第29話



 へたれてる場合ですか?

 

 「青木嬢、携帯貸してください」

 「え?」

 「早く!」

 「はひ!!!」

 

 『はい』じゃなくて『はひ』って何ですか。らしくもない。青木嬢から携帯を手渡されるとすぐさま発信履歴をみる。

 女友達とおもわれるすぐ下に、瀬田氏の電話番号。

 それを選択して通話する。

 ワンコールで出ましたよ!


 「もしもし」

 心持ち焦っているように応答してる。

 「青木?」

 「青木嬢じゃなくて申し訳ないです。雪村です、瀬田氏、お仕事何時ぐらいに終わります?」

 「えーと……20時ぐらい……これから会議」

 「お話がありますので、お待ちします、退勤したらお知らせください」


 言うだけ言って、スマホを返す。


 「じゃ、仕度してください」

 「仕度って……」

 「小原嬢」

 「はい!!」

 「いつものように、綺麗系お姉さんメイク、青木嬢によろしく」

 「いえっさー」


 小原嬢が、青木嬢のメイクを直そうとして、青木嬢がワタワタしてるを肩越しに確認して、さっさと着替えてわたしは更衣室をでた。

 なんだか……妹ってこんな感じなのかなとか、わたし自身は兄姉がいるけれど、年が離れすぎているので、一緒にでかけたり、たわいない会話とかあまり記憶にない。

 最初に女子会に誘われた時なんかは、ああ、また弄られるのかなと思ったけれど、そんなことはなく、懐いてくれた。

 しっかりしてて明るくて、美人で可愛い。

 彼氏が欲しい結婚したいとか、公言してたけど、元中学校の同級生である瀬田氏を選んだあたりで、なんかもー可愛い。

 モテるだろうに、仕事もバリバリだろうに、いざ本命の前にこのヘタレっぷり。

 女子会すると押せ押せ的発言してるあなたはどこ行ったって感じですよ。

 恋愛も友人関係もその年齢に沿った経験をしているだろうに、まるで数ヶ月前のわたしのようじゃないですか。

 


 「あの、やっぱ、あたし……帰る」

 「だめ」


 ラインで待ち合わせの場所を流しておく。

 瀬田氏の会社近くのコーヒーショップで青木嬢と小原嬢と共に待機。


 「何で指輪……なんであの石……あの金額……」

 「青木嬢にそれを贈るってことは、瀬田氏はそういう気持ちなんでしょ」

 「そうです。先輩、でなきゃあの金額に手をだそうとか思わないですよ」

 「だけど……あの金額だよ!?」

 

 普段ならきっと、そのぐらいの金額の価値はあたしにあっても当然よね!? 的な発言かましてもおかしくないと思うけれど、そりゃ、リアルで提示されればしり込みもするか……意外とリアリストだな。

 

 「青木嬢は可愛いですよね……」

 「はあ!?」

 「明るくて積極的かと思えば、付き合ってる人に想い人がいるならってところで身を引こうとするし、相手の話を聞かないでスルーしてたらやっぱり気になっちゃってもだもだしたり」

 「な…なっ……」

 「わたし自身もそうですけど、人の話は聞こうよってことです」

 「上から目線!?」

 「だからわたしも人の事は言えないんですって、前置きしてますよね。各務氏のことは向き合おうと思ってますよ、青木嬢みたいに綺麗で可愛くて明るくて仕事バリバリって自分に自信があれば8年前に向き合えた……と思う」

 「ゆっきー……」

 「傷つくのは確かに怖いし、だから守りに入ろうと思ったりするけど、最近、傷ぐらいついても気持ちは大事にしてもいいかと思う。これは青木嬢のおかげだったり、各務氏のおかげだったりする。そばにいて、楽しかったり嬉しかったり些細な事だけどそれが幸せってことでしょう」

 「説法!?」

 「なに悟りなの!?」

 

 失礼な。


 「……話し合ってみなさいよってことですよ」

 「……だって友里が……」

 「じゃあその友達とも話してみなさい」

 

