祭り 一
坂上と祭りに行く約束をしていた当日。
その日は朝から自室の部屋のタンスから大量の服を出しながら、僕は悪戦苦闘をしていた。
きっかけは先程坂上から送られてきたメッセージだった。
『宇多川君、おはよう。祭りの時に浴衣か、甚平を着てきてね』
特に理由が説明されていた訳では無かったが、また監督からの指示なのだろうか、と考えた僕は、確か甚平を持っていた気がする、と昔の記憶を思い出すと、『分かった。探してみる』と、坂上にメッセージを送った。
そうして、スマートフォンを机に置くと僕は腕を組んで、甚平を何処にしまったかを思い出そうとした。
確か、タンスにしまった様な気がする。
そんなおぼろげな記憶を頼りに僕は甚平探しを始めたのだった。
タンスの奥に眠っていた見覚えの無い服を出していくと一番奥に僕が探していた甚平がある事に気が付いた。
僕は奥から甚平を引っ張り出すと、広げて傷や汚れが無いか状態を確かめた。
どうやら問題が無い様だと分かると、僕はそれをベットの上に置いてから、坂上との待ち合わせの時間まで小説の続きを書こうと思い、机に向かったのだった。
パソコンに向いていた視線を上げて時計を見ると、坂上との集合時間が近付いてきていた。
僕は小説の内容を保存してパソコンの電源を切ると、甚平に着替えた。
こういう物は久々に着たので、どこか服に着られている感じはしたが、こんなものだろう、と自分を納得させると、僕は坂上との待ち合わせ場所に向かう為に外に出たのだった。
電車に乗って祭りが行われる場所の最寄り駅に着くと、まだ坂上は到着していない様だった。
何処か坂上を待つ為に良い場所は無いか、と辺りを見回すと、浴衣や僕と同じく甚平を着ている人を多く見掛けた。
「あっ、宇多川君、お待たせ!」
もし普通の服装で着ていたら、浮いていたかもしれない。
そう考え、坂上が提案してくれた事に心の中で感謝をしていると、後ろから声が聞こえた。
坂上だと思って振り返ると、僕は目を見開いて驚きを隠せなかった。
そこには浴衣を着た坂上が立っていて、水色の爽やかな色合いがとても良く似合っていた。
何も言わずに立っている僕を見て心配になったのか、「今日お祭りに行くって事を由香里さんに言ったら、『撮影を頑張っているから』って言って、浴衣を買ってくれたんだ。急いで選んだから、その、似合っていないかな」と言って、坂上は不安そうな表情を浮かべた。
その言葉を聞いて僕は我に帰ると、「いや、そんな事無いよ! その、すごく似合っていると思う」と、慌てながら言った。
「……ありがとう。その、宇多川君の着ている甚平も良く似合っているよ」
そう言って照れ臭そうに笑う坂上がなんだか可愛いらしく感じた僕は、恥ずかしさから直視する事が出来ずに視線を逸らすと、「……ありがとう」と、呟いた。
坂上はそんな僕を見て微笑むと、周りを見渡した。
「元々観光地っていうのもあったけど、今日はいつも以上に人がいる気がするね」
坂上の言葉を聞きながら気持ちが落ち着いてきた僕は、「やっぱりお祭り目的の人達は多いよね。もっと混む前に僕達も向かおうか」と声を掛けると、僕達は並ぶと、祭りの会場に向かって足を踏み出した。
少し歩いて祭りの会場が近付いて来ると、周りを歩く人の数がさらに増えてきた。
ふと気が付いて隣を見ると坂上は歩きにくそうにしている。
異性と出掛けた経験がほとんど無かった僕は、坂上が歩きづらそうにしていた事に今更気が付いた自分を恥じた。
しかし、どうしたら坂上は歩きやすいだろうか。
歩くスピードを坂上に合わせたとしても人混みに巻き込まれてしまうだろうし、人の少ない所は何処にも見当たらない。
そこまで考えて僕はもう一つの方法を思い付いた。
「……坂上さん、その、人がすごいいて逸れたら大変だから、えっと、手を繋ぐ?」
そう辿々しく言う姿はまるで意識をし過ぎている様に感じる。
我ながらそう思いながら言うと、坂上はキョトンとした表情を浮かべた。
そんな坂上の様子を見て、言い方やタイミングを間違えたか、と思うと、僕はこの後はどう取り繕おうかと頭を悩ませた。
しかし、坂上はすぐに一転してはにかむ様な笑みを浮かべると、「……ありがとう」と言って、僕に手を差し伸べてきた。
その坂上の行動に驚きはしたが、いつまでも立ち止まっていては通行の邪魔になってしまうと考えた僕は、「……うん」と頷くと、その手を握った。
そうして、坂上の手を取ると僕はその手の柔らかさや温かさを感じて心が満たされていく不思議な気持ちになった。
そう考えていると、互いに黙り静かになってしまっていた事に気が付いた僕は気不味くなり、「行こうか」と坂上に声を掛けて、再びお祭りが行われる場所へと歩みを進めた。
