あぶく

立花悠世

あぶく

 私の人生は例えるなら、そう、泡でした。


 最初は勢い良く湧き上がり最後には寂しく消えていく泡。

 天才だと言われて育ちました、事実私は天才でした。勉強など教科書に少し目を通しただけで私には全てが理解出来ましたし、運動だって誰よりも一番の成績を得ていました。女の子なのにすごいねと褒められましたが、私には性別の壁など存在しませんでした。見目も大層良く、少し着飾れば外国の高いお人形さんのようでした。


 私は私の素晴らしさに一日一日歓喜しながら生きていました。

 私からすれば世界は私と私以外で分かれていて、私以外は皆慌ただしく大した考えなど持たずただ生きているだけの生き物にしか見えませんでした。憐れみさえ感じていました。

 要するに人間が動物に対し感じるような想いで、私は私以外を見ていたのです。

 人間と動物は話せません。

 次第に私は、孤独になっていきました。

 しかし、それについては未だに私は私が悪いとは思えません。私を理解出来ない、私が理解出来ないレベルでしか生きてない私以外が悪いのです。


 世の中というものは、酷く私からすれば低レベルで、私は時々泣きたくなりました。

 何人もに交際を申し込まれました、通りすがりの輩のときもあります、けれど動物と深い仲になり、更には子をなすなんて、あり得ません。


 十六歳になった頃には、自分の素晴らしさに歓喜することよりも、このどうにもならない世の中に悲痛な気持ちになることの方が多くなりました。

 非常に生きていくのがつまらなくなりました。周りの人間の喋り声が、いつの間にか私にはワンワンやニャーニャーとしか聞こえなくなっていました。

 ワンワンニャーニャー。

 そのうち喋り声どころか顔まで犬や猫にしか見えなくなりました。


 笑い話です。

 ここまでくると私も笑うことしか出来なくなりました。私は部屋に引きこもるようなりました。


 母親はゴールデンレトリバーでした、ワンワンと鳴いて私に何か言っていました。涎が床に落ちて、汚いと思いました。

 ひたすら涎をたらす母親を見て、犬が嫌いになりました。どうせなら何故に猫にならなかったのかと恨みました。


 ワンワンワンワンと毎日騒がれて私は家にすら居たくなくなりました。ですが、外も猫や犬しかいません。

 私は死にたくなりました、このまま生きていても辛いだけだと思いました。


 ワンワンワンワン。

 いざカッターを手に取ってみれば、恐怖が頭を支配して私の手は震えて動かなくなりました。

 私は私が愛しいのです。私の理解者は私だけなのです。


 こんなにも愛しい私を、私は殺せませんでした。


 ワンワンと、扉の先から吠えている犬に、私の首を噛み切ってくれと願いました。

 願いは叶いませんでしたが、いつしか私は自然に死んでいました。正確には身体は生きているのですが、死んでいました。

 私は私を天井から見つめる日々が続いてます。毎日毎日、犬が私の世話をし、私にワンワンと吠えます。

 その光景の、あまりの滑稽さに私は微笑ましさすら覚えます。私は天井でワンワンと犬の鳴き声を真似てみました。



 そろそろ本当に泡のように消えたいです。

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あぶく 立花悠世 @T_yusei

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