第2話 雪畑所

 数学書を祖父から譲り受けた革の鞄に片付けて、雪畑が言っていた住所に向かって見ることにした。店を出ようとしたところで、マスターが小さくした地図を渡してくれた。


「わかりにくいからな」

「ありがとう」

「それと」


 マスターはあわてて言った。


「あいつのところに行くなら、これを分けてやってくれ」


 マスターは袋を渡してきた。その中にはパンやミルクが入っていた。私はそれをしかと受け取って、ほんとうに店の外に出た。この「カナリア」という店はあんまり人が来ることはないが、私のような物静かな雰囲気の好きな人間は足繁く通っていて、それこそ根が張るくらい居座るのだが、マスターは、善良な男のために、何も言わなかった。だから、私も洋食の皿のひとつも頼まないで、いつまでも本ひとつ読むために居座っていた。


 どうやら雪畑という男はそういう人間に言いつけをする為に度々この店に現れているらしい。これはなにか怪しい仕事をしているに違いないぞ、と私の中の名探偵が唸った。きっと詐欺師をしているに違いない。


 私は地図の赤いラインに沿って、街を歩いた。あまり来たことのない通りに出ると、雑貨店があって、そこの店主に話を聞いて、「雪畑」の名を出すと、「家の2階だよ」と言って、「事務所の扉」を紹介してくれた。扉には「雪畑所」という文字があって、稚拙な雪だるまの絵もあった。


 その扉を開けると、「ゆきはたさんへ ありがとう!」という子供の文字と、あの青年を描いたのであろう絵が額縁に入れて飾ってあった。その額縁の少し下には美術館の様にキャプションプレートがあって、達筆な文字で「盛岡城西小学校1年生の子どもたちより 秋の焼き芋まつりを手伝った際に」と書かれていた。


 そして、首を回してから、その先を見ると、広くて短い廊下と扉があり、その扉を少し開けると、雑貨店の内が見えた。扉を閉めて、さらに奥にある階段を見る。階段にはちらほらとくしゃくしゃになった段ボール箱が見つかった。それには手帳が乱雑に詰め込まれている。


「雪畑さん! 雪畑さん、来たぞ!」

「おお~。来てくれたかい」


 階段をのぼりきると、緑色の扉があり、そこを押し開けると、埃っぽい怪しい雰囲気を放つ事務所があった。その部屋の隅の作業机で、あの白髪の青年がこちらに手招きをしている。コートをそこにあった椅子にかけて、顕微鏡を覗かせてもらった。


「これはなんだかわかるか?」


 頭の後ろで青年が言う。


「なにかの燃料に思えるが。石油ではないのか?」

「君にもそう見えるか。ありがとう」


 雪畑は私に2000円を渡すと、「そうだよなぁ」と難しそうな顔で言った。


「これが一体どうしたんだ?」

「これは、ある殺された婦人の心臓から発見されたものだ」


 意外な言葉に、私は驚愕した。


「驚きだろう。普通、心臓に石油なんて入るわけがないからな。しかし、これは真実だ。そして、真実っていうのは意外とクソッタレだ。この『心臓から石油が発見される』という事件は4件相次いでいて、俺はこの怪事件に対し、盛岡県警から『怪異かもしれないから解決してくれ』と頼まれた。警察は怪異に対抗する手段を持たないからね」


 そこで、雪畑の職業を知ることになった。


「俺は怪異退治の専門家だ。怪しいと思うだろうが、それは仕方のないことだ。怪異なんていうのはこの目で見なければ信用のひとつも出来やしない」

「霊感商法か?」


 私は正直に突きつけた。


「思われても仕方がない」


 彼はそうとしか言えないらしかった。難しい顔をしながら、「仕方ないんだなぁ」と言った。

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雪畑と云う男 這吹万理 @xxx_neo

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