お祭りが行われる場所に着くと、道に沿って大量のぼんぼりが並んでいて光を灯しているのが見えた。
「わぁ、すごい! ここのお祭りは
坂上はそう言うと、ぼんぼりに近付いて興味深そうに観察し始めた。
「ここのぼんぼりは毎年、芸能人とか著名人の絵が描かれていたりするんだよ」
僕はぼんぼりの光に照らされながら興味深々と言った様子で見ている坂上の事を微笑ましく思うと、そう声を掛けた。
すると、坂上は僕の言葉を聞いて、不満そうな表情を浮かべた。
「……私、ぼんぼりに描いても良いかを聞かれていないよ?」
「……あっ、いや、その、来年こそ描かれるよ」
坂上の表情を見て僕は、しまった、と思うと、慌てて言葉を捻り出して坂上に励ましの言葉を掛けた。
坂上は僕の慌てた様子を見て、笑みを浮かべると口を開いた。
「ふふっ、宇多川君、そんなに慌てなくても私がぼんぼりに描かれる訳が無いっていうのは自分が一番良く分かっているよ」
坂上はそう言うと、自分の胸を軽く叩いた。
「今はまだまだそこまでは有名では無いけれど、これからもっと頑張って来年はぼんぼりに描かれるくらい有名になってみせるよ」
僕はそんな坂上を見て、とても頼もしいと思った。
そして、僕も坂上が今したように、目標を言葉にしよう、という気持ちになった。
「……僕も自分の小説が映像化をされるくらい有名になれるように頑張るよ」
僕の言葉に坂上は一瞬驚いた様な表情を浮かべると、すぐに笑みを浮かべた。
「……私と同じ様に来年までに達成させる?」
その坂上の言葉に僕は苦笑いをした。
「坂上さんはもう既にドラマに出演をしているけど、僕はまだ投稿サイトに投稿すらしていないから、流石に坂上さんと同じペースという訳にはいかないと思うよ」
「そこはほら、気合いと根性でなんとか出来るんじゃない?」
冗談なのか、真剣なのか、判断に困る様な口調と表情で言う坂上に僕はどう言葉を返そうかと思いつつ口を開いた。
「……坂上さんは今まで気合いと根性でなんとかしてきたの?」
僕の質問に坂上は、「うーん」と言って考える素振りを見せると、口を開いた。
「そうだなぁ、七割くらいはそうかも」
その真剣な様子で言う坂上を見て、僕は笑い声を上げた。
「何!? 何かおかしな事を言った?」
そう言って、戸惑った表情をこちらに向けてくる坂上を見て、真面目に言っているんだな、と思った僕はゆっくりと首を横に振った。
「いや、坂上さんからそんなスポ根漫画みたいな言葉が出てくるとは思わなくて……」
僕が頬を掻きながら控え目に言うと、坂上は真顔で首を傾げた。
「いや、でもすごく大事な事だと私は思うんだけどなぁ」
その坂上の言葉を聞いて、様々な才能を持った多くの人が居る芸能界では、その諦めない気持ちが大切なのだろう、と思うと、僕は笑ってしまった事を申し訳なく思った。
「確かに。笑ってしまったけど、その気持ちが大事だよね」
僕がそう言うと、坂上は自分の言葉を理解してくれた事が嬉しかったのか、頷くと笑みを浮かべた。
「うん、特に映画やドラマの撮影だと、相手役は居たりするけれど、基本的には助けてくれる人は居なくて自分でどうにもならない状態になってしまってもなんとかしなければならないから、気合いと根性っていう気持ちは常に自分の中にあるよ」
小説はいつ書いても良いし、いつでも文章を直す事が出来る。
ある意味自分のペースで出来る部類に入るだろう。
対して、映画やドラマの現場ではそうはいかないだろう。
事前にリハーサルとかがあるとは思うが、求められた時に実力を発揮しなければならない。
そう思うと僕は、坂上は常にプレッシャーと戦いながら演技しているのだ、と感じると、僕もとっと自分を追い込まなければ、坂上に追い付く事は出来ないであろう、と考えた。
そう決意を自分の中で固めていると、「あっ、宇多川君、あれ見て!」と声を上げると、前方を指差した。
それにつられて坂上が指差した方向に視線を向けると、そこにはいくつかの屋台が立ち並んでいるのが見えた。
「ああ、毎年あそこら辺に屋台が並んでるよね」
「ねぇねぇ、ちょっと見てみても良い?」
僕がのんびりと相槌を打つと、坂上は興味深々と言った様子で僕に尋ねてきた。
その坂上のもう待ち切れないと言った様子を見て、「そうだね、行ってみようか」と微笑みながら言うと、僕達は屋台の方へと足を踏み出したのだった。
道で泣いていた女子に声を掛けたらデートに行く事になった。 宮田弘直 @JAKB
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