第31話
駅で小原嬢と別れて、各務氏はわたしをいつものように送ってくれるようだった。
大丈夫だからと言っても、あのヤンデレお嬢さんの突撃の後だっただけに、各務氏は譲らなかった。心配症だなあ。
その間ずっと手をつないでくれてました。
「あの……各務氏に電話したのは、青木嬢と瀬田氏が、まとまりそうだったからなんですよ」
「え、そうなんだ」
「青木嬢のところにきて、ものすっごい高額商品を青木嬢の薬指にはめたいから選べって」
「瀬田……、おせーよ、遅すぎるよ」
「でも、間に合いましたよ、退勤後に青木嬢を瀬田氏のところに連れて行ったら、二人で帰っていきました」
「そっか」
「それで、そのあと、時間も時間だし、各務氏の職場の前だったから、一緒にごはんでもどうかなって思って電話して……先ほどの展開だったわけです」
「なるほどね、よかったよ。電話してくれてて、小原さんの『先輩に言いがかりつけてくる女がいる、いま各務さんの会社の前っ緊急事態だからっ』だもん。焦った」
溜息をついて、ギュッと指に力が入る。
「大学の時の事を思い出しました……各務氏の自称彼女の事」
「今回は勘違いとかしなかったようでそこも助かった。これで、俺があの女と結婚するとか思い込んで、またフェードアウトとかマジ勘弁」
「名前も知らない人のことより、各務氏を信じないのはどうなのかと、めっちゃ、怒られたじゃないですか」
「うん」
「今回は信じてましたよ」
「前回は信じられなかったのか」
「信じられなかったというか……」
自分に自信がなかった。今は自信があるのかと言われれば、まあ、躊躇いますけど、でもほんの少しはあると思う。
傷つくのが怖くて、誰も、わたしのことを見てくれてないような気がして、だから、わたしも周りを見ていなかった……でも今は多分違う。
でもそれは、本来誰にでも少しぐらいは、持っているものだ。
誰もが本当は傷つくのが怖いし、優しくされたがっている。
過剰に守りに入ったわたしには、そういうことが見えてなかった。
「自分自身が、強くなかったですよね、子供っていうか……」
「まあ、確かに、美幸は強くなってるよな、メンタルな面で。天然ボケで、思考は斜め上は相変わらずだが」
うぐ。
「そういうところも、俺は結構好きだけど」
「ありがとうございます」
「ありがとうかよ」
「はい、こんなわたしを好きになってくれて」
「何気に振られフラグが立ってるのは気のせいか?」
一瞬ゆるくなった手の力が、また強くなる。そのギューな恋人繋ぎは、関節の節がっつり当たって痛いです。
「手、痛いです」
「あー……ごめん」
そういいながら手は離さない。
「あの……つい最近も話したと思うんですけど。えーと、青木嬢をなんとかしたいって相談した時」
「うん」
「わたし、各務氏と再会するまでは……ずっと一人で生きていこうって思ってました。いままでずっと一人だったし、それを特に寂しいとかも思わなくて。誰にも干渉しなければ、誰にも干渉されないし、自分のささやかな自己満足の日々が過ごせれば、結構幸せだなって。でも、最近その考えが、変わってきてるんですよね」
聞いてます? 聞いてるのかな。沈黙されてますよ。
「一人でいることがそこそこ幸せだって、思ってた時期が長すぎたから、そうそう簡単には改まらないというか、認めたくなかったんですけど……誰かに心を許すことの方が、もっと幸せなんだって、最近思うんです……。だから、各務氏とこうやって一緒にいることが、わたしは幸せなんです」
わーダメだ。心臓バクバクいってる、あれ、就職の面接とかによくなったよ、この頭に血が上るような……でも言わないと。
「各務氏」
「うん?」
「聡さん」
「……うん」
「好きです」
言ってしまった……。言ってしまったよおおおおおお。
だってもー、他に何言っていいか。てか、もうこれしか浮かばないんです。
それでもって、この人に好きだって言ったところで、この先じゃあどうすりゃいいのかわからない。
これが中学生だったり、高校生だったりしたら、告白した状態で自己満足にひたって、フェードアウトしたけど、それ、無理。
