番外:男のやきもち 巧SIDE

「ねぇ、お兄ちゃん」

「んー? どしたぁ?」

「このジュース開かない」

「貸してみろ。…………はい」

「わぁ、ありがとう!」


目の前で、いちゃつく兄妹。

絶対異常だ。


「詩織。お前今体育は何なんだ」

「ん? 体育はね、今陸上~……走ったり跳んだりしてるよ」

「あ? 陸上かよ。見学すればいいのに。怪我はしてねぇか?」

「今日ちょっとこけたけど、大した怪我はしてないよ」

「どこだ。見せてみろ」

「膝のとこちょっとすりむいただけだよ。ほら」

「ああ? お前これ消毒したのかよ。ここ足乗せろ。消毒してやる」

「うん。ありがと」


そんなやりとりで、兄の太ももに足を乗せる妹。

ていうか、詩織さん。

怪我見せた時点であなたパンツ見えてましたから。


あなたミニのスカート履いてる事忘れてね?

涼もよく平気で、冷静に治療とかできるよね。

あの兄妹関係よく分かんない、ほんとに。


「なぁ、春香」

「ん? なに巧」

「しおと涼って仲良すぎない?」

「え? 何今更。あんなのいつもの事じゃん。付き合いだして気になってきたんでしょ。あれは受け止めないといけないよー」


春香はさわやかな笑顔でそう言って、平気でしおと涼の前のソファに座って、2人と話しだした。

春香すげぇな。

俺的にはまだ割り切れないんですけど。

そう思いながら、しおに甘すぎて口に出して言う事もできない俺は、じっとその光景を眺めた。


「ねぇ、巧っ」


しおの明るい声が聞こえて、しおに目線をやるけど、隣に座っている涼が視界に入った。

その瞬間、どうしても嫌になって視線をふいっと逸らしてしまう。

俺の目の前の鏡越しに写ったしおの顔は、戸惑ってから一瞬悲しそうに眉を下げた。

……ああ、俺最悪。


「悪い、みんな。俺ちょっと用事思い出したから行くわ」

「あ? 何の用事だよ。銀竜?」

「そうそう。お前らは来なくていいから」


涼にそう言って、みんなに笑顔で手を振って玄関に向かった。

すると、後ろからしおが駆けてくる音が聞こえる。


「巧っ。帰んないでよー。帰ったら寂しいよ~」


しおが甘えるように服を掴んで言ってくる。

可愛くて仕方ない。

なのに、いつもどうやって返事をしていたのか忘れてしまった。

手を握って頭を撫でてやればいいんだけど、プライドがどうしてもそれを許さない。

両思いになって、さらに欲張りになった。


「…………巧?」

「ごめんな、しお」


一言そう告げて、前に進むと、しおが掴んでいる手が力なく離れた。

ごめん。

いつもこんなんじゃないよな。

もっと優しく誤魔化してやれるのに。


反省して頭を撫でてやろうと思って後ろを振り向くと、すごく傷ついたような顔をしたしおが目に入る。

眉を下げて、下唇を心なしか噛みしめて。

意味が分からないのに、困るよな。

ごめん。


「……しお! やっぱさ、今からドライブ行こっか」

「え? いいの? なにか用事あるんじゃないの?」

「それはもう良さそう。行かない?」


俺が首を傾げてそう言うと、しおは嬉しそうに顔をほころばせて頬にえくぼを作った。

可愛いな、ほんと。


「用意しておいで」


そう言うと、力強く頷いて部屋に戻って行ったしおを見て、はぁっとため息を吐いた。

なんであんな態度とったんだろう。

本当に嫌になる。


両思いになったのに、いまだ片思いのままのようなそんな辛い感情が引き出されてしまう。

でもそれは俺の勝手な劣情で、詩織には何の関係もない。

ただ俺が弱いだけだ。


リボンのついた可愛い鞄を肩からぶらさげて、涼にもこもこのベレー帽をかぶらされてきた詩織をじっと見つめる。

また涼がかぶせたっていうのが腹立たしいけど、それは我慢することにする。


「しお。おいで」


そう言うと、嬉しそうに満面の笑みを作って、俺の手をすっと握った。

俺の手よりも随分小さい手をきゅっと握って、前を歩く。


バイクに乗せてメットをかぶせる時に、涼のかぶせたベレー帽をとってやった。

俺性格悪い、ほんと。

はぁっと内心溜息を吐きながら、バイクを走らせる。


「しお。どこ行きたい?」

「んー、植物園。今はコスモスが咲いてるって言ってたよ」

「へぇー年中チューリップってわけないもんな。じゃあ行くか」


家からそう遠くない植物園にバイクを走らせると、しおは俺の腰に両腕を回して背中にもべったりとくっついてくる。

