ROUND2・結 婚約破棄呪術合戦④・決着


 サーシャはガーデンテーブルに戻ると、ニヤリと笑った。


 婚約破棄の呪いは通用しない?

 婚約破棄呪術合戦は不毛?

 甘いわ。ミランダ。

 蜂蜜より甘々よ。


 あなたはセバスチャンから婚約破棄を突き付けられることになるわ。

 私が依頼した呪いによってね。クス。


「どうかなさいまして? そんなに嬉しそうな顔をされて」


「何でもありませんわ」


 向かいのミランダもなぜか笑みを浮かべているわ。

 ふふ。何も知らずに呑気なものね。

 そのほうが好都合ではあるけれど。


 テーブルの下の手に握っている手紙へと視線を移した。


 あなたと違って、わたくしには切り札の秘策がある。

 その秘策の成功を、この手紙が告げてくれるはずよ。

 でもこの手紙は決して見られる訳にはいかないわ。

 それぐらい危険な代物なのよ。


 ミランダに気付かれないよう、巻かれている手紙をそっと解いた。


 ん? これ、私が思ってた手紙じゃなさそうね。

 えーと?


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 先日はご苦労であった。

 我らが拠点としている僻地へきちを訪れての多額の資金援助、改めて礼を述べさせてもらう。


 魔王様を封印した怨敵おんてきクリスティーナはアーゼリオ家ゆかりの者であり、この呪術の依頼を受けるのはやぶさかではない。


 サーシャ・アーゼリオとの国の第五王子・アルバートの婚約破棄の呪いの儀、既に執り行った。


 我が呪力、とく御覧ごろうじよ。


 敬具


 魔将軍ガスパールより


 ミランダ・ベネデッティ殿へ


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「魔将軍ガスパールゥゥゥウ!?」


 気が付くと叫び声を上げていた。


「魔将軍ガスパールって、魔王軍の残党をまとめている現魔族のトップじゃない! そんな奴に呪いを依頼するなんて、シャレになってないわよ!」


 呪いの依頼主であるミランダを怒鳴りつけた。


「あら? 見てしまいましたのね? サーシャ様が助けて下さったのは、わたくし宛の手紙を運んできてくれた伝書鳩だったようですわね。わたくしは逆に、サーシャ様宛の手紙を携えた伝書鳩を助けていたということかしら」


 ミランダが悠然と紅茶を口に運んだ。


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 魔族に多額の資金援助なんて、どういつもりなの!? 鳴りを潜めている魔王軍の残党たちが勢いを盛り返しかねないわよ!?」


「それでも各国の軍で鎮圧できないことはないでしょう。そしてそのときはベネデッティ家の出番ですわ。軍需物資の調達で大儲け。戦争特需ですわね」


「そ、それって死の商人じゃない! あなたは人間の敵よ!」


「ふふ。金のためなら何でもやる。真のお金持ちとはそういうものですわ」


 ミランダの嗤う顔に狂気が宿っているように見えた。


「そんなことよりご自分の心配をされたほうがいいのではなくて? 婚約破棄の呪いがその身に迫っていますわ。クリスティーナ様のお手紙にもありましわよね? 伝説の聖女も衰え、授けて下さった加護では魔将軍レベルの呪力を跳ね返す力はないと」


「くっ」


「ふふ。わたくしと同じように、いにしえの魔王の呪い以外は防げるという加護を授けて頂けばあるいは大丈夫かもしれませんわね。とはいっても、マーラル大聖堂に加護を頼んだところで祈祷に三日を要する以上、間に合いそうにありませんわね。それ以前に加護を賜るための多額の寄付金を用立てることなど、サーシャ様には無理でしょうけど。おーほっほっほっほ」


 ミランダは笑い終えるとティーカップを置いた。


「あるいは呪いは既に成就しているかもしれませんわね。このお手紙がアルバート様からの婚約破棄通知であってもおかしくありませんもの。わたくしが読んで差し上げてよ」


 ミランダがテーブルの上の手紙を解いた。

 カラスから助けた伝書鳩が運んできたものだ。


「『拝啓サーシャ・アーゼリオ殿』。ふふ。やはりサーシャ様宛ですわね」


「やっ、止めて!」


 アルバート様から婚約破棄されるなんて嫌!

