ROUND2・転 婚約破棄呪術合戦③


 婚約破棄の呪いの黒いオーラが、ゆっくりと消えた。


 その中から姿を見せたミランダは、恐怖に引きつった表情で茫然としている。


 少しすると伝書鳩が下りてきてミランダの肩に留まった。

 ミランダがはっとして、伝書鳩の手紙を外して目を通し始めた。


 サーシャはガーデンテーブルの席に着いてミランダを待った。


「ふふ。早速セバスチャン様から、婚約破棄のお手紙が届きまして?」


 手紙を読み終えて向かいの席に座ったミランダの顔は引きつったままだ。


「ご自分でお確かめ下さいまし」


 差し出された手紙を見た。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 拝啓ミランダ・ベネデッティ殿。


 先日は多額のご寄附きふたまわり、誠にありがとうございます。


 これで数多くの身寄りのない子供たちを救うことができます。


 その善行に報いるため、ご希望通りミランダ様に聖なる加護を授けましょう。


 聖職者二百人を一堂に集めて三日三晩祈祷きとうをささげ、あらゆる呪いを防ぐ強力な加護を施させて頂きました。


 この手法で施した加護で防げなかったのは、いにしえの魔王が使役した呪いのみだったと伝わっております。


 ゆえに今の世で破られることは決してないでしょう。


 どうか心穏やかにおすごし下さい。



  マーラル大聖堂司教より


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「マーラル大聖堂? 確か世界中の宗教修行者たちにとっての聖地」


「その通りですわ。ゆえにその加護は絶大。跳ね返りはしないようですが、先程の婚約破棄の呪いもしっかりと防ぎ切ってくれましたわ」


「くっ」


 黒い呪いのオーラは、ミランダまで到達していなかったらしい。


「ですけれど加護を授け終えているというお返事を頂いたのはたった今。ましてやわたくしを襲ってきたのはこの国最高の呪術師ジェマの呪い。しかも聖女クリスティーナの呪い返しですもの。冷や汗が出ましたわ」


 ミランダが額の汗を拭った。


「マーラル大聖堂では孤児たちの保護も行っていることは聞き及んでおりますわ。先程おっしゃっていた慈善事業支援のための多額の寄付というのは、このことでしたのね。確かに節税用ではありませんわね」


「ええ。呪いを防ぐ加護を授けていただくためですわ。呪い返しは想定外でしたけれど、サーシャ様がジェマ以外に依頼して呪いを仕掛けてくる可能性は一応憂慮しておりましたの。本当に奇遇ですわね。もっともわたしは親族に頼るのではなく、善行を積んだことで加護を授かったのですけれど」


