第6話 女装バレ

「あのっ、少し話があるのですが――」

「……ッ!?」


 不意を突かれ、反応が遅れてしまった。

 俺が自室でいかがわしいことをしていたら、どうしたのか。

 あれだけ強調していたにも関わらず、危機感が足りない彼女の行動に、俺も思考が追い付いていなかった。


「…………え?」


 俺を見て、目を丸くする蛍火。なぜ? とは言うまでもない。

 俺は今、女装をしているのだ……まさかこんなに早く、秘密がバレるとは思わず、俺も動揺して息を詰まらせた。


「あの、どちら様ですか?」


 しかし、彼女は取り繕うように猫を被り、丁寧な口調で俺に向き直る。

 もしかすると、これは――俺が女装していると気付いていない?

 確かめる為に、声のトーンを高くして、女性の声を作ってみる。


「えっとその……」

「なっ、まさか……あの男に軟禁されているのですか?」

「???」


 やはり俺だと気付いている様子はない。

 とはいえ、妙な勘繰りをされている。蛍火の中で、俺の評判がどんどん下がっていく。


「ち、違う……よ?」

「怖がらなくても大丈夫です。あと私に任せてください。パパならきっと助けてくれます」


 勘違いが収まる気配がない。彼女はスマホを取り出し、父親に連絡をしようとする。

 不味い状況だ。俺はこれを大事にしたくない。

 とっさに彼女の操作を止め、地声を発する。


「待て待て、俺だよ。誤解だ!」

「えっ……? えっ……? えっ……?」


 蛍火は三度俺の顔を見直した。

 女の子の顔から、男の声が聞こえたのだから、戸惑っているのかもしれない。

 彼女のこんなに驚く姿は、どこか新鮮だった。


「……まさか、でも……そ、そんな馬鹿な!?」

「驚かせるつもりはなかったんだ。ただ話すタイミングは慎重にしたくて」


 女装する以前から俺は嫌われていたからから、もはや女装がバレたところで、そこまで俺は意外と平静だった。

 これ以上気持ち悪いと思われても、そう印象は変わらないだろう。

 そう考えていたものの、彼女の応対は思っていたものと違った。


「たしかに驚きましたけど……すみません。少し冷静になりたいので待ってください。すぅー……はぁー……」


 深呼吸を終えた彼女は、再び俺の顔をじーっと見つめる。

 さっきまでの蛍火は俺の顔を見ているようで、微妙に見ていなかったから、そんなに見られると少し恥ずかしい。


「どうしてそんなに……かわいいんですか? 本当は女子だったんですか?」

「いや、生来の性別は男だよ」

「……うぐっ」


 男であると強調すると、彼女は唸った。

 やはり男は嫌い……そこは変わらないようだ。

 逆説的に考えれば、女装している状態では、そこまで反応が悪くないということだ。


「というか、男の部屋なんだし……今度から部屋に入る時は、ノックをしてくれないか?」

「……それは、その通りです」


 これは本当に……何か間違いがあっても、おかしくないことだ。

 彼女にも、意外と抜けているところがあるということだろうか。


「落ち着いたか?」

「ええ、とても信じがたいことでしたが……まあ」


 これが彼女の素の反応なのだろうか。

 目を合わせたまま、蛍火はゆっくりとこちらに寄り、自然と距離が近くなる。


「気持ち悪く……ないか?」

「あくまで気持ち悪いのは男の方のあなたです。女の子になったあなたに、嫌悪感は生まれないです」

「まるで性転換しているように言っているが、身体は男のままだからな?」

「………………」


 信じられない、という表情をする蛍火。性転換したことにして、無理やり納得しようとした? さすがに無理があると思う。


「なんなんですか、あなた!?」

「蛍火の義理の兄だよ」

「……そっ、そういえば、さっきから私のこと下の名前で呼んでますよね?」

「あっ、悪い。気を付ける」

「別にいいですけど…………あっ、男の姿ではダメです。吐くので」


 やはり男の姿でいる時より、蛍火の態度は丸くなっているように感じる。

 いや本来の方が気持ち悪がられるとは、思ってもみなかったのだが。


「ところで、話があるって何の用だったんだ?」

「えっ……あぁ、その……リビングで倒れた時、言い過ぎたことをお詫びしようと思いまして……」


 マジか……素直に謝罪されるとは思わなかった。

 これも女装しているからだろうか。


「さっきのは、俺の方こそごめん。触って」

「……そういうことでしたら、今回のことはお互い様ということに」

「ああ」


 とんとん拍子に進む会話。まだこれでも。兄妹とは言えない距離感だが、こうして話し合えることは大切だ。


「……その、お願いがあるのですが」

「な、なにかな」

「家にいる間は、できるだけ女装して、声もさっきみたいに変えてくれませんか? 一人称はボクでお願いします」


 お願いと聞いて、なぜか首に冷ややかさを感じた。箸を押し当てられて、要求という名の脅迫をされたことを思い出したのだ。


 俺はまだ、蛍火の百合至上主義を甘く考えていたのかもしれない。

 その考えに至るまで、そう時間はかからなかった。

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女装趣味の俺に、百合至上主義の義妹ができた件 佳奈星 @natuki_akino

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