第30話



「あなたが、各務さんとお付き合いしてるのは知ってます。でも各務さんの為に別れて欲しいんです」




 名前も名乗らない女性からそんな事を言われ、思い出したのは大学の時に「彼と付き合ってるから……雪村さんが勘違いしてるかもしれないから、ごめんね」そう言われた事だ。

 道端で話す内容ではないにもかかわらず、こうやって切り出してくるのも、当時を思い起こさせる。

 横から小原嬢が、がしっと、わたしの腕を掴む。

 「先輩、ごはん行きますよっ」 

 お腹すきすぎてイライラなのか小原嬢、名前を名乗らないお嬢さんに対してめちゃ、メンチきってんですけど。

 とにかく、小原嬢も一緒に、名も名乗らないお嬢さんもつれて、個室のある居酒屋に移動した。

 もちろん、場所セレクトは小原嬢。

 高本さんと一緒に時々食べ歩きをしていて、そこで見つけたお店らしい。なんだかんだいって小原嬢も頑張ってるではないですか。

 しきりにスマホいじってますけど。

 




 「で、お名前を伺っても?」

 

 ようやくこの時になって自己紹介してなかったことに気づいたらしい目の前のお嬢さん。てか、わたしの横にいる小原嬢の殺気が怖い。

 「こういうものです」

 はあ、名刺をわたされて文字を見る。ふむ、どうやら各務氏と同じ会社にお勤めの方で、浅田彩夏さんと、ふむふむ。

 「で?」

 「だから各務さんと別れて下さい」

 「何故です?」

 「各務さんは、私と結婚するからです」

 「……」



 へー各務氏……結婚するんだ……このお嬢さんと……そっかあ……ふーん。



 じゃないでしょ……美幸!!

 本人に確認しないのに納得しちゃダメでしょう。

 いい加減に学習しないと、思い出したんでしょ、大学の時のことを。

 そんで各務氏に再会した時に各務氏に言われたじゃないの、名前も知らない面識のない人のいうこと聞いて、着拒否したこと滅茶苦茶怒られたじゃないですか。

 それにさあ、この人、各務氏の為に別れろって言うんだよね、だけど、この人がそれで結婚することによって、どこが各務氏の為になるんでしょうか。

 「わたしの父はわりと大きな広告代理店の役職についているんです、わたしと結婚すれば、各務さんのお仕事や将来は約束されたも同然ですから」

 んーつまり逆玉ってこと?

 だけど……ソレが各務氏の為なわけ?

 「そういうわけで別れて下さい」

 「各務氏とはそういうお話をして、双方、納得済みってことですか?」

 「あなたが別れない限り、そういう話ができないんです」

 「いやいや、ソレ間違ってると思うの。先にそういう話を相手として、条件すり合わせてとかでしょ? わたしと各務氏の付き合いを終わらせたいなら各務氏の方から、関係をきらせないと意味ないんじゃないの?」

 「美人でもなければ、家も普通のあなたと、各務さんは釣り合わないと思うんです」

 それって、『おうちもよくて美人のアタシなら釣り合うわ』って言いたいのかな。

 というか……わたしの意見に対して、自分の事しか発言してないよね?

 「えーと、浅田さんのご意見はともかく? 先に浅田さんと各務氏の話し合いはなされてるの?」

 「わからない人ですね。あなたから各務さんを説得してくださいって、言ってるんですよ」

 「小原嬢、わたしヘンですかね、『わからない人ですね』って言われてもさ、だって理解できないですよ。だってこの人と各務氏が結婚するとして、なんでわたしが各務氏を説得しなきゃならんのですか」

 「いーや、先輩間違ってないです」

 「だよね? この人と各務氏のことなんだよね?」

 「あー先輩のそこは間違ってる」

 「いやいやいや、だってさ、このお嬢さん、各務氏と結婚すると言ってるのに、各務氏と話してないみたいじゃないの、おかしくない? だってさ、結婚するんだよ? 双方納得しての結婚じゃないってことなわけ?」

