第25話 扉を探せ

 黄緑色に発光する森クラゲが浮かぶ森の中を俺は歩いていた。

 広がった枝葉が空の光を遮り、空気が冷たく感じる。


「幻想的な光景だな。森クラゲはめちゃくちゃ綺麗だし、デートスポットにはいい感じがする。デートしたことないけど」


 自分で自分の言葉に突っ込みながら、視線を左右に動かす。


 とにかく、扉を見つけて森林エリアから脱出しないとな。


目の前に浮いている森クラゲを手の甲で払いのけると、その先の木の枝に小さな妖精が腰をかけていた。

 妖精の背丈は二十センチぐらいで半透明の羽が生えている。緑色の服を着ていて、髪の毛はピンク色だった。


「あ、人間だ」


 妖精は半透明の羽を動かして、俺に近づいてきた。


「ねぇ、あなた、名前は?」

「俺? 俺は月見秋斗だよ」

「私はチャルム。チャルム・ファルムだよ」


 チャルムは俺の顔の周りと飛び回る。


「で、何をしてるの?」

「えーと、今はこの森林エリアから出るための扉を探してるんだよ」

「あーっ、あの扉かぁ」

「おっ、扉がある場所を知ってるのか?」

「うん。私の縄張りの中に置いてあったから」

「チャルム! 扉のある場所を教えてくれ!」


 俺はチャルムに顔を近づけた。


「教えてくれたら、干し肉をやるぞ」

「お肉なんて欲しくないよ。妖精は果物しか食べないんだから」


 チャルムは呆れた顔で俺を見つめる。


「まあ、扉の場所は教えてあげてもいいよ。私の数え問題に答えられたらね」

「数え問題? 算数みたいなものか?」

「そうだね。人族は算数って言い方もするかな」


 チャルムは右手の指を三つ立てた。


「秋斗が三つの問題を当てられたら、扉のある所に案内してあげる」

「当てられなかったら?」

「その時は、私の家を作ってもらおうかな。そろそろ新しい家に住みたかったし」

「家か……」


 俺は腕を組んで考え込む。


 それぐらいならいいか。妖精のサイズ的に鳥箱を作るようなものだし。


「わかった。算数はそんなに得意じゃないけど受けてやるよ」

「やったー!」


 チャルムが両手を上げて、笑顔を見せた。


「じゃあ、一つ目の問題を出すよ」

「おうっ! ばっちこいっ!」

「8+4+5-7はいくつ?」

「……んっ?」


 俺は首をかしげた。


「それが問題か?」

「うん。そうだよ」


 チャルムは両手を腰に当てて、自慢げに胸を張った。


「この問題をすぐに解けたのは、女王様と私だけだから」

「……そっ、そっか」


 これ、もしかして楽勝じゃないか。小学生でもわかる問題だし。


「……答えは10だな」

「あ……」


 笑っていたチャルムの顔が強張った。


「……当たり。なかなかやるじゃん」

「このぐらいなら、なんとかなるかな。高校生だし」

「じゃあ、二つ目の問題だよ。今度はもっと難しいのを出すから」


 チャルムはピンクの眉を吊り上げた。


「6+3×2はいくつ?」

「今度はかけ算入りか」

「そうだよ。かけ算と足し算が組み合わさった問題は、すごく難しいんだから」

「答えは12だな」


 俺が即答すると、チャルムの緑色の目が大きく開いた。


「え? どうして?」

「いや。そんなに驚くことじゃないだろ。かけ算から先にやるってルールを知ってれば、間違えることもないし」

「ううーっ!」


 チャルムは頬を大きく膨らませて、俺をにらみつける。


「もうっ! こうなったら、一番難しい問題を出してやるんだから」

「一番難しい問題?」

「そうよ。私が答えを出すのに十日もかかったんだから」

「それは難しそうだな」 

「じゃあ、最後の問題。1+2+3+4+5+6+をずっと続けて、1000まで足した数はいくつ?」

「んっ? この問題って……」

「ふふふ。これが最強の問題よ。全部足し算だけど、一つでも間違えたら、正しい答えが出せないから」


 チャルムは勝ち誇った顔で笑った。


「あなたは数え問題が得意みたいだけど、何日かかるかなー。もし、五日以内に答えられたら、私の胸に触っていいよ」

「答えは……えーと……1001×500だから……500500かな」

「……ええーっ!?」


 チャルムが驚きの声をあげた。


「何でっ? 何で答えがすぐに出せたの?」

「公式があるんだよ。その公式に当てはめれば、最後に足す数字が1万だって10万だって、すぐに答えがわかるから」


 俺は昔の数学者に感謝しながら、チャルムに等差数列の和の公式を教えた。


「こんなやり方があるなんて……」


 チャルムは悔しそうに頭をかきむしった。


「私の十日間の苦労は何だったの?」

「俺だって、この公式を知らなければ答えを出すのに何日もかかったさ」


 俺は頭をかきながら言葉を続ける。


「で、問題は三つとも解いたんだから、約束は守ってもらうぞ」

「ううーっ。わかってるから!」


 そう言うと、チャルムは俺の顔の前に移動して、胸を突き出した。


「さっさと胸に触りなさいよ」

「そっちの約束じゃねぇ! 扉の場所のほうだ!」


 俺は人差し指で、チャルムの額を突いた。

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