一日博物館でカバが走る

紅戸ベニ

第1話(完結)


 ――学校に「一日博物館」が来る!

 田舎の、小中学校をまとめて十五名の学校に、移動式の博物館がやってくることになりました。

 コノマ先生は十五名に説明します。

「すごいのはないけど! でも備前長船は展示されるって」

「なにそれ? 戦闘中に使うと炎とか出るやつ?」

 児童生徒は、ゲームのアイテムと区別がつかないまま盛り上がっています。

 コノマ先生は社会科の教員。背は大人の男にしては低い。丸い瓶底めがね。髪の毛はいつもボサボサ。趣味は夜中に一人でゲームをすること。あまり人気はありません。

 中学生の川名セアサ、菱田レコの二人は「おまじないあそび」のいたずらを相談しています。

「サービス終了したときにもらったレア呪文、あれ試してみようよ。カメが生き返ったっていう都市伝説あったよね」

「むひー、なんだっけ。ドラゴン復活の呪文? 手に入れたところでサ終しちゃったよね、残念だったわ」

「それそれ。材料はドラゴンの骨、五十キロの生肉、あとハーブ、魔法陣がわりのスマホ」

「リアルでやるってこと? ハーブはともかく生肉ないよ?」

「いいんだよ、雰囲気で。カルパス持ってく?」

「うん。じゃあカルパスで」

 一日博物館のトラックとバスが到着しました。スタッフが学校の庭に大きなテントを設営しています。開演は明日。どうやら大テントの中にお化け屋敷みたいな順路型の展示をするみたいです。

 コノマ先生が設営を手伝っていました。

「ひとつ残らず見せるには順路型がいいってことですねえ」

 とスタッフと会話しています。

 二人はテントをぐるっと回って裏手に移動しました。荷物がたくさん置かれている中に、大きな骨がありました。

「セアサ、見て。骨あったよ。なんだこれ、ほんとにドラゴン?」

 表示を見ました。カバの標本なのだそうです。

 二人はまわりに人がいないことを見て、スマホを置いて呪文を唱えました。

 骨が、消えました。

「なに? あんな大きい骨が消えた? レコ、骨どこいったかわかる?」

 セアサが呼びかけたとき、レコの声がありません。姿もありません。レコは消えてしまいました。

 つぎの瞬間、セアサの姿も消えました。

 夜中の学校に「彷徨ほうこうするカバ」という怪異が出現したのはその日のことでした。

 設営スタッフが、夜の廊下を走り回るカバを見つけたのです。そして声も聞きました。

「こんな……姿……生きられない……屋上……」

 カバは人の声でしゃべっていたと言います。そして学校のドアを体当たりで壊して上に上にと突進していきます。

 校舎に百人以上の子どもがいたころ、たくさんの足音が廊下に響いていたことでしょう。今は一匹のカバの駆ける音です。

 三階から屋上に出るとき、下手な口笛とともに、一人の男が立ちはだかりました。

「カッターシャツマン、登場。若者を救うぞ!」

 目出し帽を覆面にしたカッターシャツの男が、カバに飛びかかりました。そして跳ね飛ばされました。

 消火器に頭をぶつけて動かなくなった男。カバは屋上に出ました。

 カバは屋上から「死んでやるーっ」と叫んで空中に飛び出しました。

 後ろから同じように空に飛び出した者がいます。

「カッターシャツマン、ジャンプ! 君たち、ソシャゲを最後までクリアしなかっただろう。元に戻る呪文を知らないんだな」

 彼は自分のスマホをカバの前にかざします。カバは暴れて、カッターシャツをびりびりに引き裂いてしまいました。けれどもスマホがピカーっと光を放つと、動きが止まります。

 真夜中の校庭に、二人の女子中学生と、一人の男が降り立ちました。満月の青い光に照らされて、二人を抱きかかえた男がドンと両足で着地して、そして「グギッ」となにかが砕ける音がしました。

「クリア報酬の超人化って、ほとんどウソじゃないか、これ……」

 男は片足を骨折し、ケンケンの動きで去っていきました。

 翌日。一日博物館が校庭で開催されました。

「コノマ先生、ジャージ姿で松葉杖? ダサッ」

 と児童生徒に言われながら、コノマ先生は入り口でパンフ配りを手伝っています。地域の大人もやってきて、小さな町にしては大賑わい。大成功です。

 展示を見終わったセアサとレコは缶ジュースをコノマ先生に差し入れました。

「ん? 君たちにおごってもらう理由はないけど……」

 と言う先生を二人は「いいからいいから」とジュースを押し付けて「さよなら」と言い、数歩はなれたところで振り返り、二人でぺこりとおじぎをしてから帰りました。

 二人はそれからずっとお守りにして大切に持っています。あの夜びりびりに破れてしまった彼女たちのヒーローのカッターシャツの切れ端を。

 

 おわり

 

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