腹の辺りが少しくすぐったいけど、可愛いからそのままにしておく。

植物園に着くと、しおが跳ねるように楽しそうに入場口に行った。


可愛い鞄からお金を出して買おうとしている前に割り込んで、高校生2枚を買う。

巧かっこつけないで……と甘い響きの文句が聞こえた。


「しお、行くよ。ほらあそこにコスモス」


俺の指を辿って遠くを眺めて、しおが顔をふわっと綻ばせる。

付き合ってから初めて来たから、前に来た時と少し気分が違う。

前は一緒に来たって、どこか侘しい気持ちだったから。

今は純粋にしおとデートをしていると誇らしい気持ちになる。


「巧。コスモスの花言葉は知ってる?」

「知らない。俺チューリップ専門だから」


そう言って笑うと、しおも同じようにふふっと笑いを洩らした。


「コスモスは乙女の真心とか乙女の愛情だよ。女の子の花なの」

「ふうん。で、しおちゃんの愛情は誰に向けられてんの?」


頭にぽんと手を乗せて目をじっと見つめると、しおは頬を赤く染めながら、「巧だよ」と可愛く零した。


「可愛い。俺以外の前でそんな可愛い顔しないでね」


手を離してそう言うと、俺の腕に腕を絡めて飛び込んでくる。

そして、わざわざ、「巧以外にしないよ?」なんて甘えたように言ってくるもんだから、俺はたまらなくなって口を片手でぐっと押さえた。

放っておいたら口から何か変な声が飛び出しそうだと思うほど、胸がときめいた。


しおって天然で男を喜ばせるよな。

絶対涼もまじで可愛いと思ってるわ。

兄妹でそんな事思わないでほしいね、ほんと。

普通妹を可愛い可愛い守りたいなんて思わないだろ。


俺1人っこだから分かんないけどさ。

俺だってしおの兄貴だったら、彼氏チェックしに行って、気に入らなかったら別れさせるまで追い詰めて、しおが成人してもそばを離れないね。

あ、だめだ。

自分の溺愛っぷりに涼の事が言えなくなってきた……。


「しお、涼の事どう思ってんの?」


そう聞くと、しおはぎょっとしてから、俺を怪訝な目で見てくる。


「なに? もしかしてまだ疑ったりしてる?」

「そうじゃないよ。ただ、俺兄弟いないから知りたいだけ」


そう言うと、嬉しそうに顔を綻ばせて、涼の事を語り出した。


「あのね、お兄ちゃんはすっごい優しいの。朝も起こしてくれるしね、パンも焼いてくれるし」


寝起きのしおの部屋とか入ってんのかよ、あの馬鹿は。

ああーそれだけで我慢なりません。


「ちょっと過保護だからたまにもういいよーって時もあるんだけど、やっぱりそういうところも好き。私の事守ってくれてるんだなぁって思うから。お兄ちゃんの事は大好き」


思い出すように喋るしおにだんだんイライラしてくる。

俺が聞いたくせに。

兄貴でも大好きだなんて言われると、イラってしてくるんだから重症だ。

しかもそんな余裕のない俺に、しおは追い討ちをかけてきた。


「だからね、巧もね、お兄ちゃんの事お兄ちゃんって思ってもいいよ。私の事は妹って思っちゃいやだけど。お兄ちゃん頼りになるし、喧嘩も強いしね。あ、でも喧嘩は巧の方が強いのかぁ」


その言葉にぶるっと寒気がする。

なんであの同い年のシスコン馬鹿をお兄ちゃんだなんて思わないといけないんだよ。

彼女の女心も分かんない馬鹿を。

でも、しおの大好きなお兄ちゃんらしいから、そう思った事は内緒にしておく。


「涼が兄貴はいいよ。それだったらナツを弟にしたい」


そう言うと、しおはナツくんが巧の弟だったらいじめられそうで可哀想だよ~なんて無神経な事を呟いてくれた。


「こら、しお。お兄ちゃん怒ったぞ~」

「やだやだ。巧がお兄ちゃんはやだ」


その“やだ”が可愛すぎるって自覚して下さい。


「じゃあなんだったらいいの」

「え、えっと彼氏がいい」


恥じらいながら口にするしおが可愛すぎて、今すぐ家に連れて帰りたい気持ちになった。

でもそんなわけにいかず、しおと一緒に植物園をぐるりとしてから、マルゴに帰ると、なぜか部屋は険悪なムードが流れていた。


「え? なに? 巧。なんか喧嘩してる?」

「さぁ。おいで。後ろに隠れてて」


しおの手を引っ張って、背中に隠しながら歩いて行くと、リビングの扉を開いた時点で、いつもの3人がいる事に気付く。

涼と春香とナツ。

なんだ?

さっき怒鳴り声みたいなの聞こえたけど気のせいだったか?


