side⑫ - 8

ひとりで生きていこうと決めた。

幸い、顔の整った母親と恐らく顔の整っていた父親の遺伝子を受け継いで、容姿だけは恵まれた。

時間をかけずに大金を稼ぐ方法、顔を売ればいい。


それから、二見はの家を渡り歩いて夜を凌いだ。女も男も見境なく相手にして、竿を差し出すか、はたまた窄みを差し出すか。どちらにしても、そこには仮初の快楽だけを求めた目合まぐあいがあるだけだった。


そんな日々をひたすら消費していった高三の春。3限目の授業中。担任教師から突然の呼び出しがあった。初めは、自分の行いがついに明るみになったのかなんて思ったが、好奇の目に晒されるのは昔からのことだったので今更どうでもよかった。教室を後にして、教師の言葉を待つ。


「二見、お前のお母さんが倒れて病院に運ばれた」


「えっ......」


一度心臓が止まり、次第にドクドクと脈打った。上手く息が出来ない。もう随分、母親の顔は見ていなかった。


自転車を飛ばして町の病院へ向かう。待合室もナースステーションも通り抜けて、ただひたすら母親のネームプレートを探した。他に患者のいない、

寂しい病室の隅。カーテンに囲まれた真っ白なベッドの上で二見の母親は眠っていた。


「母さん!! 」


二見の声で目を覚ましたようで、うっすらと目を開ける。二見の母親は記憶よりもやせ細り、未だに傷だらけのままだった。


「......あ、れん」


細い声で二見の名前を呼ぶ。たまらず、二見は母親の手を握りしめた。


「どこ行ってたん。お母さん心配してたんやで」


「そんなん、今はどうでもいいやろ! なんで? なんでこんな......」


どうして......俺はちゃんと消えたのに。俺がいなければ幸せになれるはずやろ?!


「苦労ばっかり......させてしまってほんまにごめん」


違う! 俺が苦労させたんや。俺が母さんの幸せ奪ってしまったんや! 心は言葉であふれているのに、なにも口にできない。こぼれる涙で母親の顔が滲んでいく。


「亜蓮、あんたは私みたいになったらあかんよ」


今にも消えてしまいそうな声でそう言って、母親は二見の頬を微かにさすった。


「亜蓮自身を大切にして。わたしの宝物なんやから」


握っていた手が落ちてしまう。


「お母さん疲れたしもう寝るね」二見の母親はその言葉を最後に目を覚ますことはなかった。


ただ、幸せになって欲しかった。

彼女がこの人生に縛られている原因が居なくなればいいのだと思っていた。でも、最後の最後に二見は、母親の全てを奪いきってしまったのだと知った。彼女の宝物、亜蓮自身すらも奪い取ったと。




二見は何度も息を詰まらせながら、己の罪を語った。彼はきっと心にできた大きな傷を、俺に晒けだしている。この傷を抉るも癒すも、俺に委ねられている。出会ってまもない頃は、和也と同じように煌びやかに輝いて見えていた二見。そんな彼が、こんなにも苦しみながら生きている。俺はそれが心底憐れで、心底愛しいと思った。


二見は俺が淹れたコーヒーに口をつけず、

冷めた黒い液体をじっとただ見つめていた。


「ボクは、ボクを大切にできんから」


「誰かにボクを大切にして欲しかった」


ひとりごとを言うように、二見はぽつりと呟いた。

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