あくび

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あくび

 日光が瞼を介して目を刺激し、僕は目を覚ます。睡眠の満足感が、普段と比べて妙に少ないように感じ、まさかと思って僕は時計を見た。午前8時。日曜日にしては早すぎる起床時間に驚く。早起きは三文の徳というが、昨日は深夜3時に入眠した今の自分にとって、早起きはむしろ三文のでしかなかった。だから僕は損をした残念な気持ちを抱えていると、布団の外と中の暖かさが著しく違うことに気付き、僕は急いでベッドの中へ潜り込む。その時、損をしたという気持ちは打ち砕かれ、代わりに二度寝することの幸せを抱えているのが分かった。

 僕はこのまままた眠りに就こうとしたが、違和感に気付く。このベッドはダブルベッドで、もう一人、同棲中の彼女が寝ているはずだが、いない。2人分のスペースがあるこのベッドには僕一人だ。彼女はもう起きているのだろうか。そういえば、さっきからずっと換気扇の音が聞こえていた。

 換気扇の音で、彼女が今何をしているのかすぐに分かった。僕は眠いのを少し我慢しながらベッドを出て、キッチンへ向かう。案の定、彼女はキッチンで朝ご飯を作っていた。


「あ、おはよぉ」


 彼女は僕が起きてきたのが少し予想外だったのか、驚いた顔でそう言った。


「おは。早起きなんて珍しいねぇー」

「あんた、アラーム消すの忘れてたでしょ?スマホから爆音で音楽流れてきて、それで起きちゃったのよ。なのにあんたはぐっっすり寝ててさ」

「あ、ごめん!確かに消してなかった」


 全く……と呟きながら、彼女は冷蔵庫から卵を取り出す。

 彼女はアラームで起きてしまってから、二度寝しようにも目が冴えてしまったのだろう。だから朝ご飯を作っているのだ。起こされたにも関わらず、ご飯を作ってくれるとは、僕は本当に良い人を彼女に持っているなとしみじみ思う。このまま突っ立っているか、ベッドに入って二度寝するかで迷っていたが、どちらも申し訳なく思ったので、僕もキッチンに入る。


「何か手伝うことある?」

「あー、ご飯炊けたから茶碗によそっといてくれない?」

「おっけ」


 手を洗った僕は、棚から茶碗2つと引き出しからしゃもじを取り出して、この量は1合分かぁなどと思いながら、炊飯器の中の白米をかき混ぜてから茶碗によそった。その間、彼女はせっせと卵焼きを作ったり、鍋に味噌を溶かしてみそ汁を作ったりしていた。白米を茶碗によそうだけで良いのかと疑問になりつつも、よそった白米を食卓に並べる。

 間もなくして食卓にみそ汁、卵焼き、焼いたソーセージも並ぶ。


「はい、完成!一番シンプルなやつだけど」


 全てを食卓に並べ終えた彼女が言う。僕はフォローするように「朝飯はこういうのでいいんだよ」と言ったが、起こした分際が何を言っているんだと、自己反省をする。彼女もこれには苦笑いしかできなかったが、それでも「そうね」と共感はしてくれた。


「いただきます」

「いただきます」


 僕は焼いたソーセージを、彼女はみそ汁を、最初に口に運んだ。それらは料理初心者でも作れる簡単な料理でしかないが、それでも料理上手な彼女が作る料理の美味さがあった。隣で見ていたが、特別な味付けはしていなかったはずだ。誰が焼いても、誰が作っても同じになる料理のはずなのに、僕は彼女の料理にしか出ない味を感じた。


「美味い」


 そっと僕は呟く。彼女は笑顔になって喜んだ。

 白米を食べても、みそ汁を飲んでも、卵焼きを食べても、ソーセージを食べても、彼女が本当に優秀であることを僕は感じずにはいられなかった。アラームを消し忘れて迷惑をかけたことも手伝い、失敗が多くてカッコ悪いとこがある自分は彼女と比べてどうだと、心を曇らせてしまう程で、何故目の前にいる彼女がまだ自分の目の前にいてくれているのか、何故何十億人もいる男の中で自分を選んでくれたのか、それが知りたくなった。今まで何度かその理由を教えてくれて、決して忘れてしまったわけではないが、僕は改めてその理由が知りたくなった。


「ねえ」

「えっ!?あ、どしたの」


 彼女に声をかけられて我に返る。


「いや、茶碗持ってるのにずっと食べないまま私のご飯見てたから、どうしたのかなって」

「あぁ、ごめん。何でもない」

「……そう、なら良いけど」


 彼女に言われ、僕は茶碗の白米をガツガツと食べた。

 本当は何でもなくはなかった。僕を振らずにずっと一緒にいてくれる理由が知りたかった。でも、それを聞くのももう二度や三度のことではない。今ここで聞いても、彼女は「また?」とあきれて言うだけに決まってる。けれども、僕は理由を聞きたくて仕方がなかった。


「あのさ」

「ん?」

「どうして、僕を選んでくれたの?」

「えぇ?急にどうしたの?」

「……起こされたっていうのに、わざわざこんなにちゃんとした朝ご飯作ってくれる君はほんとに優秀だなって思ったんだけど、それに対して自分はって、どう考えても君と僕は釣り合ってないのにって、そう思い込んじゃって」


 僕がそう言うと、彼女は呆れて出た笑いを少し含めた溜め息を吐いて、箸を置いた。


「前も言ったことだから覚えてくれてるとは思うけど、もう一回言うね」

「うん」


「あなたと出会った時、私は本当にダメダメな人だったの、覚えてるでしょ?そんな自分を助けてくれたのがあなたで、その時私、なんて優秀でかっこいい人なんだろうって思ったの。でもあなたは意外と抜けてるところもあって、私はそのサポートなら頑張れるって思ったんだよ。だから、私があなたにとって優秀なのは、あなたが私にとって優秀だからなのよ?」


 彼女は僕を手を両手で触れて言っていた。

 確かに何度も言われた事だった。それを言うだろうと、僕は思っていた。だが、それでも彼女のその言葉1つ1つに僕は動かされた。はははと笑った僕に、彼女はふふふと笑った。

 僕らはまた朝ご飯を食べ進め、いただきますから20分で食べ終えた。シンクに食器を全て片し、僕らはそれぞれ自分の時間を過ごす。時計はもう8時を超えていて、普段の日曜日ならまだ寝ている時間であることに気付くと、途端に眠くなり、僕はふわ~~とあくびをした。


 あくびで涙が出る。手の甲で涙を拭き取ると、目の前で彼女がふわ~~とあくびをしていた。


 あくびをした僕らは目が合う。彼女は僕につられてあくびをしたのだろうか。あくびがうつるのは、その相手に対する共感や関心がベースにあるからと、どこかで聞いたことがある。思わず、僕らは笑いあった。思わず、僕らはお互いをまた一歩好きになった。




【完】

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