 思わず目を閉じて耳を塞いだ。


「さて。お読みしますわね」


 それでもミランダの声は耳へと入ってきてしまう。


「『呪いは既に放った。ミランダ・ベネデッティとセバスチャン・ソプラーニの婚約は間違いなく破綻する』? アルバート様からの手紙ではなさそうですわね。サーシャ様、やはりジェマ以外の呪術師にも依頼していらっしゃったのね。無駄ですわよ? わたくしの加護は、古の魔王以外破ることは不可能ですもの」


 その手紙は――。

 目を開けて耳から手を外した。


「『婚約を破棄させる程度の呪いなど、我にとって造作もなきこと。深山へと分け入ってほこらを崩し、我が封印を解いてくれたことは感謝してもしきれるものではない。その礼としては安いものだ』? えっ? この手紙、誰からですの?」


「ちょ、ちょっと。見ないで下さいまし!」


 慌てて手を伸ばしたが、ミランダは体をよじって手紙を遠ざけた。


「差出人は、『魔王ヴォルグラント』? はいぃぃいい!?」


 ミランダが絶叫し、こちらに視線を向けた。


「せ、世界を恐怖に陥れたあの魔王ヴォルグラントを、ほ、本当に復活させたんですの!?」


「いやー。とりあえず様子を見に行ってみて、封印の祠にちょっと触ったら、結構簡単に壊れちゃって、魔王、復活しちゃった。テヘ☆」


「テヘ☆、じゃありませんわよ! あわわわわわわ」


 ミランダの手紙を持つ手がわなわなと震えている。


「で、でも魔王の封印の地は、伝説の勇者とそのお仲間しか知らないはずですわ。どうして封印の祠の場所がわかったんですの!?」


「クリスティーナ叔母様に聞いちゃった☆」


「教えちゃダメ☆ ちゃんとお墓の中まで持っていって下さいまし! 耄碌もうろくしたか伝説の聖女!」


「聞き捨てなりませんわね。尊敬するクリスティーナ叔母様を馬鹿にしたら許しませんわよ!?」


「かつて勇者たちと命がけで戦った末に封印した魔王を復活させるほうがよっぽど馬鹿にしていますわ!」


「いや、だから事故なんだってば。不可抗力よ」


「その後しっかりとわたくしとセバスチャン様の婚約破棄の呪いを依頼してるじゃないの!」


「だってぇ。魔王にお礼したいって言われたら断れないでしょ。最初からお願いできたらいいなとは思ってたけど」


「ぐっ。しかもこの手紙の続きに書いてあることって。『サーシャ殿の願い通り、の国の魔王討伐軍が組織されたとしても、第五王子・アルバートの命は保証する。逆に第一王子から第四王子は積極的に葬って欲しいという願いも聞き入れよう』ですって?」