あー逃げを打って、なーんてねとか言ったら気楽にはなるだろうけど、もーそれできないぐらいに自分の気持ちは固まってるんですけど。
「俺の方が、美幸の事、好きだよ」
……ダメだ……泣きそう……。
自分の思いが、相手から返されるの、凄い嬉しい。
絶対にぼっちだったら、こんな気持ちにならなかった。
「どれぐらい、好きかっていうと、こうして一緒に手を繋いでるのすっごく嬉しい」
それは、わたしもです。
「美幸の電話があると、声が聴けて嬉しい」
うん。それは……わたしも同じです……。
「こうやって送り届けて、美幸と離れるのは切ないんだけど、美幸は平気だよね」
そう見えるのか……、わたしも同じ気持ちですが。
寂しいから、そう思わないように無意識に自己暗示を必死にかけてた気がする……。
「そういう気持ちが押しつけがましくて、いつドン引かれるんじゃないかと、こっちがびくびく思ってることも、美幸は知らないだろ」
「聡さんが思ってるより、わたし、聡さんのこと好きです。知らないですよね。こっちはこの先、この女、重っとか、キモっとか言われたら、死ぬまで立ち直れないぐらい好きですよ」
「おーまーえーなあ」
手を引き寄せられて、腕の中に抱き寄せられた。
「ずっと……一人だったのに、それが気楽だったのに……一人じゃ気楽だけど寂しいなんて思うの、聡さんのせいですよ」
鼻声だ……ああああ、もう……せっかくの告白なのに、ここで鼻水ってどんだけかっこつかないんだろう。
もともと、そんなできた女子じゃないけどさ。
せめて好きな人に告白ぐらいはもっとかっこよく堂々としてたいじゃないですか。
なのに号泣って、どんだけダサいの、イタイの。
「こ……こんなに好きになっちゃったんですよ、どうしてくれるんですか、責任とってください!」
自棄もいいとこ、もう自分で自分が何言っちゃってるんだって。
「もちろん、喜んで」
「居酒屋かっ」
「そのツッコミ、美幸らしいっていうか」
わたしを抱きしめたまま聡さんはくすくす笑う。
「責任とるにはさ」
「?」
「例えば……家に帰ってきたら、美幸がいてくれないと」
「はい」
「美幸がごはん作ってくれたら嬉しいな……俺が、ごはん作ったら食べてくれる?
一緒に料理してくれる?」
「はい」
「ずっとだよ?
俺がケガとか病気しても?」
「傍にいますよ」
「でも、それって、名前変えないと、雪村美幸じゃなくて、各務美幸にならないと」
「……はい」
「爺になって老衰で死んでも? 好きでいてくれる?」
「……はい」
なんですか、これもう……プロポーズですか、そう思っていいんですよね。
じゃあ、言いいますよ、負けないんだから。
どれだけ好きか。
さんざん女子に好き好き言われて、慣れてるこの人が、この人は、女子からそう言われて辟易してるだろうけど。
わたしが言ったら、やっぱり引くかな。
だけど。
いま責任とるって言ったなら、責任とってくださいよ。
わたしの発言に引かないで、その手を離さないで。
「聡さん、いろいろ抜けてる」
「なんだよ」
「結婚しないと、名前変えられないんですよ」
「……」
「幸太みたいな、男の子もいいけど、可愛い女の子のお父さんになってもらいたい」
「……」
「子供の名前を二人で決めないとだめなんですよ」
ドン引きか?
「それで子供の孫を抱いてから、一緒にお墓に入るの」
あー……黙っちゃった……。引いたか……。
「……なんで、お前は……」
「……はい」
「なんでそう、俺が一番言いたかったとこ持ってくの?」
「だって、わたし、聡さんの嫁の人になるんでしょ?」
「そーだよ! もう、変更きかないからな!!」
「はい」
「今日はもう……家に……送らないからな……」
小さく囁く言葉に、わたしは心臓が止まりそうだった。
その意味を、はぐらかすこともできないし、きかなかったこともできない。
ほんの少し、怖いけど。
「……うん、傍にいたいです」
そう伝えると、いつぞやのハグのように腕に力を入れられる。
酸欠になる骨がきしむから手加減してほしいと訴えると、聡さんは、腕の力を緩めて、小さなキスをわたしにしてくれた。
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