嫌いではない。むしろ好きだ。うん、好きだ。

 女子たちにつられて男子も高橋に嫌な感じになっているが、それは決して彼女が不細工だからではない。むしろ可愛い。そして、性格も俺は好きだ。まずそもそも前提として、俺のモテ期は物心つく前に終わっている気すらしているから、この機会を逃す訳にはいかない。

「でも、助けた訳じゃないけど……」

「じゃあ言い方を変えるわ。助かったし、電話をかけてくれて、私への優しさを感じて惚れたの」

 高橋は恥じらう様子もなく堂々とそう言ってのける。

 だが、よく見てくれている。すると俺は、どうでもいいものを捨てて、大事なものを選択することができた、ということか。

「俺、そんなかっこよくないぞ?」

「ええ、知っているわ」

「知ってんのかい」

 俺はため息をついた。早く言ってしまいたいけど、少し呼吸をしないと駄目だった。

「ふぅ、いいよ。俺も好きだし、ベストコンビだな」

 すると、彼女は勝ち誇った顔で「じゃあ、勝負は私の勝ちね」と言った。

「は?」

 いや、勝負続いていたのかよ。てか。

「い、いや、違うね! 俺には彼女、お前には彼氏が同時にできたから、この勝負は引き分けの……筈、え?」

 高橋は得意げにふふん、と笑った。

「残念。引き分けの場合は、その恋人のカーストで勝負と言ったでしょ」

 なんか、そんな最低なことさらっと言っていた気がする。今考えてもひどいルールだ。しかし、それがどうした? ん? え?

「さっき確認取ったけれど、あなたの彼女さんはカースト最下位なの」

 ……あ。

「私の彼氏はカースト最下位より一個上だから。つまり比べてみると、私の彼氏の方がスペック高いから、私の勝ちよ」

 こ、こいつ。細けぇー!

 だが、非常にややこしい話だが、確かにそうだった。俺の彼女は高橋で、カースト最下位だから、高橋のカースト最下位より一個上の彼氏と比べると、高橋の勝ちだ。ああ、ややこしい。

「い、いやいやいや! 俺、校内を敵に回してんだぞ? 俺のがカースト最下位だから、俺の彼女の方がスペック高い。俺の勝ちだろ!」

 俺は一体、何を言っているのだろう。

「いいえ、だからさっき確認したわよね? てことであなたはウンコよ。ウンコヒーローよ」

「ウンコヒーローってなんだよ! てかお前、彼氏がウンコヒーローでもいいのかよ!」

「やむを得ないわ」

「得るだろ!」

 俺は、今日一番の大声でツッコんだ。が、図書室はその声すら吸収してくれる。

「でも、あなたを好きなのは事実よ」

 うっ。今一瞬、ウンコヒーローは煌めきかけた。

「くっそー、絶対俺が最下位なんだけどな……」

「ふん、あなたが最下位になろうなんて百年早いわ」

「一応、最下位か、最下位より一個上かなだけなんだけどな。俺とお前の争いって」

 図書室の奥地にある個席。昼休みにここで弁当を食べている高橋に、いつも俺は付き合ってやっていた。ほぼ毎日のように、カースト最下位はどちらかについて、我ながら醜く言い争っている。

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カースト最下位より一個上の俺vsカースト最下位の高橋 鈴椋ねこぉ @suzusuzu_suzuki

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