 「あったりまえですよ。各務さんは先輩のことが滅茶苦茶好きですよ、あの人が結婚したくてプロポーズするなら先輩に対してでしょう。この女と結婚するわけないでしょう。だから、この女は先輩に説得しろって言ってるんですよ」


 それダメじゃん。


 「おかしいでしょ、なんで好きな男に告らないで、男の彼女から言えっていうの? それ意味がわからない。先に男に告っておくでしょ、自分に自信ありそうですよ、この人。そんなまだるっこしいことしないで、直撃すればいい話じゃなですか」

 「だから。この手のタイプの女って、相手の彼女のほうから攻撃したほうが早いって思ってるんですよ。先輩はチョロそうにみえるんでしょう、この女から見れば」

 「え?」

 「先輩を納得させれば、各務さんも納得するって思ってるんですよ。先輩、嘗められてるんです。侮られてると言ってもいいです」


 ……そういう心理からきてるのか。この行動。把握した。

 だけどさ、それだけ私を侮っているなら、わかるもんじゃないの。

 このわたしにっ、あの各務氏をっ、説得できるわけがないってことを!

 気が付くよね普通。


 「その説得無理でしょ」


 「説得する気あるんですか先輩」

 「ん~、だって若くて可愛くてお家もよくて? そういうお嬢さんと結婚する気ないですかって、わたしから言ってみても、各務氏はその意見受け入れないと思うの。だいたいさ、結婚ですよ。結婚。好条件だから結婚するって合理的な人なら、わたしも説得するけどさ、各務氏そういう人じゃないから。改めてきくけど、浅田さんから直にアタックかけてみた?」

 「……バカにしてるんですか」

 「まさか、だって結婚でしょ? 真面目ですよ。大体説得して結婚するような男で、このお嬢さん……浅田さん幸せになれるかねって話でしょ」

 「先輩、そっちまで考えてるわけ?」

 呆れたような声をあげるのは小原嬢。

 「あーだって相思相愛で結婚したほうが幸せじゃない。ねえ?」 

 「すごい自信なんですね彼は『絶対に、私を選ぶ』みたいな言い方」

 「実際そうだから、あなたが先輩に各務さん説得しろって言ったんですよね?」

 横から小原嬢のツッコミが入る。

 容赦ねえって感じが怖いわ。

 「まあ……その、浅田さん? 面識ないし、いきなりこういうこと言われても、あれなんで、日を改めてお話しません? 本人いないのに話を進めても、行き違うでしょ?」


 「あなたが、ぐずぐずしないで、別れるって言ってくれればいいだけの話でしょ!?」


 バンっとテーブルをたたいて、浅田さんがややヒステリックに叫ぶ。

 なんかなーどうもなーこのお嬢さん普通の感覚とは違うんだよなー。

 いいとこのお嬢さんて、こういう感じなの? 『俺のモノは俺のモノ、お前のモノも俺のモノ』的な、殺気で相手を威圧していうこときかそうみたいな。でもヤクザっぽい怖さとはまた違う。ビジュアルが可愛いだけでそういう迫力がないってだけなのか。

 ていうか、目がいっちゃってる……気がする。

 そこで思い出したのは、各務氏が危険人物ホイホイだということを。

 そう……もしかしてだけど……。

 いわゆる……。

 一つの……。


 ヤンデレ?

 

 わたしは横目で小原嬢を見る。

 わたしの視線なんてなんのその、なんでキミの方がいまにもキャットファイトしそうなんですか。

 小原嬢、あまり煽らないで、相手多分、ヤンデレさんだよ。

 落ち着くんだ。

 ワンクッションいれてみようか。


 「んー……あのさ、浅田さん、各務氏のどこが好きなの?」

 「だって、かっこいいじゃないですか」


 え……見た目だけか?


 「大人だし、クールだし」


 いやいや、あの人子供だし、趣味に熱い人だよっ! 甥っ子の幸太とレベル同じだよっ!!、


 「仕事も真面目だし」


 うーんそこは、見たことないけど、仕事はきちんとしてそうだ。


 「だから各務さんはわたしと結婚すれば幸せになれます!!」


 いや、それはキミが幸せになれますってことだよね? 

