おバカな校長と魔物
緋色 刹那
👴❓😈
「
背後から声がする。平野は足を止めない。
「あれは毒キノコです。食べられません」
「そっかー」
少し歩くと、また声がする。
「平野先生、おんぶしてー」
平野は止まらない。
「もうすぐ頂上ですから、がんばってください」
声は懲りずに、平野に話しかける。
「平野先生、トイレー」
平野は耐えかね、叱った。
「いい加減にしてください、校長! 生徒の前ですよ!」
怒りの矛先は、「ちべたーい」と小川をゴロゴロ転がっている。それを子ども達が冷めた目で見ていた。
「平気だよ、先生。僕たち、慣れてるから」
「ああいうの、はんめんきょーしっていうんでしょ? マネしたいとも思わないよ」
「ほんとバカだよね、校長」
「……校長先生をバカと呼んではいけません」
「バカでしょ」
「バカだよ」
(バカだよなぁ……)
生徒は即答する。平野には返す言葉がなかった。
この校長がやっかいだった。「親のコネがなければ、校長どころか教師にすらなれていない」とウワサされるほどのバカで、目を離すと何をしでかすか分からないのだ。
見た目は白髪頭のれっきとした大人だが、平野の目には時々、校長がちんまい幼稚園児のように見えるときがあった。
今日の遠足も校長ではなく、優秀な教頭に来て欲しかった。平野は直々に教頭に頼みこんだが、「校長が引率すると無事に帰ってこられるんだよ」と笑顔で断られた。
帰る頃にはストレスで胃がやられそうだ、と平野は
「先生、あそこ何?」
生徒の一人が、林に隠れた小さな洞窟を指差した。真っ暗で、入口をしめ縄で塞がれている。縄は劣化し、今にも千切れそうだ。
平野の顔がこわばる。
事前に調べた。あの洞窟には危険な魔物が封じられているらしい。あくまで伝説だが、実際に洞窟を探検しに行った子供が何人も行方不明になっていた。
平野は生徒を不安にさせないよう、笑顔で答えた。
「あそこは危ない場所だから、絶対に入っちゃいけないよ。みんなも近づかないように!」
「はーい!」
素直に返事をする生徒。
一方、校長はボロボロのしめ縄を前にうずうずしている。
ついには、「どぅーん!」としめ縄に向かってダイブした。しめ縄はあっさり切れ、校長は地面に倒れた。
「校長、何をやっているんですか! たった今、生徒に注意したばかりなのに!」
「だって……人生で一度でいいから、一着でゴールテープを切ってみたかったんだもん」
「それ、しめ縄! 人生で一度でも切っちゃいけないゴールテープ!」
「先生! なんか煙が出てきたよ!」
生徒の一人が洞窟の奥を指差す。禍々しい煙が立ち込め、二つの赤い光が目のように浮かんでいた。
『愚かな人間よ、よくぞ我が封印を解いてくれた』
「わーい褒められたー!」
校長が呑気に喜ぶ。煙は校長をあざ笑うように、赤い光を細めた。
『褒美に、我が依代となる栄誉を与えよう』
「よりしろ?」
ヒュンと、煙が校長の体に入る。それまでぽへーとバカ面を晒していた校長が、邪悪に笑った。
「さぁて、どの子供から食ってやろうか?」
値踏みするように生徒を見回し、ジリジリと近づく。いつもとは違う校長に生徒も異変を感じ、平野の背後へ隠れる。
平野は生徒の盾となり、校長に取り憑いた魔物を睨みつけた。
他の教師は別ルートで登っている。生徒を守れるのは平野しかいない。
「やめろ! 生徒に手を出すな!」
「クックック、お前一人に何が」
そのとき、校長の顔が邪悪なまま、幼稚園児になった。
「わーいお花だー!」
「は?」
校長に取り憑いた魔物は足元に咲く花々に夢中になる。
「あ! ちょうちょが飛んでる! 待て待てー!」
「お、おい」
さらに頭上を飛ぶ蝶々を見つけると、きゃっきゃと楽しそうに追った。戻ってきた魔物は元の邪悪な顔に戻っていたが、苦しそうに頭を抱えていた。
「こ、校長?」
「うぐぐ! 頭が……頭がバカになる! た、助け……バカになりたくない……!」
ぽふっと、校長の口から煙が抜け出る。煙は逃げるように洞窟の奥へ飛び去った。
校長は起き上がるなり、不思議そうに周りを見回した。
「お? もう頂上? 思ったより低いねぇ」
「校長! 元に戻ったんですか!」
「なんのこと? それよりお昼にしよ! 僕ねぇ、おにぎり持ってきたんだよ。どの具を入れるか迷って、全部入れちゃった! 平野先生も食べる? 梅納豆ツナマヨおかか昆布チョコおにぎり」
「遠慮します」
生徒が校長のもとへ集まり、「校長先生、ずっとおバカでいてね」と励ます。
その遠足以来、洞窟で子供が行方不明になることはなくなった。かわりに、「洞窟にはおバカな魔物が住んでいる」というウワサが広まった。
おバカな校長と魔物 緋色 刹那 @kodiacbear
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