第4話 外へ

 クラスの皆は白い狐の仮面をかぶっていた。そしてきちんと席に座っている。


 扉が開き担任の教師が教室に入ってきた。

 担任の教師もまた白い狐の仮面を被っている。


 白い狐の仮面は弓なりの笑みをしていて、いやらしく、そして


 教壇で教師が両腕を広げ、声高に皆へ言葉を送る。


「1人は皆のために、皆は1人のために」


 同じ狐の仮面を被ったクラスの皆も、


『1人は皆のために、皆は1人のために』


 素晴らしい言葉のように。


 でも、それは全然素晴らしくない。


 なぜなら誰も……俺には何もくれないし、何もしてくれない。


 何も。


 あるのは搾取。オールフォーワンのため。搾取されて何も与えられない。


 感謝もない。慰めもない。ねぎらいもない。


 もし与えられたとしてもそれは皆がいらなくなったとき。ゴミを捨てるように押し付けられる。


 俺が仮面を叩きつけて、教室から出ると皆は怒る。俺の背中に罵声を浴びせる。でも、仮面の顔は笑っている。


 本当は笑っているのだ。仮面と同じように。


 楽しんでいるのだ。

 搾取されるだけ。

 それは学校だけでもない。

 社会もだ。

 仕事のような仕事はない。

 中抜きされた給料。

 押し付けられる責任。

 いつでもどこでも簡単に捨てられる駒。


  ◯


 目が覚めると汗をかいていた。そして心臓が妙にうるさい。


 それもこれも前世の夢を見たからだ。


 ここは異世界だと言い聞かせて、俺は心を落ち着かせる。


 チートで活躍できる世界。


 どうして今更、前世の夢を見たのか。

 この塔の──裏ボスのシステムのせいだろう。

 皆のために魔王を倒した勇者を迫害する世界から勇者を守るシステム。


「1人は皆のために。けれど皆は──」


 また嫌なことが頭をよぎる。

 俺は振り払おうとかぶりを振る。


「朝風呂に行こう」


 すっきりすれば嫌なことに思い煩うこともないだろう。

 俺は客室を出て、脱衣所に向かう。

 服を脱ぎ、奥のガラス戸を開ける。


 湯気が広がり──。


「きゃーーー!」


 マナベルがいた。


  ◯


 目を覚ますと昨日と同じように長椅子に寝かされていた。


「おいおい、またか」

「それはこっちのセリフ!」


 腰に手を当て、額に青筋を立てたマナベルが俺を見下ろしている。


「なんで男のくせに朝風呂するのよ」

「汗をかいたからな。というか昨日、吹っ飛ばされただけで結局風呂に入ってなかったからな」

「……そういうこと。でも、気をつけてよね」


 そしてマナベルは脱衣所を出て行った。

 俺は立ち上がり、ガラス戸を開けて、風呂場に入る。


  ◯


「ん、朝食か?」


 リビングに入るとメルベルが朝食のパンを食べていた。


「俺の分はあるのか?」


 メルベルが指を鳴らすとピンク色の光の玉と朝食の皿がキッチンからふわふわ浮かんでやってきた。

 そして皿がテーブルに置かれる。


「この光の球が精霊?」

「そうよ」


 俺は席に着き、皿の上のパンを食べる。


「俺、考えたんだけどさ」

「ん? 何?」

「お前、この塔を出ろよ。そして俺と一緒に旅に出ねえか?」

「んっ!?」


 飲んでいたコーヒーが器官に入ったのか。マナベルはむせた。


「はあ? 何、馬鹿言ってんのよ」

「この塔は迫害を受けた勇者や賢者を救済するためのものなんだろ? だったらもういいんじゃないか?」

「勝手に決めないでよ! 私は──」

「マナリア・ベルモット」

「えっ!?」


 マナベルが目を開いて驚く。


「なあに簡単な推理さ。迫害されたってことはこっちの歴史では魔女扱いだろ。で、マナベルと似た名前といえば自ずと答えが分かるってものだ」

「魔女とわかってるなら──」

「300年も昔の話だぜ。そんな魔女が今も生きているとは誰も思わないだろ? てか、なんで歳を取らねえんだよ」

「この塔にいれば歳は取らないの」

「へえ。すげえな」


 俺はまじまじとマナベルの顔を見る。

 10代後半くらいの顔つき、凛々しさの中に幼さが残っている。体も若々しかった。たるみもない、しっかりとしたなめらかな肉体。


「……あんたは私の正体に気づいたじゃない」

「そりゃあ、かつて迫害されたとか聞かされたらな。でも、知らなかった気づくこともなかった。大丈夫だって。外の人間も気づかねえよ」

『私も大丈夫だと思います』

「喋った!」


 なんと光の球が言葉を発したのだ。


「昨日言ったでしょ? 精霊がいるから話し相手には困らないって」

「本当に喋るのかよ」

『オホン。話を続けさせてもらいます。私もマナベル様がこの塔を去るのがよろしいかと思います』

「待ってよ。勇者が来て、交代でしょ?」

『必ずしもそうとはいいません。手紙にこの塔についてきちんと書き記しさえしてくれれば問題はありません』

「だろ? なら、ここで引き継ぎを待つ必要もないじゃん」

「でもさ……」


 マナベルはまだ迷っているようで、渋い顔をしている。


「ちなみにS級冒険者がられたらしいぞ」

「なんであんたがそんなこと分かるのよ」

「チート能力のおかげさ」


 俺のチート能力はマークした相手からの経験値分配。

 そのマークが消えている。

 それはつまりS級冒険者が亡くなったということ。


「はあ?」

『マナベル様、そこの男が言っていることは確かでございます』


 なんかこの精霊、俺に対して当たりが強くない?


「そう。あなたが言うならそうなんでしょうね」

「精霊の言葉は信じるのかよ」

「昨日今日会った奴よりかはね」


  ◯


「怖いか?」

「フン! 私を誰だと思ってるのよ!」


 塔の外、停泊場に俺達はいる。

 マナベルは旅行鞄を持ち、船を見上げている。


「精霊は?」

「いるわよ。普段は見えないようにしているの」

「よし。乗るか」


 俺達はタラップの上を歩く。


「ずいぶんボロい船ね」

「これでもそこそこいい奴なんだぜ」

「300年であまり文明進歩してないわね」

「便利な魔法のせいさ」


 前世の世界では魔法はなかった。そのため火薬、ガス、電気と文明の利器が生まれ、進歩してきた。けれどこの異世界では魔法があるため火薬、ガス、電気の利便性について誰も気づいていない。


 俺は船の帆を広げ、舵を取る。


「それじゃあ、出航!」


 ふと大きな風が吹き、船が進む。


 俺はマナベルを見る。


「少しくらいは手を貸してあげるわ」


 マナベルが魔法を使って風を生み出してくれたのだろう。


「ありがとな」


 こうして俺達の旅は始まった。


「で、どうするの? 北西の大陸に行って、魔王倒すの?」

「おいおい、魔王を倒したら本末転倒だろ? のんりびりと観光気分で旅をするだけさ」

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世界が丸いと知っている俺は最短航路で魔王城を目指すが、先に裏ボスがいる塔に辿り着いてしまった。 赤城ハル @akagi-haru

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