 その一件は瀬田氏から聞いてますけどね。 

 個人的な嗜好の問題だし。

 話してみれば単純になんだそんなことか的な反応を青木嬢ならしなくもない。


 「時間的に、青木嬢が瀬田氏と合コン幹事する前の話なんですよね、瀬田氏がそのえっと友里さんに誘いをかけたのは」

 「……うん」

 「で、あの合コン幹事の時は別に瀬田氏はその友里さんと連絡とってなかったんですよね」

 「多分……友里の職業柄、その近況報告って随時ってわけじゃなくて」

 「時間差があったなら、現状は青木嬢は瀬田氏に想われてるってことでいいのでは?」

 「そう……なのかな……」

 「……そこで何故。自信がなくなるんですかね。うちの高額商品を青木嬢に贈る気持ちがあるって意思表示をみたばっかりでしょ。友里さんじゃなくて貴女にですよ」

 「……ゆっきー先輩もっと言ってやって」


 小原嬢がギュっと手を組み合わせる。

 私は店の入り口から入ってきた客に視線を向ける。ドアを背にしてる青木嬢と小原嬢は気がついてないけど……瀬田氏だ。

 コレ以上はわたしより、言うべき人に言ってもらった方がいいと思うんですよね、そうですよね。

 瀬田氏はわたし達のテーブルに一直線にやってきて、座ってる青木嬢の腕をひっぱり上げる。

 

 「瀬田!?」

 

 青木嬢はびっくりしたように声を上げる。


 「持っていってください」

 「悪いね、雪村さん、手間かけてもらって」

 「一つ貸しです」

 

 わたしがそう言うと瀬田氏は苦笑する。


 「早く持って行ってください。高くつけますよ」

 「各務につけて」

 「わたしは強欲なんで、各務氏は別にしてます」

 「言うねー」


 わたしは片手をひらひらさせて「ほら、早く」と促す。

 瀬田氏は今度こそ間違えず躊躇わず青木嬢の手を引いて店から出て行った。

 小原嬢はその様子を一部始終見て、ほーっと溜息をつく。




 「いいなあ……」


うんいいよねえ……。なんかさ……。

 

 「アレですよアレ、ドラマとか映画とかでさ駆け落ちカップルを見送る脇役な気持ちになったような?」

 「わかります~~あれですよね、駅のプラットホームとかで手をとりあって電車に乗り込むカップルを見送るアレですよね」

 「ソレ!」

 「見送るのはだいたいがヒロインに片想いとかしてた当て馬的男子で!」

 「『幸せになれよ……』とか呟いてしまう!!」

 「あるある~~~」

 「てなわけで小原嬢も頑張りなさい」

 ポンと小原嬢の肩を叩く。

 「う……最近、ゆっきー先輩……超強気……」

 

 会計をすませてコーヒーショップから出て、各務氏のオフィスが入ってるビルを見上げる。

 

 「先輩も、各務さんと待ち合わせ?」

 「いいえ。おなかもすいたし、ご飯食べて帰りましょ」

 「えーなんでー普通彼氏の職場の近くにきたら連絡ぐらいしますよねっ?」

 「帰宅してるかもしれないし」

 「わかんないじゃないですか」


 う~ん……いいのかな……電話しても。

 

 「いたらいたでみんなでご飯にしましょうよお」

 「そうだね」


 この一件、今日は各務氏とは連絡とりあってないし、もう帰宅してるかもしれない。

 けどどうかな。

 小原嬢はこの近くに何かいいお店があるかスマホで検索はじめたので

 わたしも各務氏に電話してみた

 コール音が流れだしたところで「すみません」と後ろから声をかけられる。

 振り返ると、どこかで会ったことのあるようなOLさん。

 年齢的には青木嬢ぐらい。

 綺麗目お嬢様系。

 

 「雪村さんですよね」


 ……名前知られてる?

 ……ていうか今電話してるところなんですけど……。

 そしてまたいいタイミングで各務氏が電話とる。


 『美幸?』

 「はい、雪村ですけど」

 『何また丁寧になってんの』

 

 電話向こうで各務氏がくすくす笑ってる。

 返事したのは目の前にいるお嬢さん達に対してのつもりだった……。

 こんなタイミングよく各務氏が電話にでるとは思わなかったし。

 わたしは小原嬢に電話を渡して、呼びとめた女性を見る。


 「雪村はわたしですけど」

 「各務さんとお付き合いしてるんですよね」


 名前ぐらい名乗ってもいいのでは?

 と思ったね。

 

 「別れてくれませんか?」


 ……名を名乗れと呟いてもいい状況?

 なんていうかわたしは常にそういう扱いなんですかね。

 どう思う? 小原嬢。

 小原嬢に視線を向けると、小原嬢はわたしの携帯で各務氏に状況を説明してる様子ではある。電話は任せた小原嬢。よろしくね。

 溜息を誤魔化すように深呼吸をする。

 

 「失礼ですが、お名前は?」


 どこかで見たことはあるような気がするけど、ほぼ初対面の人から名前を呼ばれそして各務氏と別れろと言われた。

 あのいろいろと疎いというか鈍いというか、そういう印象を持たれても仕方ないわたしかもしれませんが。


 いきなりこういう言動を他人に向けるのって、流行なんですかね?

 誰か教えて欲しい。

 今とっても。切実に。



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