Have a nice dream!!

@ztnt

1.Have a nice dream!!

 

誰かに殺される夢を見る。

それはあまり関わりのなかったかつての同級生に腹部を抉られたかもしれないし、背後から不意に銃で射殺されたのかもしれない。多くの矛盾を抱えた出来事の中で僕は夢だと気付くことなく死を確信し、絶望するのだ。


夢の中の出来事を記録しておこうと、覚醒後すぐに身体を起こす。しかし、どうしても夢の中の感覚を再現することは叶わなかった。

殺されると感じてから、相手の顔を見ようとすればするほどぼやける視界。思ったよりも痛くない自分の身体を不思議に思いながら、意識が混濁していく中での焦燥感。どれも、文字に起こしてしまえばその通りとしか言えないのだが、何か重要かことが抜けている。


それは、静かに感じていた興奮だ。全身が熱いはずなのに、それを上回る寒さ。誰かの視線を感じながら身体の機能がぼんやりと停止していく感覚。この世の全てが退屈のように思えていた僕にとって、最上級の非日常に、確かに興奮していたのだ。


死に関わるような大ケガ、ましてや間近な死すら見た事のない僕が、夢の中の死にこれだけ興奮させられているのだから、実際の死はどんなものかと考えたことはあるが、試そうだなんて気が触れても思わないだろう。


全ての尊厳を破壊され、社会からも追放され、自分の人生に価値を感じなくなっても、いざ死ぬとなるとやっぱり生きたい、自分は死ぬべき人間ではないと思ってしまうのだ。僕はそういう人間だ。


だから、この夢は僕の想像力を精一杯働かせた遊びに過ぎないのだ。夢の中で、完結してしまうので自分の身に一切ダメージがないのも凄く魅力的だ。


今日も矛盾だらけの中、決して夢だと自覚することはできない。真夜中のはずなのに、外が明るい。周りで僕の知り合い同士が会話をしている。そんな中、僕は今誰かと話をしている。印象がコロコロ変わるので誰と特定することができないが話をしていてとても心地が良かった。


「本物、気にならない?」


脈絡もなく急に耳に入ってきた音声。的確かは知らないが英語のリスニング中、突如紛れ込んだ母語のようだと思った。僕は自分の意思と関係なくその言葉に頷いていた。僕は空の器だけになった自分を上から見ている、幽霊のように。


気づいたら周りに誰もいなくなっていて、僕と誰かの2人っきりになっていた。そこは小さい頃に行ったことのある神社のような場所だった。一緒に鳥居を潜ったところで、気配もなく相手に首を絞められていた。不思議と息苦しさを感じなかったが考えるより前に抵抗していた。

首を絞められた経験はないので抵抗の仕方など知らないが自分にならできるような気がした。

何よりこんな所で死ぬのは絶対に嫌だと思ったからだ。

予想通り、簡単に相手の腕をとくことができた。


そして、自分の意思とは裏腹に今度は相手の首を絞めていた。

その人はとても苦しそうな顔をしている。最初は涙を流し必死に呻き声をあげていたが、段々大人しくなっていった。止めなきゃいけないのは当然分かっているはずなのに、自分の意思が伝わらず、その人の苦しそうな顔を見ていることしか出来なかった。こんなに至近距離で見つめているのに結局相手の顔はわからずじまいだ。


何分経ったのか分からないが、その人の息の根は止まっていた。死体なんて直で見たことないから相手の様子を見ようにも見れなかった。

こんなに人が簡単に死ぬだなんて思っていなかった。

自分の手で殺してしまった。

その事実にその人への罪悪感より人生最大の汚点を作ってしまったという自分の心配の方が勝っていた。

人殺しという大層な罪を犯したのに全く興奮しなかった。

自分が死ぬ瞬間の方が圧倒的に良かった。なんて、おかしいじゃないか。自分が死んでも自分自身が罪に問われることなんてないのに。混乱状態の脳は謎の理不尽さに埋め尽くされていた。


そうだ、思いついた。僕もその人もどちらも、幽霊なのだ。もう、死んでいるのだから今更殺したところで、僕は罪に問われることはない。




いや、この説は違う、認めない。

だって、まだ僕は本当の死の瞬間を体験したことが無い、

死の体感を得ずに幽霊になっているだなんて死に損だ。

一生の疑問だった夢の死と実際の死の答え合わせをしていない。


だから、これは遊びなのだ。実際に人を殺したことがない、ましてや暴力すら振るったことがない僕に具体的な人の殺し方など、分からない。

首を絞めるっていったってどこをどう絞めるのだ。


「自分の死より自分が人殺しになる方が僕の想像力が上手く働かなかったから安っぽくて全然興奮しなかった。」



僕は暗転して行く意識の中、必死に自分を納得させているのだった。



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