 各務氏の意思とかそういうの全然絡ませてないよね?

 

 「あんたが幸せになりますって事じゃないの! 各務さんの幸せじゃないじゃん!!」


 今度は小原嬢がテーブルをバンと叩いて言い切る。

 同じこと、誰でも思うもんだな。

 しかし相手は怯まない。

 間髪入れずに、断言してきた。


 「わたしが幸せなら、各務さんも幸せに決まってるじゃないですか!!」

 


 バンっとまた、浅田さんがテーブルを叩いた瞬間。




 個室のドアが勢いよく空いた。

 室内にいた三人の視線がドアに集中する。


 「美幸っ!」

  

 各務氏がドアの引き戸に手をかけてる。

 「無事か!?」

 「あ……は、はい、え? でもなんで?」

 「お前が電話かけてきたんだろうがっ!」 

 そう言われて、確かにこのお嬢さんに呼び止められる直前まで電話をしてたんだけど。 むぎゅーっと抱きかかえられて息ができなくなる。

 酸素欲しい。

 「ありがとなー小原さん」

 「よかったああああ、まにあったあああ」

 そう言うと、へにゃ~っ脱力して小原嬢はテーブルに突っ伏す。

 なに……何? どういうこと!?

 「お前から電話あったのに、いきなり小原さんに電話かわって、そしたら非常事態とかいうもんだから、焦った」

 「え……」

 わたしは小原嬢を見る。

 「へんな女に絡まれてるって言うし、ラインで場所指定してくれたんだよ、ここに落ち着くから救出しろって」

 小原嬢は、わたしとわたしを抱え込んでる各務氏に親指をたてて、めっちゃいい笑顔。

 へんな女って……まあ確かに、ヤンデレっぽいしね。


 「各務氏」

 「各務氏じゃねえ、名前っ」

 「聡さん」

 「何」

 「この目の前にいるお嬢さんがあなたと結婚するそうなんですが、そういうお話が進んでる?」

 「進んでねえっ!」

 「怒らない、確認ですよ、一応」



 「じゃあ、その斜め上に走る思考に刻み込めよ、いいか? 俺が好きなのは美幸だし、結婚したいのも美幸なのっ!」

 



 ――……なんか、いま、この人すごい事言わなかった!?




 「とにかく、アンタ、そういうことだから、ああ、うちの社長からアンタの親父さんに今頃連絡入ってると思うよ、ストーカー行為ですげえ迷惑してるって、これ以上俺に近づいたり、美幸に何かしたら、許さねえから。まだ親父さんに警告ですましてるけど、弁護士いれて、徹底的にやるよ」

 

 各務氏はものすごい冷たい表情で言い切る。

 浅田さんは立ち上がって、その場から逃げ出した。

 ……逃げ足はっや。

 小原嬢は「じゃあ、あとはお若いお二人で」とか言って帰ろうとするので、わたしはまてと引き留める。さっきまで浅田さんが座っていた向かい側に移動してくれて、わたしは各務氏に座るように促す。


 「さっきのあれ、ヤンデレだよね」

 ほら、以前食事の帰りに各務氏の職場の人と会ったときに、言ってた病んでる奴もいるって……アレが、あの子か!?

 「ああ、逃げ帰ってくれてラッキーだったよ、今度は俺じゃなくて美幸に刃物振り回されてとか想像して、すげえ焦った」

 がっくりとわたしの肩に頭をのせて、各務氏は脱力しきってる。

 それは……まあ、わたしが各務氏の立場だったらその想像はするか……。

 「頭のネジがものすごく掛け違ったタイプの女でしたよ」

 小原嬢のコメントは辛い。

 「小原嬢、ありがとね、さ、メニュー開いて、おごってあげるから。おなかぺこぺこでしょ」

 「ほんと、マジ助かったよ、小原さん」

 

 小原嬢はテレテレしながら、メニューを選び始めわたし達は遅い夕食をとるのだった。



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