「お前、そいつと会うんかよ」

「だからもう会わないってば」

「会う気だったんだろうが!」


さっきは涼が怒鳴ってたのか。

ナツに目線をやって状況を説明しろと言うと、ナツがこっちに歩いて来て、こそこそと教えてくれた。


「なんか春香の携帯に男からメッセージが入ってたらしくて、そこに“いつなら会ってくれるの?” って書いてたらしい」

「春香モテる~」


俺の軽いノリにもナツは反応せずに続きを話しだす。


「で、涼がたまたまその文面が見えて突っ込んだら春香が白状した」

「なんて」

「話があるから1回会ってほしいって電話が来たらしいんだけど、断ってたらしい。でも、あんまりしつこいから話聞いたらすぐ帰るけどいいの?って言ったら、それでいいって言われて電話を切ったんだって。んでも、それから春香が何日も放ったらかしにしていたら、あのメッセージが来たらしい」

「へぇーそれで涼は怒ってるんだ」


そんな事で涼が怒るんだ。

昔は春香が男と手を繋いでたって怒りそうになかったのにな。

そう思ってたのは俺だけなのか?

確認しようとしてしおを見たら、しおは俺の後ろでびっくりしたようにパチパチと瞬きをしていた。


やっぱそうだよなぁ。

涼にはそんなイメージないよなぁ。


「お前会って話聞くだけですまなかったらどうすんだよ」

「話すだけって言ってたもん」

「そうならない場合もあるだろ」

「ごめんって。行かないから。なんでそんな怒るの……」


いつも気の強い春香も涼の前じゃ強く出れないらしく、しゅんとしながら涼の機嫌をうかがっている。


「俺はお前にどの男とも喋ってほしくない。2人で会うとかもってのほかだ」


そう言う涼にみんながぽかんとなる。

いや、それはないだろ。涼。

さすがにそれはやきもち妬きすぎだろ、春香引くぞ。


「涼ちん。ごめんね。そう言ってくれてありがとう」


え?

そっちですか。


「怒って悪かったな。けど、俺の気持ちもうちょい分かれ」


そう言って、涼が立ち上がって、春香の腕を掴んで立たせると、そのまま俺たちの横を通り過ぎた。


「お前ら。変なところ見せて悪かったな。ナツキ、ちょっと春香借りてくぞ」

「うん行ってらっしゃい」


ナツが平然と手を振ってるのを見ながら、俺はしばし呆然とした。

やきもちってあんな簡単にしてもいいものなのか。

というか、その気持ちあんな正直に伝えてもいいのか。


「しお、涼あんな奴だったっけ?」

「んー、なんか私とお兄ちゃんの事で春香ともめてから、気持ちを正直に伝えることにしたらしいよ。それから2人うまくいってるみたいだし、さっきのお兄ちゃんは私でもキュンと来たなぁ」


いやいやいや。

最後のはちょっと聞きたくなかったな、俺。

でもそうか。

やきもち妬いてもいいのか。


じゃあ今度あの兄妹がべったりしてた時には言ってやろう。

そうしたら、俺だってすっきりするし、しおも嫌がらないみたいだし。

そしてその機会はすぐにやってきた。



次の日、相変わらずマルゴでべたべたしている兄妹。

もう1組の兄妹は2人でゲームをやりながら、お前のせいで負けたとかぶつぶつ言いながら叩きあっている。


そうだよな。

こっちが普通の兄妹の図だよな。

しおと涼を見ると、しおが涼の肩にもたれかかっていて、涼はしおの枝毛を探すことに熱中している。

それは彼氏とやろうよ、しおちゃん。

よし。


「しお、涼にばっか構ってないでこっちおいで。俺妬いちゃうから」


はっきりそう告げると、兄妹2人が同時にこっちを見て不思議そうに首を傾げる。


「「え? でも兄妹だから妬く意味ないよ」」


そのハモリに絶望する。


えぇー…。

兄妹は嫉妬例外ですか?

じゃあ、俺もう涼からしお取れないじゃん。

苦笑いする俺に、しおが駆け寄ってきて、頬を擦り寄せてくる。

あ、成功?


「私は巧だけだよ?」


上目づかいで見られるとたまんなくて、マルゴの中っていうのを忘れてぎゅうっと抱きしめた。


「おい、巧。その手離せ。まだしおはお前にはやんねぇよ。俺の前でいちゃつくんじゃねぇよ」


おい、涼。

お前は兄妹間でも嫉妬するんじゃねぇか。


「しお……しおの兄ちゃん怖いな」

「でも優しいんだよ、お兄ちゃん」

「そうだな、詩織。いい子だ」


り、涼……。

うわー……俺すでになんか、舅の婿いびりみたいなの始まってんですけど。

まじで泣きそう。

この兄妹嫌い。

そう思いながらも、隣でくっついてくるしおが可愛くて。

むかつくから涼に分からないように耳元で囁いてやる。


「詩織。今から俺の家のベッドでいいことしよっかぁ」


それに分かりやすく、顔をボンッと赤くしたしおは、熱にうかされたように俺を見て恥ずかしそうにうなずいた。


「巧。大好き」


小さい声で囁いたしおを見て、涼の額に血管が浮き出たのを見て、思う存分笑ってやった。


ごめんね、涼ちん。

お前の可愛い詩織は、俺がもらうわ。


おわり

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キャラメル×ブラック 【完】 大石エリ @eri_koiwazurai

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