第32話
「先日はっ大っ変っご迷惑をおかけしましたあああ」
ジャンピング土下座でもするかの勢いで、青木嬢がテーブルの天板すれっすれに頭を下げる。
恒例になってしまった女子会の席にての第一声です。
あーいや、まとまってよかったですよ。
「よかったですね」
「あー見たかった。一連の流れ、小原ちゃんのラインでだいたいは把握してたけどっ」
吉井嬢が投げやり気味にジョッキ片手に呟く。
「で、まとまるんですよね、青木嬢」
「……はい」
「よかった。式とかは決まってるの?」
「年内に……いろいろ決めたい方向で」
うんうん。
「指輪、結局アレを買ったんですか? 4桁万円の!」
パンと軽く手を合わせて小原嬢が訪ねる。
「アレ買うなら家を買う……そのぐらいの金額だから、そこはまあ、話し合って、でもマネージャーにこの話はバッチリばれてるんで、ウチの商品で定番のエンゲージとマリッジを……地金とデザインとにお互いこだわりあるから、まあ定番よりちょい上ぐらいのお値段で。ただ……その、子供ができるまでは、がっつり働けと通達が」
「だろうね」
「いーじゃないですか、こうやって時々女子会したいです」
「小原ちゃん、ダメダメ、彼氏持ちになった女が女子会になんか参加するかっての、ましてや結婚なんてしたらますますないからね」
吉井嬢、やさぐれ気味ですな。
「新居にお邪魔してホームパーティーしてもらって、素敵男子を斡旋してもらうことに期待ですね、吉井嬢」
吉井嬢は目から鱗っという表情でわたしを見る。
「その手があったか……」
「早くも結婚きまった青木嬢は、それぐらいしないとね」
「はい……ゆっきー先輩のおっしゃる通りで」
「絶対よっ、それ絶対実行してね、青木っやらなかったら許さないわよっ!」
「はい」
「ご両家にご挨拶はされたんですか?」
「まあ……」
「じゃあ、あとは結納の予定とか式場探しとか……指輪は決定だから、そこは考えなくてもいいですよね。年内だと結構ハードスケジュールですが……」
「……」
「……」
「……」
「え?」
何? なんでお嬢さんたちコッチ見てんですか。
「あれ」
「ゆっきー、まさか」
「実感こもってる……? 青木先輩のことじゃなくて、自分のことを復唱するかのよう……?」
うん……。
年内になるかわからないけど、具体的な話は……まあ、青木嬢とだいたい同じというか。もう両家へご挨拶は終わってますけど。
「えっ」
「まさかの……」
「ゆっきー……」
うん……その、まあ…タイミング的にいうなら今かな。
「結婚しますよ」
えーって、そんな三人ではもったら、お店に迷惑。
いくら居酒屋っていっても、迷惑だから。
耳を抑えて俯く。
「何がいつどうなってそうなったのっ!!」
「やっぱあの後なんかあったんですか!?」
「ちょっと、何? 話が見えないけどっ何があったの」
いやいや、落ち着きなさいよ。こんなぎゃあぎゃあやられてたら、こっぱずかしくて言えない。
「小原ちゃん、解説っ、青木の裏側でゆっきーに何があったか解説っ!」
吉井嬢がくいつく。
「青木先輩を見送った後に、ゆっきー先輩はへんな女に絡まれて、傍にいたわたしは各務氏にSOSだして、救出してもらった後、その後の展開はわかりませんっ!」
「まあ。いいじゃないですか。わたしのことは」
