第35話 決断

 圭人は試作した料理と口当たりのいいスパークリングワインを持つ。

 リビングでは満足そうに巴がソファーに寝転がっている。


「巴、軽く摘まない?」

「うん」


 圭人は机の上に料理を並べ、グラスにスパークリングワインを注ぐ。

 巴が起き上がってグラスを手に取る。


「お酒久しぶりね」

「たまにはね」


 圭人と巴はあまりお酒を飲まない。

 圭人は飲めないわけではないが、料理の味がわからなくなるのを好まない。巴も酔うと動きが鈍くなると、あまりお酒を好んではいない。


「乾杯」

「乾杯」


 二人はグラスを軽く合わせて軽く音を鳴らす。

 一口飲んだところで一息つく。


「セレナとパム、泊まればよかったのに」

「セレナさんが、今日は宿泊になるとパムの両親に伝えていないと言っていたから仕方ないよ」


 セレナとパムは服を着替え、セレナはカピバラの姿になり、パムは狐耳と尻尾の生えた姿になるとクルガルへと帰っていった。

 作ったジャムとキャラメルは二人に忘れず渡している。


「それに明日には来るんじゃない?」

「セレナは来そうね」


 圭人はセレナが毎日のように金尾稲荷に来ていると聞いている。それにセレナの別れの挨拶はまた明日だった。

 職場から自宅に帰ることもある圭人より、セレナの方が金尾稲荷にいるのではないだろうか。


「それで圭人は何を作ったの?」

「茶碗蒸しというか、塩味のプリンのような……? 試作した料理なので感想を聞きたい」

「曖昧ね」


 巴が苦笑する。

 圭人は茶碗蒸しの器に入った食べ物を巴に差し出す。

 茶碗蒸しの器に入っているため、見た目は茶碗蒸しに見える。


「具材は少なめでキノコに鶏肉だけ入れてる」

「シンプルね」

「試作なので味がわかりやすいように少なめにしている」


 圭人はスプーンを巴に渡す。


「圭人はもう食べたの?」

「味見はした。食べられないほど不味くはないけど、味はそこまで期待しないで欲しいかな」


 巴がスプーンで料理を掬い取り、口元に持って行ったところで止まる。


「分かった、サラマンダーのミルクを使ったのね」


 巴はサラマンダーのミルクからする発酵臭で気がついたのだろう。


「その通り。作り方としてはミルクに卵を溶いているからプリンに近いのだけど、味付けは塩なので茶碗蒸しかな」


 圭人の説明を聞いた巴は一口食べる。


「なんというか、匂いが微妙ね」

「成功とは言い難いか」

「そうね……」


 巴が二口目を食べながら悩んでいる。


 圭人も一口食べてみる。

 微妙にサラマンダーのミルクから独特な発酵臭がして、口に入れた瞬間が美味しいとは言い難い。味はそこまで悪くないのだが、茶碗蒸しを超えているかと言われると微妙なところ。

 匂いに関しては、サラマンダーのチーズでは匂いが消えていたため、なんらかの方法で匂いが消せるのかもしれない。


「旨み成分が全て別のものを混ぜたらどうなるか試したかったんだけど、それ以前の問題かな」

「味はそう悪くはないと思う……」

「チーズの時とは違って、旨み成分の相乗効果が起きているようには感じられないんだよね」

「確かにチーズの時よりは美味しいくないかも」


 圭人がホーマーに試食させてもらった、サラマンダーのチーズと別のチーズを一緒に食べた時の美味しさを超えられていない。旨み成分としてはさらに追加されているはずなのに、何か条件があるのかもしれない。