「いや。親のお金をたくさん寄付して加護を授けてって頼んだだけでしょう?」


「ララ~♪ 信心深いわたくしは聖歌を斉唱致しますわ~♪ 寄付は尊い~♪ 孤児たちは助かって~♪ 私も呪いを防げて~♪ WINーWIN~♪」


 こっ、こいつ。また扇子の振りつきで適当な歌を。


 ~~♪ ~~♪ ~~♪ ~~♪


 …………ようやくアホな歌が終わったわ。


「ミランダ様。呪いを依頼しておきながら聖なる加護にもすがるなんて、さすがに厚かましいのではなくて?」


 ひゅっ。ぐるん。ざくっ。


「ブーメラン、刺さってますわよ」


 ですよねー。


「それにしても、魔女ジェマへ呪いを依頼しておきながら、聖女クリスティーナ様の聖なる加護を授かるとは。サーシャ様。お主も悪役令嬢よのう」


「いやいや。呪いの依頼の後で、マーラル大聖堂の聖職者二百人に三日三晩祈祷させたミランダ様ほどでは」


「ふふん。だがこの件、ここだけの話にしておこうぞ。さすれば呪いを依頼した事実を闇に葬ることなど造作もない」


「呪術師が情報守秘義務に違反すれば信用問題。ジェマから依頼主である我らの名前が世に出るなど、まず考えられませぬからな」


「くくく」


「ふふふ」


「「おーっほっほっほっほ」」


 越後屋と悪代官かっての。


「――ともかく。これで手打ちということでよろしいかしら? わたくしもサーシャ様も強力な聖なる加護を受けており、婚約破棄の呪いはお互いに通用しない状態ですもの」


「ええ。これ以上の婚約破棄呪術合戦は不毛ですわね」


「…………………………」


「…………………………」


 お互いに無言になり、気まずい沈黙が訪れた。

 紅茶も切れてしまっている。


「ミランダ様たち、やっぱりまだいらっしゃるわ」


「お庭でお茶をするのにいい日和ひよりですもの」


 メイドたちの話し声が聞こえてきた。


「それにとってものどかで平和よねえ」


「魔王ヴォルグラントは何十年も前に封印されたんだもの」


「――っ」


「そのおかげで魔将軍ガスパールもずっと鳴りを潜めているものね」


「――っ」


 メイドの何気ない会話にビクリとした。

 一瞬遅れてミランダもそう見えたのは気のせいだろうか。


「ほらほら。そんなおしゃべりよりもお仕事よ。ミランダ様、サーシャ様。お茶のお替りをお持ちしましたわ。あら? 何か空気が微妙なような」


「「そんなことありませんわよ。オホホのホ」」


 ミランダと一緒に平静を装った。

 メイドたちはお茶の準備を整えるとすぐに立ち去っていった。


「…………………………」


「…………………………」


 二人とも無言のまま紅茶を飲んでいると、鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 どこか切迫した響きがある。


 空を見上げると、伝書鳩が他の鳥に襲われているらしかった。


 立ち上がってテーブル脇にたたんで置いてある日傘を取った。


 空では伝書鳩がわしの攻撃を躱しながら逃げまとっている。


「セイっ!」


 日傘を回転させるように投げた。

 伝書鳩に鷲が迫ろうとした瞬間、二羽の間を日傘が走り抜けた。


「無益な殺生は好まないので外しましたけど、次は当てますわよ」


 本当は思いっきり鷲を狙ったんだけど、外れたから言ってみたわ。

 でも鷲は飛び去って行ったわね。


 何かの拍子に日傘が開いてゆらゆらと落下を始めた。

 傘の柄の部分に伝書鳩が留まった。


 ゆっくりと降下してきた傘をキャッチする。


「大丈夫? 怪我はない?」


 空いている方の手の指で、伝書鳩の頭を軽く撫でた。


「やりますわね」


 ミランダが呟いて立ち上がった。

 いや。完全に偶然で、狙ってできることではないのだけどね。


 ミランダも空を見つめている。

 その方向には別の伝書鳩がいた。

 何羽ものカラスに襲われている。


 ミランダが身構えた。

 いつの間にか両手に扇を持っており、その腕を体の前でクロスさせている。


「シャ!」


 二つの扇が放たれた。

 円盤のように飛んで行ってカラスたちを追い散らした。

 そしてなんと、二つとも弧を描くようにしてミランダの手に戻って来た。


「威嚇で済ませるのは今回だけですわよ?」


 カラスたちが逃げ去っていく。

 伝書鳩は舞い降りてきて、ミランダの肩に留まった。


「ミランダ様こそ、お見事ですわ」


「それほどでもありませんわ。(小声)本当はジェノサイドするつもりで投げたのに大外れですわ。でも扇が戻って来たのは奇跡ですわね。さっきのブーメラン突っ込み効果かしら」


 面倒なので小声で言ったことは聞こえなかったことにするわ。


 それより日傘の柄に留まっている伝書鳩から――。


「ちょっと失礼、お手紙を。ありがとう。帰りは気を付けなさいね」


「あなたもご苦労様でしたわ。カラスには用心用心、ですわ」


 二人とも手紙を外した伝書鳩を空に放った。


 ミランダと一緒に空を見つめた。


 握った手の中の手紙の感触を確かめながら――。

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