「よくないわ、ゆっきーと青木の結婚で寿貧乏決定になったあたしには聞く権利あると思うのっ! ていうか、当然招待してくれるんでしょうね。和食でも洋食でも美味しいところじゃないと怒るよ」
吉井嬢、かみつくなあ……。
「もちろん招待しますよ、友達少ないので是非お願いします。なので深いことは聞かないように」
「でも、気になる! だってゆっきーだよ? 二か月ぐらい前まで、年齢=彼氏いない歴の人だよ、それが結婚するんだよ? その成功例を聞きたい、あやかりたい」
成功例っていってもなあ……。
聡さんじゃなければ、こんなことにはならなかったと思う。
「相手によるとしか……なんとも……」
「でもさあ。ゆっきーは、ずっと独りでもいいって思ってたんでしょ?」
「はい」
「それが結婚ですよ、やっぱ顔ですか、イケメンだからですか」
「……そうですねえ……」
「え!? 顔なの!?」
あー別に顔ってわけでは……。なんていうのかな……。
あの人がイケメンだからこそ、あの性格が形成されたその結果っていうか。
例えば、聡さんが、デブでハゲで加齢臭漂うキモオタだったら、ここまで即決はしないかもしれません。
その場合、聡さんはわたしのように、自分以外の誰かに関わらないスタイルを確立してたと思う。以前の私のように。自分のインナースペースの居心地良さを知っているから決して自ら他人に踏み込むことはないだろうから。
「あの人、すっごくモテるじゃないですか」
「まあね」
「自分にこう向かってくる女子を相手にしてたでしょ」
「いや、ゆっきー一筋でしょ、あれ」
「だから、わたしとこういう状態になる以前ですよ」
「ああ」
「それって、顔がいいから食いつかれてたわけでしょ」
「まあ……」
「自分以外の誰かに関心を持たれるっていう立場は、そのルックスからきてるでしょ、自分の壁の中に踏み込んでくる存在が数多いたわけですよ、彼自身が、誰かの壁を踏み越えることに躊躇いがないのは、そこにあると思うんですよね」
「うーん」
「だからあの人が、ルックスが中身に正比例した状態のキモオタだったら、わたしみたいに自己完結で終わった人なんだと思います。わたしたちはその場合、ずっと平行線を辿っていたと思う。お互いに壁の中の、居心地の良さを知ってるから……距離が近づいたとしても決して互いに踏み込まない」
「ルックスも一つの要因ではあるけど、でも、彼だから……とゆっきーはそう言いたいわけなのね」
「あ、わかりやすくいうとそんな感じです」
「まあ、それはいいんだけどさ」
え、いいのか。
「聞きたいところは別の事で」
なんで三人そろって、生温い視線なの。
「で、やっちゃったの?」
最近の女子ぃいいいっ!!
何を聞いてくるのっ!? そういうことは聞かないものなのっ!
そういうことを酒の席でも話せる人と、そうでない人がいるのを理解しなさい!
いままで通常の女子会や、コイバナなんか、そんなものがなかったわたしに、その質問に答えられる経験値はないのですよ。
「どうだったー?」
言えるかああああああ。
頭を抱えて俯いてると、青木嬢が声をかける。
「あ、各務さん」
「え?」
「ハイ女子会お開きー、うちのを迎えにきました」
聡さんの声が聞こえた瞬間、背後からギュウされたっ。
ちょ、いまの会話のタイミングでこの動作は、女子たちの妄想逞しくしちゃうんじゃないの!?
「ほらね」
何が「ほらね」なの?
