青蘭橋の物怪

雛形 絢尊

第1話

上国は駿河国、

夜が更けた吊り橋の名は青蘭橋せいらんばし

月明かりが頬を照らす中、ある人物を待つ。

刀を鞘にこさえつけ、

どこからともなく鈴虫が鳴く。

来るはずの彼を待ち侘びて、

少し前のことを思い出した。


伊伏方 仁左衛門いぶかた にざえもんは鬼灯の垂れた稽古場で

鍛錬を繰り返していた。

後に駿府藩の一として

領地争奪の場に出向くためだ。

振りかざすのは竹刀。

それに向かい合うのは同じく駿府藩の喜田だ。

「儂は道場破りなど恐れておりまする」

彼は胴着を着直して構えた。

「主は弱くない」

その夜、彼は遺体となって発見された。

臓器が這い出して、

威厳とした彼の背は折れ曲がり、

残虐性の高い殺害方法である。

その場に残された和紙の切れ端には

こう書かれていた。


"果たし状 

 駿府藩の者へ告ぐ

  暁九つ迄に青蘭橋で伊伏方 仁左衛門を待つ

     

                庭師の雉虎"

 

儂だ。彼奴の仕業であることは知り得ていた。

然し乍ら関係のない喜田を

無惨な姿にした彼を赦すことはできない。

必ず青蘭橋で奴の息の根を

止めなければならない。


そうして青蘭橋へ訪れた。

「確と受け賜うた」

体格も断然違う、彼はひとまわりも

ふたまわりも大きい。

その大男の名は猊角 雉虎げいかく きじとら

彼の本職は庭師、彼の両腕には刈込み鋏が。

彼は一つその刃の音を鳴らした。

「貴殿の奇怪なその刃は

人を殺めるものでないだろう」

彼は私にむかって

閉じた鋏を突き刺そうとした。

私は勢いよく伏せた、

その片足は青蘭橋へと流れていく。

滑り落ちるように青蘭橋へ。

彼は威嚇の如く、閉じ、開き、閉じ、開いた。

彼も吊り橋へと向かう。

軋み、揺れる吊り橋。

「落ちたら命の保証はないだろう」

その高さは圧巻である。

遠くから川岸の岩場に水が跳ねた音が

聞こえる。

一瞬の隙だった。

目を離したうちに私の首元へ。

私の眼下に左右の刃が睨む。

この期に及んで身動きが取れない。

橋は傾き、力を任せる。

「儂がこれを綴じれば、其方の息は止まる」

「やめんか、其方の目的は」

反対側へ橋が傾く。

「拙者、庭師の雉虎。

其方に恨みがあって来た」

うぐぐ、と声を漏らす。

「その恨みは何処から」

その声を漏らすように言った。

「遥か先の未来の世だ」

「何と」

「貴殿が儂の想い女に手を出したのじゃ」

「ええい、何と申した」

「間違えとうない。

拙者が儂の女子に手を出したのじゃ」

私は隙を見た後、

彼の脇腹にそれを突き立てた。

血が滲む。

「なんじゃその言いようは」

そう、足を端から外し、

その反動で彼の横へと移動した。

揺れる吊り橋。

「貴様を殺めるつもりはなかった」

私は深々とその想いを告げた。

「儂は二つ並んだ時間にいる」

彼はその声を漏らした。今も尚揺れている。

「何と申す」

「儂はもう一方の時間で歌子とあった」

歌子とは、儂の連れ添った妻である。

そう、昼間に殺された喜田の妹である。

「歌子は」

「儂が出逢うはずじゃった」

彼はその足をふらつかせた挙句、

刈込み鋏を右足に落とし、

その身体と共に奈落へ落ちた。

私は朦朧とする中、頭痛に見舞われた。

それはまるで、私の記憶ではなく、雉虎。

彼の記憶を見ているようだった。

妻の元へ帰る。彼が落ちて行った箇所を

避けて、私は足を進めていく。





雉虎は頭に岩を打ち付けたが生きていた。

もう一つの未来を見据えて、

彼は岩場の陰から夜を覗いた。

血が滴る中私の残されたものを探す。

身動きが止れぬ、

私の左足首を片方の刃が貫いていた。




「雉虎、お主は庭師と武士、

どちらになりたい」


父の言葉を思い出し、私は静かに目を閉じた。

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青蘭橋の物怪 雛形 絢尊 @kensonhina

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