おバカな校長と魔物

緋色 刹那

👴❓😈

平野ひらの先生。あのキノコ、食べられるかなぁ?」

 背後から声がする。平野は足を止めない。


「あれは毒キノコです。食べられません」

「そっかー」


 少し歩くと、また声がする。

「平野先生、おんぶしてー」


 平野は止まらない。

「もうすぐ頂上ですから、がんばってください」


 声は懲りずに、平野に話しかける。

「平野先生、トイレー」

 平野は耐えかね、叱った。


「いい加減にしてください、! 生徒の前ですよ!」

 怒りの矛先は、「ちべたーい」と小川をゴロゴロ転がっている。それを子ども達が冷めた目で見ていた。


「平気だよ、先生。僕たち、慣れてるから」

「ああいうの、はんめんきょーしっていうんでしょ? マネしたいとも思わないよ」

「ほんとバカだよね、校長」

「……校長先生をバカと呼んではいけません」


「バカでしょ」

「バカだよ」

(バカだよなぁ……)

 生徒は即答する。平野には返す言葉がなかった。


 阿呆鳥あほうどり小学校三年生は大墓おおはか山へ遠足に来ていた。引率は平野を含む三年生の担任、学年主任、保健医、そして校長。


 この校長がやっかいだった。「親のコネがなければ、校長どころか教師にすらなれていない」とウワサされるほどのバカで、目を離すと何をしでかすか分からないのだ。

 見た目は白髪頭のれっきとした大人だが、平野の目には時々、校長がちんまい幼稚園児のように見えるときがあった。


 今日の遠足も校長ではなく、優秀な教頭に来て欲しかった。平野は直々に教頭に頼みこんだが、「校長が引率すると無事に帰ってこられるんだよ」と笑顔で断られた。

 帰る頃にはストレスで胃がやられそうだ、と平野は憂鬱ゆううつな気分で山に登った。


「先生、あそこ何?」

 生徒の一人が、林に隠れた小さな洞窟を指差した。真っ暗で、入口をしめ縄で塞がれている。縄は劣化し、今にも千切れそうだ。


 平野の顔がこわばる。

 事前に調べた。あの洞窟には危険な魔物が封じられているらしい。あくまで伝説だが、実際に洞窟を探検しに行った子供が何人も行方不明になっていた。


 平野は生徒を不安にさせないよう、笑顔で答えた。

「あそこは危ない場所だから、絶対に入っちゃいけないよ。みんなも近づかないように!」

「はーい!」


 素直に返事をする生徒。

 一方、校長はボロボロのしめ縄を前にうずうずしている。


 ついには、「どぅーん!」としめ縄に向かってダイブした。しめ縄はあっさり切れ、校長は地面に倒れた。


「校長、何をやっているんですか! たった今、生徒に注意したばかりなのに!」

「だって……人生で一度でいいから、一着でゴールテープを切ってみたかったんだもん」

「それ、しめ縄! 人生で一度でも切っちゃいけないゴールテープ!」


「先生! なんか煙が出てきたよ!」

 生徒の一人が洞窟の奥を指差す。禍々しい煙が立ち込め、二つの赤い光が目のように浮かんでいた。


『愚かな人間よ、よくぞ我が封印を解いてくれた』

「わーい褒められたー!」

 校長が呑気に喜ぶ。煙は校長をあざ笑うように、赤い光を細めた。

『褒美に、我が依代となる栄誉を与えよう』

「よりしろ?」


 ヒュンと、煙が校長の体に入る。それまでぽへーとバカ面を晒していた校長が、邪悪に笑った。


「さぁて、どの子供から食ってやろうか?」

 値踏みするように生徒を見回し、ジリジリと近づく。いつもとは違う校長に生徒も異変を感じ、平野の背後へ隠れる。


 平野は生徒の盾となり、校長に取り憑いた魔物を睨みつけた。

 他の教師は別ルートで登っている。生徒を守れるのは平野しかいない。


「やめろ! 生徒に手を出すな!」

「クックック、お前一人に何が」

 そのとき、校長の顔が邪悪なまま、幼稚園児になった。


「わーいお花だー!」

「は?」

 校長に取り憑いた魔物は足元に咲く花々に夢中になる。


「あ! ちょうちょが飛んでる! 待て待てー!」

「お、おい」

 さらに頭上を飛ぶ蝶々を見つけると、きゃっきゃと楽しそうに追った。戻ってきた魔物は元の邪悪な顔に戻っていたが、苦しそうに頭を抱えていた。


「こ、校長?」

「うぐぐ! 頭が……頭がバカになる! た、助け……バカになりたくない……!」


 ぽふっと、校長の口から煙が抜け出る。煙は逃げるように洞窟の奥へ飛び去った。

 校長は起き上がるなり、不思議そうに周りを見回した。


「お? もう頂上? 思ったより低いねぇ」

「校長! 元に戻ったんですか!」

「なんのこと? それよりお昼にしよ! 僕ねぇ、おにぎり持ってきたんだよ。どの具を入れるか迷って、全部入れちゃった! 平野先生も食べる? 梅納豆ツナマヨおかか昆布チョコおにぎり」

「遠慮します」


 生徒が校長のもとへ集まり、「校長先生、ずっとおバカでいてね」と励ます。

 その遠足以来、洞窟で子供が行方不明になることはなくなった。かわりに、「洞窟にはおバカな魔物が住んでいる」というウワサが広まった。

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