 ちっ。魔王のやつ。そこまで手紙に書かなくていいのに。


「ひょっとしてアルバート様の王位継承順位を上げたくてこの提案を?」


「ミランダ様がアルバート様は王様にはまずなれないなんていう手紙を送って来るんだもの。それに女王様になってマウントを取りまくるのって憧れるし」


「あなたが復活させたヴォルグラントのせいで世界が滅亡するかもしれないのに、何言ってるのよ!」


「魔王様はわたくしや親しい人の命は保証してくれたもの。あとの人はまあ、自助努力でなんとかしてもらうしか」


「ひ、人のことを人間の敵だなんて言っておいて!」


「実際ガスパールに資金援助したんでしょ。しかも戦争特需を待ち望んでいたくせに。この死の商人!」


「くっ。こっ、この人非人にんぴにん!」


「何よ! この鬼畜!」


「悪魔!」


「魔将軍サポーター!」


「魔王サマナー!」


「××××××××××××」


「××××××××××××」


「××××××××××××」


「××××××××××××」


 …………


「ハアッ、ハアッ。あら?」


「ゼエッ、ゼエッ。なにこれ?」


 罵詈雑言の応酬をしているうちに、いつの間にか禍々しいオーラに包まれてしまっていた。


 ミランダと二人でガーデンテーブルを挟んで座っているが、その周りの庭園も湖も見えない。頭上まで禍々しいオーラに囲まれてしまっている。


「ふふ。サーシャ様に魔将軍ガスパールの婚約破棄の呪いが迫ってきたようですわね」


 ミランダが勝ち誇ったように言った。


「どうかしら? ミランダ様に魔王ヴォルグラントの呪いが、ではなくて?」


 負けじと言い返した。


 だが二人とも禍々しいオーラに飲まれてしまった。

 どうやら同時に呪いが発動したらしい。


 聖なる加護はガラスのように砕け散ってしまい――。


「「あーれー!」」


 同時に悲鳴を上げた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 カラスの鳴き声が遠くに聞こえた。


「はっ」


 気が付くと、いつのまにか夕暮れになっていた。


「あら?」


 ガーデンテーブルの向こうのミランダも気を取り戻したようだ。


 カラスの鳴き声が、また虚しく響いた。


「はあ。なんだか疲れましたわ」


「サーシャ様もですの? わたくしもですわ」


「あの、魔王ヴォルグラントの封印を解いてしまったこと、どうぞご内密に」


「魔将軍ガスパールへの資金援助のことを内緒にしてくださるなら」


「「ふふん。お主も悪役令嬢よのう。おーほっほっほっほ」」


 高笑いしていると、何だかテンションが上がって来たわ。


「今度こそ手打ちですわね? ミランダ様?」


「ええ。マウントの取り合いも、一時休戦といたしましょう」


 うなずきあっていると羽音が聞こえた。

 伝書鳩が何羽も舞い降りてくる。


「うまく鷲やカラスを避けてお手紙を運んでくれていますわね。よしよし。では読みますわ。差出人はアルバート様。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 サーシャ。君との婚約を破棄する

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ですって。もうミランダ様。魔将軍ガスパールの呪いのせいですわよ」


「あらー。ごめんなさいですわ。聖女の加護でも防げないというのは本当でしたわね。さて。こちらのお便りも紹介しますわ。セバスチャン様も

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 ミランダ。君との婚約を破棄する

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だそうですわ。サーシャ様。魔王ヴォルグラントを復活させて呪いを掛けさせるなんて、さすがに反則ですわよ。わたくしの加護も魔王の呪いは防げませんし」


「うふふ。ごめんなさい。でもミランダ様に加護を授けたのに破られてしまったマーラル大聖堂の聖職者の皆様。精進してくださいませ。では次のお便りです。まあ。クリスティーナ叔母様からだわ。

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 魔王の気配を感じたので千里眼で封印の祠を確認したら壊されてしまっていたわ。

 場所はあなたにしか教えていないのに、どういうことなの?

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あら。もうばれちゃった」


「老境に入られているのに、さすが伝説の聖女様ですわね。次に紹介するお便りは、出張中のわたくしのお父様からですわ。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 だいぶ家の資金が少なくなっていることに気付いた。

 それに魔将軍ガスパールの部下という魔族が、娘さんから資金提供を受けたと礼に来たぞ。

 帰ったら事情を説明してもらうからな。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あちゃー、ですわ」


「ミランダ様ってば。親御さんが一生懸命働いて溜めた資金を勝手に使ってらしたの? 駄目ですわよ」


「サーシャ様こそ。魔王を封印した聖女クリスティーナ様を輩出したアーゼリオ家の功績をパーにしてしまわれて」


「それは言いっこなしですわ。あっ。そうだわ。ミランダ様、一緒にヤキトリビジネスで稼ぎませんこと?」


「興味ありますわ」


「ん? なんだか暗くなってきてしまいましたわね。鳥は暗くなると飛べませんし、ヤキトリの話はまた今度ですわ」


「サーシャ様がそうおっしゃるなら。今日は伝書鳩のお便りも打ち止めですわね」


「それにしてもたくさんのお便りが届きましたわね」


「ええ。まず魔女ジェマ様から。そして伝説の聖女クリスティーナ様からは二通も。マーラル大聖堂司教様は、もう少し早送って下さると嬉しかったですわ」


「次の魔将軍ガスパール様のお手紙を見たときは肝が冷えましたわよ」


「魔王ヴォルグラント様からのお手紙のときはもっとですわ」


「お互いに相手のお手紙を読んでしまいましたわね。そして呪いが発動。アルバート様の婚約破棄のお手紙、今さら感がありましたわね」


「セバスチャン様からのもですわ。お父様からお手紙が来たのは誤算でしたけど」


 ミランダと二人でテーブルの上に置かれたいくつもの手紙に視線を送った。


「皆様方。たくさんのお便り、本当にありがとうございました」


「名残惜しくはありますが、そろそろお時間ですわ」


「お相手はサーシャ・アーゼリオと♪」


「ミランダ・ベネデッティでした♪」


「「バイバーイ♪」」


 …………


 ラジオのパーソナリティじゃないっつうの。


 でも本当に、バイバイすることになりそうだわ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【お嬢サ☆マウンティングファイト】

 サーシャ VS ミランダ

 ROUND2

 両者魔族の力を借りたことにより失格。

 没収試合。

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転生令嬢VS転生令嬢 お嬢サ☆マウントな三本勝負! 〜優雅なお茶会? 婚約破棄呪術合戦? 豪華客船レース? 三本ともマウントを取って完全勝利してみせますわ!〜 ジョイ晴 @joyharu

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