第27話



 呆然としたままの瀬田氏を引きずって、駅前のコーヒーショップに入りました。

 言ってもいいですかね、アンタ何しにきたんですか、青木嬢にちゃんと告白する為に来たんですよね?

 それともなんですか、その逆ですか。

 お前とオレは全然何の関係もないから好きにしろってことですか。

 青木嬢は絶対そう思ったね。なんであそこで強引に連れ去らなかったのだ……。

 青木嬢はツンデレで気は強いですが、普通に恋愛に憧れる乙女ですよ。


 「瀬田氏……」


 わたしの問いかけに、瀬田氏は顔をあげる。


 「何しにきたんですか」

 「……」

 「それともなんですか、青木嬢が言ってたことがほぼ正解で、わたしや各務氏が焚きつけるもんだから仕方なくここまできたってことですか」

 「美幸、どうどう」

 馬じゃないですよ、各務氏。

 「青木嬢には、いろいろお世話になってるし、わたしは彼女が好きなんです。幸せになってほしいし、応援したいんですよ」

 「あの状態で連れ出せるか?」

 「連れ出すの! ヘタレですか!!」

 だいたいやることやってんですよね? 一線越えた大人のお付き合いってやつされてたんですよね?

 「雪村さん……」

 「はい」

 「各務がああやって女に囲まれてたら、アンタどうするの」

 

 ……うぐ……痛いところをついてきますね。確かにああいう場面でしたら瀬田氏のように尻ごみする……。いやいや一応連れ出す。


 「一応連れ出します」


 「一応って……美幸……」

 「本当に、それで楽しいならいいです、お邪魔しましたって感じですけど、違うかもしれない、各務氏はそれでうんざりするようなことばっかりだったと思います。モテる人はモテるなりにいろいろ苦労もしてますよ」

 ですよね、各務氏。

 わたしは各務氏の顔をみるとぽんぽんといつものようにわたしの頭に軽く触れる。

 うむ、この答えは正解だった。


 「で、実際瀬田氏は、青木さんのご友人の方に興味があったんですか?」

 「興味っていうか……職場の制服がなんかよくて」

 「職場?」

 「看護師、ナース服が……」


 ナースって……。


 「いや、同窓会のあと、検診で再検査でひっかかって、病院行ったら青木の友人がいて、まだ、あの合コン幹事を引き受ける前で、その時さっくり食事にさそったけど、しばらく夜勤で忙しいってスルーされてて、あ、脈なしかなって思ってたんだよ。それはそれでよかったんだけど後日青木から例の合コン幹事を引き受けて現在に至る……」

 「脈がないから青木さんをってわけですか」

 「そうじゃない、どっちかっていったらそいつより、青木の方が断然オレの好みだし!」

 

 そういうの……本人に言ってやればいいのに……。


 「ナース服がいいなと思ったけど、青木嬢の方が断然いいと……瀬田氏……青木嬢にナース服着てもらえばよかったんでは?」


 わたしの発言に瀬田氏はフリーズする。

 

 「青木に……」

 「ナース服」


 うんうんとわたしは頷き、ナース服を着た青木嬢を想像する。

 多分瀬田氏も同じだろう。


 「なんという……」


 各務氏はサブカル好き、オタクというか、わたしと同じそういうの好きっていうし、合コンの時も隠さずそういってたし。

 瀬田氏もけしてその手の興味、満更でもない。

 瀬田氏の属性なんとなくわかった……コスフェチか……。


 「ミニスカポリスだろうと、スッチーだろうと、メイド服だろうと、青木嬢なら着てくれると思います」


 だって、言ってたもの、青木嬢は「女子には変身願望があるの」と!

 想像、妄想してみてください!

 ていうか……わたしも見たいわ!! ナマで!!

 

 「雪村さん……神発言……」


 ガシっと瀬田氏と固い握手を交わす。このまんまだと、青木嬢、他の男にもってかれますよ、どうすんですか。いろいろコスした青木嬢は他の男のモノになってしまうんですよ!

 各務氏はやんわりと笑ったまま瀬田氏の手を振り払う。

 振り払うのはいいんですが、わたしの手をギュって握って指をからめてくるのは何故!?


 「おう、すまん……目から鱗というか……その発想にはいきつかなかった……」


 わたしも各務氏の白衣とか、パイロット服とか、執事服とか見たいっ……。

 いつか着て!!


