第26話 二つ目の課題
チャルムに教えてもらった場所にあった扉を開くと、その先は洞窟の中だった。
洞窟は広く、壁から巨大な水晶がいくつも突き出ていた。その水晶が青白く輝き、洞窟全体を照らしている。
「ここは普通のダンジョンっぽい感じだな」
俺はきょろきょろと辺りを見回す。
洞窟の壁にはいくつもの穴があって、天井から水滴が落ちている。
その時、右端の穴から、ウサギの耳を生やした茶髪の女が姿を見せた。
女は二十代半ばぐらいで、白いシャツにダークブルーのズボンを穿いている。
「初めまして、秋斗様。私は冒険者ギルド職員のエリスです。一つ目の課題クリア、おめでとうございます」
エリスは丁寧におじぎをした。
「これから、秋斗様は水晶洞窟エリアで二つ目の課題クリアを目指してもらいます」
「どんな課題なんだ?」
「私を二十四時間以内に最下層にある水晶の城まで連れていくことです」
「護衛の仕事みたいな感じか」
「その通りです。自分だけが強くても、護衛を守れないのであれば、Sランクにふさわしいとは思えませんから」
エリスは胸元の赤いリボンに触れる。
「このリボンを他の受験者に斬られたり、奪われたりしたら、私の命が失われたとして、秋斗さんは試験失格になります。注意してください」
「つまり、他の受験者も同じ条件ってことか?」
「はい。水晶洞窟エリアに入った受験者は、全員、冒険者ギルドの職員がつくことになります」
「えーと、職員は戦わないんだよな?」
「受験者同士の戦いには参加せず、逃げることが基本になります。ただ、モンスターと戦闘になった場合は攻撃も行います」
エリスは丁寧に俺の質問に答えた。
「水晶洞窟エリアには、多くのモンスターが生息しています。受験者だけではなく、そちらにも注意してください」
「モンスターか……」
俺は唇を強く結んで、先の見えない通路を見つめる。
二つ目の課題は、いろいろと面倒だな。エリスを守らないといけないし、モンスターと戦っている時に受験者が奇襲を仕掛けてくることもあるか。
「職員のリボンが斬られた時は、指輪の移動はどうなるんだ?」
「戦った相手が勝利したことになり、指輪を一つ渡すことになります。ですから、指輪を集めるために積極的に職員を狙う手もありますね」
「……そっか」
こっちから奇襲を仕掛けたら、楽に指輪が手に入りそうだ。【超神速】のスキルがあるから、一瞬でリボンを奪えるし。
「ちなみに、現在、水晶洞窟エリアにいる受験者は三十四名です。そして、森林エリアで失格になった受験者が四十人ですね」
「もう四十人も失格になったのか?」
「すぐに二つの指輪を取られて、失格になった冒険者もそれなりにいますし、七人神のファルム様が本気で動いてますから。彼に出会ったら、運が悪かったと諦めるしかないでしょう」
エリスは肩をすくめた。
◇ ◇ ◇
俺とエリスは水晶に照らされた洞窟の中を歩き出した。
洞窟は入り組んでいて、通路は無数に分かれている。
人間の背丈を超える水晶の柱と柱の間を抜けると、楕円形の広い場所に出た。
高校の運動場ぐらいの広さがあり、壁にはいくつもの穴が開いている。
最下層に行くまでに、すごく時間がかかりそうだな。
その時――。
中央の穴から、全長十メートルを超える巨大なムカデが現れた。
ムカデの体は黒く、背中の部分に六角柱の水晶が無数に生えている。
「水晶ムカデです! 鎧ムカデの亜種でパワーと耐久力はドラゴン並です!」
エリスが震える声で言った。
「私は光属性の魔法が使えますから、多少のサポートはできると思います」
「わかった。とりあえず、エリスは後ろにいてくれ」
俺は幻魔星斬を腰につけたホルダーから引き抜く。
水晶ムカデは黄色い脚をカシャカシャと動かして俺に突っ込んできた。
俺の部屋に無断侵入してきたムカデの百万倍ぐらいでかいな。こんな生物が元の世界に現れたら、自衛隊が出動するレベルだ。
だけど、俺もとんでもない力を手に入れたし、モンスター相手なら、手加減する必要もない。
【無敵モード】発動!
俺は幻魔星斬に魔力を注ぎ込む。紫色の刃が一メートル以上長く伸びた。
水晶ムカデがヘビのように鎌首をもたげて、俺の頭を噛もうとした。
俺は一瞬で水晶ムカデの側面に移動して、幻魔星斬を振り下ろした。紫色の刃が水晶ムカデの頭部を切断する。
黄色い体液が飛び散り、頭部がなくなった水晶ムカデの体がバタバタと暴れ出す。
しかし、その動きも数秒で止まった。
よし! 十秒以内に倒せたぞ。これが理想の戦い方だな。
俺はふっと息を吐いて、後方にいたエリスを見た。
エリスは呆然とした顔で俺を凝視している。一振りで水晶ムカデを倒してしまったから、驚いているんだろう。
まあ、余裕の勝利に見えるだろうし……あっ!
エリスの背後に大剣を持った男がいることに気づき、俺は慌ててエリスに駆け寄った。
まずい! まだ、クールタイムが四十秒以上残ってるぞ。
俺は唇を強く噛んで、幻魔星斬の刃を男に向ける。
この状況で時間稼ぎは厳しいが、とにかくやるしかない。
「まっ、待て!」
男は持っていた大剣を捨てて、胸元まで両手を上げた。
「降参するから、攻撃はしないでくれ!」
「えっ? 降参?」
「ああ、お前と戦うつもりはない」
男は左手にはめていた指輪を抜き取り、俺に放り投げた。
「これで問題ないよな?」
男は隣にいた冒険者ギルドの職員らしき女に声をかけた。
「はい、アッサム様。降参は認められていますから」
女は丁寧な口調で答えた。
「えーと、本当に戦わなくていいのか?」
俺はアッサムに確認する。
「ああ。水晶ムカデを一瞬で殺せる相手と戦っても勝てるわけがないからな」
アッサムは短く舌打ちをした。
「あんたと戦わずに、万全の状態で別の奴を狙ったほうがいい。これも作戦だ」
「そっ、そっか」
俺は足元に落ちていた指輪を拾い上げた。
助かった。クールタイムの時に攻撃されてたら、どうにもならなかったし。
「十三魔将を倒した実力はホンモノだったってことか」
アッサムが頭をかいた。
「こうなったら、あんたが七人神のファルムを倒してくれることを祈ってるぜ。そうなれば、俺が合格する確率が上がるからな」
「いや、ファルムには勝てないって。Sランク序列七位なんだろ?」
「どうだろうな。ファルムの強さは規格外だが、あんたの強さも同レベルに見える……いや、もしかしたら、お前のほうが強いかもな」
アッサムは怯えた顔で俺を見つめた。
◇ ◇ ◇ 作者(桑野和明)より ◇ ◇ ◇
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十秒勇者 桑野和明 @momodango
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