第28話
「ゆっきー」
翌日、更衣室で青木嬢に声をかけられた。
「おはようございます、青木嬢」
「昨日……」
「はい?」
「その……瀬田……なんか言ってた?」
「……」
気になるなら本人に聞きなさいと言いたいところですが、そういうことができないのが青木嬢の性格というか……恋する乙女心というか……。
「やっぱいい」
そりゃ、あれだけ強気で撥ね付けておいて、聞けないですよねえ……。
ここでわたしが、瀬田氏は青木嬢の事が好きですよ、なんていっても、「慰めてくれなくても、気休め言わなくてもいいからっ」とか、またいいツンデレ具合で言い出しそうだし……。
「それで、大漁の青木嬢は、どうなんですか?」
「……」
「瀬田氏以外でもいい男性はいたんですか? もちろん、昨日の参加男性陣はみなさん結構レベルお高めでしたが?」
「ゆっきーが冷たい……」
「ゆっきー先輩オフェンス……」
傍にいた吉井嬢と小原嬢が呟く。
失礼な、わたしだって心配してますよ。あんなに大漁なのはいいけど、よさげな方々だったみたいだけど、一歩間違えば何が起こるかなんてわからないんですよ。青木嬢は美人だし、性格だって明るくてちょっと勝ち気だけど、そこがいいっていう人は多分いるだろうし、各務氏のように追っかけられる立場になりかねませんよ。
「本人に、一度話をしたほうがいいですよ」
「……う……、ゆっきーのくせに……」
「経験値は低いですが、現在、一応、彼氏持ちです」
言ってしまった……。
否定はしないぞ。
唇を少しあげて笑ってみせると、青木嬢は胸を押さえる。
「何これ、立場逆転? 逆転なの吉井、小原、どうなの?」
「言ってもいいわよ」
「ご唱和しますよ」
『――リア充爆発しろ』
後輩三人の声を背に、わたしは総務課へと歩き始めました。
しかし……瀬田氏は、どうするんだ。
あの意固地な青木嬢をなんとかできるのかな……。
ヘタレ言ってしまいましたが、まさか本当にヘタレのままで終わるんじゃないでしょうね。気になって仕方ないものの仕事は仕事で片付けて、店舗のバックヤードに入るとマネージャーさんがPCで売上のチェックをしていて、青木嬢と小原嬢は売り場にいた。
青木嬢はカップル相手に婚約指輪なんかを勧めている。
うむ……この仕事、独身女性だとあれですよね、憧れちゃいますよね、彼氏と一緒に婚約指輪選び~~なんてシチュエーション。
そんなの毎日みてんだから心がささくれもするか……。
店舗正面玄関のドアが開いて、小原嬢が出迎えるようとするが、後ろ姿の小原嬢がガチっと固まって、いつものほんわりとした「いらっしゃいませ~」がきこえない。
そりゃそうだ、入ってきたのは瀬田氏だった。
思うんですが、瀬田氏といい、各務氏といい、スーツ萌えなわたし的にはいかにもデキル人って印象を与えてくれる。
瀬田氏なんてその若さでIT会社のトップクラスなんだものね。
ヘタレ具合で忘れそうですが。
「先輩~~」
慌てて小原嬢が青木嬢に詰め寄る。
「せ……接客の交代を……」
青木嬢は小原嬢の様子を見て、何事かと顔をあげて来店者に視線をむける。
「……では、お客様、こちらの小原が引き続き、ご案内いたしますので」
にこやかに微笑んで、小原嬢と交代する。
お客様の視線から外れた瞬間、青木嬢の表情が滅茶苦茶硬い!
「どうした、雪村さん」
「しー、静かにー!」
小声で指を立ててしーと言うとわたしから勤態のデータを受け取ったマネージャーが同様にマジックミラーになってる小窓から店舗へ顔を覗かせてくる。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」
めっちゃ声がヨソユキですよ! 青木嬢。
瀬田氏! ここでヘタレてはダメですよ!