 そもそもミルクを料理に使うのは発酵臭が問題になりそうだ。


「匂いの強い茶碗蒸しって違和感があるから、匂いが強い料理なら気にならないかも?」

「それは確かにあるかも」


 圭人はなんとなく次の試作する方向が決まったように思える。


「ありがとう、参考になった」

「いえいえ」

「お礼は普通のおつまみで」


 圭人が用意したおつまみは、ホーマーからもらったチーズにクラッカーや野菜のスライス。

 散々甘いものを食べた後なこともあり、塩辛いものだけを用意している。


「サラマンダーのチーズを野菜と食べるとカラスミみたいね」

「日本酒の方が良かったかな?」

「他のチーズはスパークリングワインの方が合うと思うから、このままの方がいいかも」


 圭人と巴はつまみのチーズを食べながらスパークリングワインを飲む。


「巴」


 圭人が真面目な表情で巴を呼ぶ。

 圭人には今話しておきたいことがあった。


「どうしたの?」

「以前に話した料理修行なんだけど、フランスに行くのはやめようと思う」


 圭人は琥珀に連れられてクルガルに行ってから、ずっとフランス行きについて悩んでいた。今まで考え続けた結果、圭人なりに答えが出た。


「理由を聞いてもいい?」


 巴がグラスを置いて、真剣な表情で圭人を見つめる。


「クルガルでの体験は、フランスに修行に行くよりも料理の幅を広げられると感じた。同時にクルガルの食材を使い、自分なりの料理作りたいと思ったんだ」


 クルガルという未知の世界は圭人の創造意欲を大いに掻き立てた。

 世界を知り創作意欲を向上させるのは、料理の師匠たちが圭人に求めていたもの。料理の修行先は別にフランスに限定していたわけではない。

 圭人は師匠たちの意図を理解して、クルガルで修行することに決めた。


「誰かが決めたことではなく、圭人が決めたのなら応援する」


 巴が笑顔で頷く。

 圭人は巴から応援すると言われ安心する。


「巴はフランス行きじゃなくて良かった?」

「あたしもクルガルに行くのは楽しかったから反対はしないわ」


 圭人がクルガルを楽しんでいたように、巴もクルガルを楽しんでいたようだ。


「それに、お別れになってしまうと、セレナとパムが悲しんだと思うから良かったと思うの」

「そうだね。二人と仲良くなったところだったから、すぐにお別れは寂しいね」


 圭人の料理修行は長期を予定しており、数年は帰ってこない予定だった。

 圭人と巴がフランスに行った場合、クルガルと繋がる銅鏡が日本にある以上、クルガルに行くのは不可能。圭人は二度と日本に帰ってくこないつもりで修行に行くわけではないが、日本とフランスの距離は遠く簡単に帰ってこられる距離ではない。

 数年はセレナとパムには簡単に会えなくなる。

 もっとも、圭人はフランスでの修行はやめることにしたため、圭人と巴がセレナとパムに会えなくなる心配は必要ない。


「アダンさんにフランスでの修行をやめるって謝らないとな」

「圭人、フランス行きを断る理由どうするの?」


 圭人は巴に言われてやめる理由を話せないことに気づく。


「クルガルのことを説明できないし、どうしようか……」


 圭人は料理の師匠であるアダンに、クルガルのことを説明しないで断るのはなかなか骨が折れそうだと悩む。修行先に話をする前ならいいが、話をすでに進めている場合は断るのに理由が必要になる。


「圭人、弟子を理由に断れない?」

「弟子?」


 巴は道場に弟子がいるが、圭人には弟子と呼べる人はいない。


「パムは圭人の弟子でしょ」

「え?」


 圭人はパムに何かを教えただろうかと考える。


「パムはこれからも圭人に料理を教わりたいと思う」

「ああ、料理の弟子って意味か」

「そうそう」


 パムは料理の覚えがよく、楽しそうに料理を作っていた。

 魔法使いの卵であるパムがプロの料理人になることはないかもしれないが、別に料理人にならなければ弟子になれないわけではない。


「全ての理由を弟子にするのは難しいと思うけど、理由の一つにはなりそうじゃない?」

「確かに」


 それだけではフランスに行くのをやめる理由にはならなそうだが、複数ある理由の一つであれば使えそうに圭人も思う。


「あたしもクルガルに行きたいから、理由を一緒に考えましょ」


 圭人と巴は再びクルガルに行くため、フランス行きを断る理由を考える。


「あ、そうだ。プロポーズはまた今度してね」

「今度は琥珀様に邪魔されないようにするよ」

「それは重要ね」


 圭人と巴は二人で笑う。



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鏡でまじわる異世界キッチン 〜料理修行をするため世界を回るはずが、神様に連れられ異世界に〜 は区切りがつきましたので完結とします。ありがとうございました。

次作のファンタジー小説も執筆中です。

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鏡でまじわる異世界キッチン 〜料理修行をするため世界を回るはずが、神様に連れられ異世界に〜 Ruqu Shimosaka @RuquShimosaka

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