まっぷたつその2
最近のギターはとてもよくできているので、たとえ叩き割ろうと試みるバカがいたとしてもその目論見は潰えることになる。だいたいうまく割れない。ロックバンドのギタリストやギターボーカルが興奮極まって叩きつけて割る姿は昔も今も散見されるが、簡単にやっているように見えるあれは極度の興奮によって人間のリミッターを外しているからできるのであって、普通の人がちょっとした思いつきでやっても、半壊、破損がいいところ。動画を作って投稿している者の多くは事前に傷をつけておき、割れやすくしている。
しかし、「まっぷたつちゃん」にかかればどんなギターでも綺麗にまっぷたつ! 土下座すれば誰でも、ライブの締めに一本まっぷたつにします! お代はギター代のみ! ご連絡お待ちしております!
コマーシャルが打たれた。おい。
「あなたは誰ですか。なぜ我々のスタッフのようなことをしているのですか。雇った覚えないからお賃金はないですよ」
「まっぷたつさん! 初めましてヨコシマと言います! シマウマの逆をいくことがモットーです。ギターをまっぷたつにする前からのお二人のファンでして。勝手に手伝っております」
「いや、だからといって、ギターまっぷたつ推進はどうかと……」
「役所の人にもオーケー貰いましたよ?」
「えっ」
「なにもない街だから人が集まってくれるのは嬉しいって」
「えっ、いやっ、そんなことをして集まってくるのはアホ太郎ばかりだが? この街はそんなに寂れてもないし、栄えてるし、だから路上ライブしてるのに、どうしてかな……ライブ禁止ぐらいは覚悟してたんだけど……役所の人はお疲れなのかな……」
どんなギターでもまっぷたつにできる才能。いらない! そんなもの! できれば楽譜を一目みただけですべて暗譜し、直後に華麗に弾きこなせる才能がよかった。
その日の夜も懲りずにライブを行った。我々の睡眠時間を削って作った曲と歌詞は前座か。メインで聴いてくれ。頼むから。
それから何日も何日もギターが投げ込まれた。ヨコシマのカウントによればこれでもう十四本目である。
その日のアホ太郎ギターは軽かった。ふむ、非常に軽くて安いストラト。割りやすいかも。そう思った我は何を思ったか、ファン大サービスで、ぶんぶんと振り回してからその勢いで振り下ろし、叩き割った。こんの愚行をしたのは歓声に乗せられてしまったからにしよう。我はバンドマンである。歓声は浴びたい。できればギターソロを決めた直後に拍手して欲しい。
勢いよく叩き割ったギターは飛んだ。ギターの本体はくるくると飛んでいき、そして投げ入れた本人の元へ。キャッチ。感動の拍手になった。それは求めていた拍手ではない。なんで。
ライブ後、深夜に始まり翌朝までやっている居酒屋に、お嬢とヨコシマと我で。我は音楽の話をしたかったが、やむを得ずバンドの今後の活動方針を話し合った。我の願いはいつも叶わない。
翌朝。と言っても正午二時間前だが、起きてスマホを見るとヨコシマからメッセージが来ていた。確認すると動画投稿サイトに「全15本! 華麗なるまっぷたつ!」が投稿されていた。なんだこれは。14本ではなかったのか。さらにエスエヌエスでもこれが大いに拡散され、各地でショート動画も作られていた。解せぬ。こんなことをされては黙っていられない。至急、我の一発芸使用料を求める。
大学に行けば、そこでもまったく知らない奴に指をさされた。数は少ないが「まっぷたつちゃんじゃん! 本当にいる! おもろ」などと笑われた。不本意である。
サークルに顔を出せば、さすがに敏感な部員が同期から後輩、先輩まで皆が我を讃えた。なぜ。一年の頃から謎にずっと愛されている気はしていたが。