 「うちの制服は、宝飾店ですからシンプルな黒と白のスーツですけど。青木嬢は素敵ですよ」

 

 瀬田氏はすごい勢いでスマホを取り出して青木嬢と思われるナンバーに直接電話しだした。

 しかし漏れ聞こえてくるのは「おかけになった電話番号は電源が入ってないため、かかりません」の音声アナウンス。


 「瀬田氏……」

 「……」

 

 瀬田氏はガックリと肩を落として、テーブルに突っ伏した。

 青木嬢も頑なだな……ってわたしが言うかと突っ込まれそうですが。

 二人とも、両想いだったんじゃん……。

 

 「各務氏」

 「?」

 「何かアドバイスは?」

 「……何故、オレに振る」

 「いろいろと経験値が高そうなので」


 各務氏はいつものように頬杖ついて、わたしを見る。


 「高いと思う?」

 「わたしよりは標準値かと」

 「わかんねーなー」


 何で!?

 

 「逃げるので精一杯だったから」


 モテ自慢ですか!! 世のオタク男子から滅びろ爆ぜろと詰られても致し方ない発言ですね。


 「でも、まー……」


 握ったままのわたしの手を持ち上げて、わたしの指先に唇をあてる。

 ちょっ……人前で、何してくれてるんですか?


 「捕まえたい人は、離さないつもりだけど?」


 大事な事なので……二度言います。

 何してくれるんですか!?

 脳の血管ぶち切れて死んでしまうんじゃないのかと……。

 首から上が半端なく温度あがっているというか耳が熱いというか、絶対、いま顔真っ赤だろういう自覚あります。

 

 「リア充どもめ……爆発しろ……」


 向かい側の席でテーブルに突っ伏したまま呟く瀬田氏。そのセリフは、わたしがかつて何度も心の中で呟きつづけてきたセリフですよ。言われる側になるとは……。何この恥ずかしさハンパない感は。

 各務氏の指チュウもそうですけど、リア充なの? やっぱりこれリア充なの?

 

 「で、あんたらはどうすんですか」

 「はい?」

 「俺のことはおいておいて、あんたら二人はどうなの」

 

 どうとは……どうなのとは……どうなんでしょう……。

 わたしは各務氏と瀬田氏をきょろきょろと見比べる。

 なんて答えればいいのこれ。


 「いろいろ考えてるけど?」

 「そーかよ」


 何を考えてらっしゃるんですか各務氏。


 「結構待ったからな、畳み掛けてもいいんだけど、この人鈍いから」

 「え?」


 わ、わたしですか?

 

 「思考が明後日斜め上だし、ストレートに出るとフリーズして逃げ出すし」


 あ――……斜め上ですけど。

 でも……。


 「逃げませんよ」


 多分。

 各務氏の事からは、多分逃げませんよ。

 たくさんの女子に囲まれる各務氏を引っ張りだすことをわたしはするだろうし、こうして指チュウされても、手を振りほどかないし。

 大学の時みたいに、各務氏と付き合ってるから離れろと言われれば、各務氏に直接電話して確認するとは思う。

 わたし、各務氏の傍にいてもいいかなとか、わたしだと各務氏に似合わないんだとか、そういうの全然ないっていうのは嘘だけど。

 そういう気持ちよりも傍にいたいなとか会いたいなとか、そっちの気持ちの方が強いのはもう自覚してるし。

 だからその……オレの手をつないでるのマジで雪村!? 的な顔、やめてもらってもいいですかね。

 

 「なんか心境の変化でもあった?」

 「心境の変化……というよりも」

 

 なんていうか自分が傷つきたくないばっかりに、周りをシャットアウトしてきたこのぼっちには、もうこういう人は現れないと思うし、そういう人は大事にしたいと思っての事ですよ。

 ネガティブな発想ばかりなわたしですが。

 

 「瀬田氏みたいに土壇場で逃がすのも逃げるのもどうかという気持ち?」

 「ありがとなー瀬田。一役買ってくれて」


 嬉々として爽やかに瀬田氏に声をかける各務氏。

 瀬田氏は再びテーブルに突っ伏す。





 「もう、おまえらリア充……爆発しろっ……」




 悔しかったら青木嬢を捕まえてください。

 お手本がなければ、先に進めないリア充ビギナーですから。



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