「この店で一番いい石を」
あんたあああああ! ここ一応宝飾店!!
宝石高いっすよ! ぽんと買えるのか!? てか買うのか!? ああ……買えるのね……それなりに稼いでるのね……ってでも金額ハンパないんですよ!! 23区の端っこなら家買える金額なんですよ! わかってる!?
「瀬田……」
「いいから、お前が一番好きだと思うの見せてくれ」
「あれ……知り合いか?」
太いフレームの眼鏡を指で押し上げたのは、一緒に青木嬢をみていたマネージャーです。
「マネージャー、青木嬢が一番いいって思う石ってなんですか?」
「うちで高いやつはいろいろあるがな~あの男にマジで買う気あるのか?」
「多分」
「え?」
「買うと思います」
「石ですか……加工前のものでよろしいのですか?」
「ああ」
「どのような御用途で、お使いされますか?」
接客してる小原嬢も、マネージャーもわたしも手を握り締めながら青木嬢の行動を見守る。
「現物を見せてもらわないと言えないな」
ヘタレと言ったわたしは、謝ります。なんだ瀬田氏超怖い感じなんですけど。いるのですよね、大口顧客にこのタイプ。高額商品を見て、気に入らない時は気に入らないでいいですが、買うといったらマジで買うタイプ。
マネージャーが出て行こうかどうしようか逡巡している。
そりゃ高額商品取り扱いはサブマネクラスからでしょう。
青木嬢はまだそこまで取り扱えないと思うの。
「かしこまりました、こちらのコーナーでおまちください」
ソファに案内すると青木嬢はこっちのバックルームに戻ってくる。
わたしとマネージャーを見ると、マネージャーに接客お願いしますと言うと、マネージャーも心得たように、店舗に入り、ルースのコーナーへ行く。
「ゆっきー何さぼってんの」
「たまたま! 勤態データの受け渡しにきたの」
そしてたまたま、野次馬で見守っていただけです!
両手を組んで青木嬢を見つめると、はあ~~と青木嬢は溜息をつく。
「先輩、マネージャーが呼んでます」
カップルがおとなしく婚約指輪を検討してる隙をみて小原嬢が呼びだす。
「青木嬢、がんばって」
小原嬢もうんうんと頷く。
「だいたいあんな高額ルースなんて見てどうやって買うんだか」
ぶちぶち呟きながら営業用の顔でバックルームから出て行く。
見守りたいけどここからじゃ距離がある!
声が聞こえない!! 誰か音声なんとかして!! 気になる気になるけど~サボりと思われるもの怖いので小心者のわたしは、店舗エリアから離れることにした。
小原嬢! 実況を! のちほど詳しくプリーズ!!
「……」
「……」
終業時間がたまたまかち合ったのですが、更衣室にいる青木嬢、小原嬢の二人は呆然としている。
ちなみに吉井嬢はサマーフェスタの宣伝会議で不在です。
がんばれ広報のメールを送ってみた顔文字つきで。
さて、魂がぬけたような二人を揺すってみる。
「どうしたのですか、二人して、言ってご覧なさい」
「……」
「……」
「わたしもあの後、すぐに仕事に戻ったので詳細を知らないのです、言ってください」
「……」
「……」
各務氏……詳細しってる?
えいっとメールを送ってみる。
「……が……」
小原嬢が声を出す。
「売り上げが……一桁違う……」
え?
「家が買える……都心の中古マンションなら買える……」
……まじですか……。
「それを……青木先輩に……やるって……そういう意味だからって……」
ゴクリとわたしは咽喉を鳴らした。
高額商品……買ったのか。
「瀬田さん『青木の左の薬指に……』って……つけないなら買い上げないって」
「……それを買った?」
聞きたいのはそこですよ!
「買ったの!?」
「青木先輩……呆然として固まっちゃって、時間がないから選んどけって、帰った」
青木嬢はゆるゆると顔をあげる。
「どうしよう……ゆっきー……」
――……今度は貴女がヘタレてるの!? いやいや、気持ちはわかりますが!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます