後編
約束の二年より早くに屋敷の整理がついて国に引き渡されることとなった。アントンたちと一緒に、共和国にある事業の本拠地に行ったが、本部の建物ではなく、従業員の建物でもなく、近くにある広い屋敷の部屋を宛がわれる。
私が共和国に行くと言うと屋敷にいたメイドも一緒に行くというので、そのまま連れて行くことにした。
「ヘレナ、昼食を食べに行こう」
仕事の手伝いをして合間に食事に誘われる。
「夜会の招待がきたんだ。こちらの知り合いは男ばかりだし、君にパートナーを頼んでもいいかな」
「わたくしでよろしいの?」
「ああ、君にドレスを贈ろう。君に似合う色があるんだ」
アントンが楽しそうに言う。
彼が贈ってくれたのは碧い色調の織り柄のあるシルク地で仕立てたドレスで、地味なようで細かい宝石がちりばめられた意匠は、シャンデリアにキラキラ輝いて夜会に映えるだろう。それにダークブロンドに色白の肌の私に非常に似合っている。
「不思議だ、君が貴婦人に見える」
ドレスを着た私を見て開口一番アントンがポロンと言葉を落す。
「さようですの」
「そんな風に笑うと貴婦人そのものだな」
(王妃の役くらい出来ますわよ。王子には逃げられましたけれど)
「行こうか、君に似つかわしい場所に」
私の手を取ってエスコートするアントンもただの事務官には見えない。
こちらの国は共和国なので私の知り合いが居ない。目立つ妹の影に隠れて私は目立たなかったし、夜会にもドレスを奪われると出ようという気も起きないし。
今は妹がいなくて苦虫を噛み潰したような顔をしなくて済むし、レディ扱いをされると普通に嬉しい。笑顔も惜しみなく零れる。
それにエスコートをしてくれる彼が本当に楽しそうに側に居てくれる。話も弾むし、ダンスも上手いし。ただの事務官じゃないのかなとは何度も思ったけれど、それは今は考えないことにする。
◇◇
そんなある日、旦那様が急死したと知らせが届いた。お若い愛人と過ごしていて心臓が悲鳴を上げたそうだ。もしかして腹上死ではないだろうか。おお。
事務官アントンの執務室に行くと彼も電報を受け取っていた。
「僕はちょっと家に帰らないと」
「わたくしも」
「どちらに? 途中まで送るが」
「シュロス・ザンクト・カタリナかしら」
そこは国から前の屋敷の代わりにラモラル侯爵家に下げ渡された寺院で、修道院であり住居であり宮殿であり大聖堂もある。
「おう、なんてことだ」
アントンが口元を押さえて驚きの声を上げる。
「あの……」
どうしたんだろう。
「父が死んだ。若い愛人と一緒で──」
「いやね、同じだわ。夫が愛人と一緒の時に──」
「おう」
「なんてこと」
二人共勘違いをしていたことに気が付く。いや、何となく悪い予感がしてお互いにはっきりと聞くことを避けていた。
「あなたが旦那様の跡取り息子?」
「君が父の若い結婚相手?」
普通であれば対立関係になる。ことに大金持ちの家ではお家騒動のもとだ。
だが驚いている暇はない。私たちは葬儀に後片付けにと忙殺された。夫の突然の死は噂になったが、死にようがアレなので余計な嫌疑はかからなかった。
勝手知ったる何とやらというか、アントンと私のコンビは名コンビといえた。
亡き夫の葬儀を盛大に行うと終わりだ。
そんな時に、王妃となった妹がエーデンブルク国王と一緒に葬儀に来た。
私とアントンが一緒に出迎えると妹は瞳を瞬く。
「まあ、お姉様。こちらどなた?」
「私の息子ですわ」
「まあ」
妹の顔つきが変わる。獲物を見つけた魔獣のように。顔がいい男の絵を臆面もなくコレクションしているような妹だ。この息子は顔がいい。おまけに物凄い資産家だ。彼も奪われるのかしら。何もかも奪われてまた私はひとりぽっち。
どうしたんだろう。とても嫌だ。そして、とても悲しい。
夫の残した沢山の遺産、子供や妾や何やかやも片付け終わると、亡き人の嫡男であるアントンと未亡人の私、そして莫大な遺産が残った。
私はアントンに旦那様との結婚の事情を説明して、幾許かの財産を頂いたらどこかに行くつもりだ。お家騒動なんかにするつもりはないし、こんなに情が移って彼の側になんかいられない。
葬儀が終わって誰もいない閑散とした、故人の屋敷を当てもなく歩く。ひとりでいるのは嫌でじっとしていられない。
ウロウロと歩いていると回り階段を見つけた。この屋敷にもあるのね。そういえば新しい本拠地にも回り階段があった。忙しくてまだ探検していないけれど。
階段を降りると中庭を取り巻く回廊に出る。大理石の柱が並んでいて、庭園には季節の花が咲いていて、真ん中に噴水があって、ここには花のアーチと向こうにガゼボもある。
売り払った前の本拠の屋敷で出会った。彼はぼさぼさの頭で目の下に隈を作っていたけれどとてもハンサムだった。あの時から恋をしていたのかしら。ずっと、とても楽しかったもの。でも私はひとりね。またひとりになってしまうのね。
「ここに居たのか」
アントンが私を探しに来た。
「どうして泣いているんだい」
「妹があなたを奪って行くかと」
「君の妹はエーデンブルク国王と結婚しているんだろう。冗談じゃないよ」
「そうなの……?」
「僕は親父が死んだので、あんたと、ヘレナと結婚できると──、葬式の間中不謹慎な事ばかり考えていた」
「け……」
「アレは昔から異常に若い娘が好きだが僕の父親だ。父は僕にとって反面教師で僕は君のような人が好きだ。本当だ。信じてくれ、君は僕の好みど真ん中だ」
アントンの言う言葉が信じられなくて、上手く頭の中に入らない。目の前にいる彼を見て一番気になることを聞く。
「私の見てくれでよろしいのですか」
「十分可愛いよ」
ポカンと開いた口が塞がらなくて手で口元を押さえる。彼は私の返事で自信を持ったのだろう、嬉しそうに私を抱き寄せる。
「ええと、お幾つでいらっしゃいますの?」
「君よりひとつ上なのかな」
「ああ、そうなのですね。私のような年増に見える者でよろしいの?」
「だから、十分可愛いよ」
話がかみ合っていないような気がするけれど。
「ええと」
「だから、君は十分可愛い」
そう言って彼はキスをくれた。
おしまい
我が儘な妹が何もかも奪っていきます 綾南みか @398Konohana
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