「彼氏ができると、こうなるのよ、小原ちゃん」
あ、そっちか。話の流れが変わって一安心だよ。
「彼氏ができたら女子会なんてできないのっ」
ぷんぷんと吉井嬢が頬を膨らませながら言う。
「参加してもいいけど、もうお開き、終電ぎりぎりは許さないよ」
「各務氏、亭主関白なんですねー」
「そういうつもりはないけど。何かあったら、大変でしょ。それだけ」
「女子会に乱入するのも厭わないと」
「美幸の安全が保障されるなら、問題はないんだけどね、美幸の家は駅から遠い」
「じゃあ、新居は、絶対駅近に!」
「善処します。ほらほら、青木さん会計してー」
こういう聡さんの女子のいなしかたというか、扱い方は、さっぱりしてる。
聡さんに対して好意全開の女子には、これがクールとか見えてしまうのだろう。
そうやって、思考を斜め上に飛ばしてる間も、ずっと背後からのぎゅう状態なんですけど。
こういうスキンシップがあると恥ずかしさで大パニックになったこともあったけど、聡さんのこれには、なんか慣れた気がする。
みんなでお店から出て帰宅することに。店から出たときに、吉井嬢が聡さんに言う。
「あ、前後しましたけど、各務氏、ゆっきー、おめでとうございます」
吉井嬢はぺこりと頭をさげた。小原嬢も頭をさげる。
「ありがとう。式にはきてね」
「はい」
「楽しみにしてます。こう見えても、写真の腕はいいんで、バシバシ撮るわよ、ゆっきー」
「うん」
「そだ、ゆっきー、一緒にブライダルフェアにまわろうよ」
青木嬢も言う。
「はい」
こんな会話、多分一生ご縁がないものって思ってた。
「で、どうだったー?」
「はい?」
自宅近くの最寄り駅について、聡さんが言う。
「やっちゃったから」
ニヤリと悪戯めいた顔をして私に聞く。
え、まさか……何? さっきの女子会の会話のあれですか!?
どこから聞いてたんだ……この人。
「内緒」
「俺にも内緒!?」
「……なんでそういうの聞くわけですか」
「それは今後の傾向と対策のためですよ」
この人、大真面目に答えやがりましたよ。
今後の傾向と対策って……なにそれ、どこの受験生だよ。
「俺もいろいろ不安なの、美幸にはわからないかなー」
「そうなの?」
「そうなの」
不安なのか……男の人側って、そういうこと思うもんなのかな。
ましてや、経験豊富な人だからあんまりいろいろ気に留めてないと思ってたんだよね。 それに対してわたしは真逆だから…。
「さっきも話してたんですよ、なんで結婚しようとか思ったのってきかれて」
「うん」
「自己満足全開というか、自分のことしか考えてない人じゃないですか」
「美幸が?」
「そうですよ。わたしがです。大体、わたしの場合は、例えば片思いして、相手に告ったりして、告った時点で自己満足して、そのままフェードアウトするタイプ。もしも万が一両想いになって、そういう関係になったとしても、自分の中でまた自己完結してフェードアウトとかありそうだなってずっと思ってたし」
「なっ……ちょっ……お前、それやったら、俺泣くぞ、ていうかもう一生立ち直れないから。メンタルにキすぎて、EDになりかねないからヤメロ」
……そこまでショックになるのか……。
「大丈夫だって、結婚するって」
「おざなり的なっ!」
この残念イケメンめ……。それを言っちゃうから女子から言われるんですよ。
でも、こういう素直なところは可愛いし、わたしは大好きなんですが。
「だから、大丈夫ですよ」
男の人だって、同じ人間で、感情あるってわかってる。
壁を踏み越えてくるこの人も、傷つくのが怖いのを、わたしはわかってる。
そういうことも、この人が教えてくれた。
「聡さん。ちょっと」
ちょいちょいと手を振ってみるとわたしの目線まで顔を下げてくれた。
わたしは、その頬を両手で抑えて、ほんの一瞬だけ彼の唇に自分の唇を重ねる。
まさか、わたしから路上でチューなんて、するはずないって思ってたんだろうな。
うん。自分でもびっくりだ。
浮かれてるな。わたしは。
大好きな人が傍にいて、なんだかふわふわ浮かれてしまうなんて…バラ色の人生って、よく使われる言葉だけど。
「誰よりも、大好き。だから結婚するんですよ」
この気持ちを、教えてくれたのは、他でもないあなただから。
あなたにも同じ気持ちになってくれたら嬉しいから。
そわそわして、浮かれてしまって、それを指摘されても、自然と笑顔になってしまう。 まるで、人生の春……。
この春を、あなたと二人で、歩きだしたいんです。
すぷりんぐはずかむ? 翠川稜 @midorikawa_0110
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