ひと月に一度校内外でサークルのライブが催されている。校内の講堂とかを借りて。サークル部員の演奏の観衆は我らの同じサークル部員。同じサークルの演奏とは言えさすがに最初から最後まで見るのは疲れるので、観衆として盛り上げる部員は出たり入ったりだった。しかし、どうしてか我の演奏の時は謎に集まっているように思った。めちゃ上手ってわけでもないのに。我はこれを自分が好かれていると勘違いしないようにしていた。勘違いだとしたらとても恥ずかしいので、気のせいということにしていた。しかしもしかしたら気のせいではないかもしれない。そうなら、ありがたい限りだが。こんなチビ放っておけばいいのにとは常々思うけど。我はかまってちゃんでもないし。
サークルの集会終わりにお嬢と話をした。
「今日のライブは予告通りお休みで。ちょっと家族と用事あって」
「構わぬ。多少お小遣いがもらえる催し物に過ぎん。我々は好きにやり、高みを目指しているだけ。平時でも毎日やっているわけでもない。それに、お嬢には申し訳ないことをしている」
「申し訳ない?」
「我のギターまっぷたつの件だ。せっかくのライブが台無しだ。いくらオーディエンスに求められているからと言っても、あれでは本末転倒だ。我はそんなことをしたいがためにお嬢とライブ活動を続けてきたわけではない。変わらずに隣で歌うお嬢に、我は本当に申し訳なくおもう」
「ひいちゃん」
「はい」
「謝ることじゃないよ。ひいちゃんは真面目で素直だから。期待されたら応えたいって思うでしょ。蔑ろにしたくない。音楽も、パフォーマンスも、やりたいことをやればいいと思うよ」
「お嬢。ありがとう」
申し遅れた。我は名を柊という。名字だ。
「実は新曲を書いてきた。なんとか完成させたい」
「もちろん。どんなやつ?」
「仮の歌詞とデモを送る。しばし待たれよ」
ギターまっぷたつ。ギネス記録としてのひとつのライブで破壊されたギターの本数は百四十本だと聞いた。さすがの我もそんなことをしては気がおかしくなるに違いない。できることならギターは大切にしたい。もう壊したくない。人気取りのためでも、観客を喜ばせるためでも、自分のためでも、ギター破壊パフォーマンスはどれにも意味を持たない。そんなに嫌なら辞めればいいのだが、さっさと辞めてしまえばいいのだが、しかし我は弱かった。自分で始めたことに引け目を感じ、一方的に始めたことを唐突に辞めることで嫌われることが怖かった。非難されるのを恐れた。我は怖かったのだ。今さら引き下がれないと思い込み、思い込みじゃないかもしれないと思いたくても、怯えて震えた。決断を先延ばしにずるずると流された結果、辞め時はとうに失っていた。どこかでこの一過性のパフォーマンスなどすぐに飽きられるのではないかと淡い期待を抱いていた。自然消滅してくれればいいのにと思っていた。しかし、予想に反して楽しむ者が後を絶たず、名物になりつつあった。不条理である。
しばらくして新曲が完成した。それまでの間にギターは二本投げ込まれ、二本折っている。心が痛む。すぐにでも逆襲せねば。己との戦いに、無秩序に広まった名物まっぷたつに反抗し、逆襲せねば。我は負けてはならぬ。
決戦の夜。ライブ冒頭、その夜にいつもお嬢が手にしているマイクを我が取った。さすがに注目が集まる。
「これから新曲をやります。全世界、心して聴くように。タイトルは『ギターまっぷたつ』。推して参る」
ギターをひとつかき鳴らす。ロックンロールを、ギターの本来の姿を見せてやる。勘違いするなよ、皆の衆。これが正しい使い方だ。これが正しいギターだ。想定外の音楽でお前らの心をまっぷたつにしてやる。
劇的な終わり方も、感動も、愚民の娯楽に成り下がることも我の人生にはない。これからも音楽を楽しみ、己を磨き、曲を書き上げ、邁進するのみ。だから新曲聴けよ、お前ら。
それでもなお、ここの観衆はどこか一発芸を期待しているのだろうから居た堪れない。やるせない。
不条理である。
故に我今日も投げ込まれたギターをまっぷたつにす。
不条理なるが故に我ギターをまっぷたつにす 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima
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