オレオレ詐欺
裏道昇
オレオレ詐欺
今から二十年くらい前だったと思う。
思い返せば、いわゆる『オレオレ詐欺』が流行した時期になる。
ちょうど夏休みで、俺は婆ちゃんの家に来ていた。
広い居間で俺が暇を持て余していると、不思議な電話が鳴ったんだ。
みんな出掛けていたから、仕方なく俺が出た。
えーと……アイツは何て言っていたっけ?
当時の俺は小賢しくて、どうにかして犯人の情報を引き出そうとしていた。
そうだそうだ! あの頃は自分のことを『僕』って呼んでいたんだった。
「はい、山本です」
「あ! 山本!? 俺だよ、俺!」
「…………」
「あ、待って! 切らないで!? 本当だよ、本当に俺だよ」
「……お名前は?」
「あれ? 覚えてない? 俺だってば! 思い出してよ、寂しいなぁ……」
「んー……思い出せないですね」
「ほらほら! 誰か心当たりはないかな? 当ててみてよ!」
「特にないですね……あっ……そうだ、何かヒントは?」
「え!? ほ、ほら、お前、俺んちの犬のことが好きだろ?」
「犬ですか……犬の名前は?」
「シロって言うんだけど……ん? お前、何か書いてない? メモってる?」
「いえ、気にしないで下さい」
「本当に? すでに時間稼ぎを始めてない?」
「……僕の知り合いはそんな犬を飼ってないですよ」
「そんなぁ! ついこの間も近所の公園で……」
「僕はお婆ちゃんの家に来てるので、この近所の公園には行ったことが――」
「き、近所の公園で遠目に見かけたよ!」
「…………」
「婆ちゃん! そうそう、婆ちゃんだよ! 俺もお前の婆ちゃんを知ってるよ」
「………………」
「えーと、俺たちは婆ちゃんたちの……関係? で、知り合ったじゃんか」
「……………………お婆ちゃんは最近亡くなって」
「ああ、そうそう! 本当に残念だなぁ!」
「ごめんなさい、嘘です」
「ん、んー? 何か勘違いしてないか? 最近死んだのは俺の婆ちゃんだよ?」
「のらりくらりと……ッ!」
「何か言った?」
「……いえ」
「そんなことよりね? 嘘を吐いちゃダメだよ? 人を騙しちゃいけない」
「ど、どの口が……」
「もう良いだろう? そろそろ俺が誰か、分かってるんじゃないか?」
「分かりませんね。共通の友人や知り合いはいませんか?」
「え? えーと……な、渚ちゃん?」
「知らない人ですね……苗字は?」
「さ、佐々木?」
「……なるほど。苗字も知らないですね」
「あのさ、やっぱりメモってるよね?」
「どういう関係ですか?」
「あれ? 取り調べかな?」
「……どういう関係ですか?」
「渚ちゃんがお前のことを好きなんだよ! きっとそのうち告白される!」
「あの、誰なんですか? 渚ちゃん……」
「いやいや、良い娘だよ?」
「はぁ……もういいです。疲れました。これ以上は意味もないし、切りますよ」
「え!? せっかく俺が電話してるんだから、もう少し話そうぜ?」
「それじゃあ……」
「待って待って! 最後に一つだけ」
「…………」
「良いか? ちゃんとメモっとけよ」
「? ……何を」
「最近、俺の婆ちゃんが死んだと言ったな?」
「はぁ……もういい加減に……!」
「昨日だ。忘れるなよ?
昨日、俺の婆ちゃんが死んだんだ」
最後にそう言って、俺は受話器を置いた。
思わず天井を見上げる。随分と傷んだ……婆ちゃんの家。
まさか、本当に繋がるとは思わなかった。
俺は古い固定電話から、この電話自体の番号に掛けたのだ。
あの頃の会話を出来るだけ再現したつもりだけど、どこまで出来ただろう。
……俺の手には古く黄ばんだメモがある。
『犬の名前はシロ』
数年後、うちで飼うことになる犬だ。
名前は自然と決まっていた。
『お婆ちゃんの関係者』
言うまでもないだろう。
……今も昔も孫だ。
『佐々木渚から告白される』
高校で出会うことになる彼女だ。
今も付き合っている。
全て、俺自身のことだった。
時間を掛けて、俺だけは気付けるように。
これで良かったのだろうか?
……だが、こうする他にはない。
この電話の後、俺は警察に通報する。
そして……警察は強盗と鉢合わせるのだ。
互いに気付いていなかっただけで、留守を狙った強盗に侵入されていた。
今の電話をしている頃、ちょうど強盗は二階を物色していたはずだ。
強盗は刃物も持っていて、俺が自分で通報しなければ危険だっただろう。
この電話がなければ、死んでいたかもしれない。
理屈は分からない。
今も不思議で仕方がない。
だが、間違いないことは。
未来の『俺』が過去の『僕』を助けるための電話だったのだ。
まさに『オレ』が電話を掛けていたのだ。
オレオレ詐欺 裏道昇 @BackStreetRise
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