第39話 屈辱

 ベルナルドが手を上げ合図をすると、ホールに集まった騎士たちが一斉に剣を抜いた。

 一糸乱れぬ、判を押したかのような同じ動作をする騎士たち。

 血の滲むような訓練を重ねてきたに違いない。

 剣を抜く所作ひとつとっても、全員が一定以上の剣技の実力を備えていることがうかがえる。


 でもまあ、言うて「一定以上」止まりだ。

 盾の持ち方とかには並びごとに若干の差異があるようにも見えるので、おそらくパッケージ別に班とか作って編成してるんだろう。まず全員が剣士パッケージを持ってることは前提として。

 盾を真面目に使う気がない僕は盾系のスキルなんて持ってないので知らないが、剣系のスキルならある程度揃えている。

 その僕から見ると、騎士たちの実力はそれほどでもない。

 これなら魔帝国のハンター、たとえばあの憤怒のおっさんの方がまだ強かったくらいだ。まああのおっさんが持っていたのは剣じゃなくて斧だったけど。


 ていうか今さらだけど、絶望山脈のこちら側、ヒューマンの国の連中は総じてレベルが低い気がする。

 向こうじゃ一般人でもレベル5前後、成人したての貴族ならレベル10弱、ベテランハンターや職業兵士ならレベル15、貴族家当主でレベル25以上と、だいたいそのくらいはあったはずだ。

 一部の兵士と貴族は鑑定の儀で定期的に測定してるからおおよそ間違いないと思う。一般人とかハンターは僕の肌感覚だけど、これもそこまで外れてはいないはずだ。


 その感覚からすると、僕が育てたミラはだいたいレベル20相当くらいで、この騎士たちは10無いくらいのレベルしかないように思える。

 彼らがレベルを上げるために必要なのは、経験値だ。

 これは何らかの経験を積むことで入手することができるが、生き物の命を奪うと多めに貰えたりする。

 この時の「生き物」には種によって得られる経験値に差がある。

 例えば牛や豚のような家畜の命をいくら奪っても、そういった屠殺は産業の一部とみなされてしまうためか、どうも普通の「何らかの経験」の方に含まれてしまうようだ。これは魔帝国にいたころに試してみたので間違いない。ハンターの依頼にあったんだよね。牧場の手伝いみたいなやつが。

 それ以外にも、例えばモンスターと人間では人間の方が経験値効率がいいことはすでに知られている通り──かどうかは知らないが、少なくとも僕はそれを知っている。

 これは同じモンスター同士であっても差があるみたいで、わかりやすく言うと強いモンスターの方がたくさん経験値が貰えるわけだ。


 これも僕の体感になるが、絶望山脈の向こうとこちらではモンスターの強さに明らかな差がある。

 同じようにモンスターを倒して経験を積んだとしても、その効率には大きな差があるというわけだ。そもそもモンスターの強さが違うから同じように経験を積んだとは言えないのかもしれないけれど。


 とまあ、おそらくそういうわけで、ヒューマンの軍隊は弱い。

 血の滲むような訓練を積んだ騎士であっても、魔帝国で言うと新米ハンターか訓練中の新兵レベルである。

 もう一年近くもハンターだったり冒険者だったりで活動を続け、その間には深淵の森や絶望山脈の踏破まで成し遂げている僕にとっては、まさに赤子の手をひねるがごとくあしらえてしまう相手なのだ。


「どうですかな。かつては自身を守っていた騎士たちから、剣を向けられる気分は」


 そんな雑魚どもを従えて、得意げにベルナルドがミラに語りかける。


「別にどうとも感じませんわ。何だか記憶の中よりも弱いような気がしますね、というくらいかしら」


「……ふん、強がりを」


 そりゃそうだろうね。

 ミラの実力は、こちらの冒険者基準で言うと白銀級はある。

 生まれ持った才能と、それを活かすために積み重ねられた努力、その両方を兼ね備えた者だけが至ることができる冒険者の頂き。黄金級。その力は完全に人の枠を越えており、かつて魔族の王を退けた英雄にも迫るほどだという。魔族の王とやらは知らないけど、今の僕が黄金級相当だというのなら、魔貴族の当主ならまあ撃退は余裕かな。

 白銀級とはそこまでではないにしろ、人外に片足を突っ込んだくらいの実力だと言われている。

 ミラがそこまで成長できたのも、ひとえに僕の教育の賜物だ。


「……にゃっふん! にゃほんにゃほん」


「何今の、もしかして咳払い? にゃんしーは可愛いなあ!」


「うるさいぞ! 何だ貴様は! お嬢様のお供の冒険者か。貴様のようなゴミの出る幕ではない。黙っておれ!」


 いつものテンションでナンシーを弄っていると、ベルナルドに見咎められ怒鳴られた。

 騎士たちも僕の方を見ている。


「もー、ナンシーのせいだよ。無能に叱られちゃったじゃないか。こんな屈辱ある?  ないことない?」


「自業自得だにゃ」


 僕とナンシーのやり取りが耳に入ったのか、ベルナルドの眦が吊り上がるのが見えた。


「む、無能だと……? 下民風情が……! 騎士たちよ! あの冒険者から始末しろ! 連れが無惨に殺されるところを目の当たりにすれば、お嬢様も身の程を弁えるだろう!

 突撃だ!」


 無能の号令一下、騎士たちは列を成して僕に襲いかかってきた。


 ──が、ダンスパーティーができそうなくらい広いとは言っても、所詮ここは室内。

 隊列を組んで戦えるようなロケーションじゃない。

 騎士たちはガチャガチャとけたたましい音を立てて、お互いの鎧をぶつけ合い、反動でのけぞり、足をもつれさせ、一向に前へ進まない。


「……すごいねこれは。隊列組んで突撃とか、誰がどう考えても室内でさせるべきことじゃないだろうに。さすが、闇バイトに本名で募集かけちゃ無能はやることが違うなー」


「そんにゃ命令に脳死で従う騎士も騎士だにゃ」


 いやそれは違う。彼らは悪くない。

 どんな命令にも脳死で従えるのが優れた兵士というものだからね。彼らが積んだであろう血の滲むような訓練も、咄嗟の命令にノータイムで従うことができるようにという側面もあるはずだ。

 いやそもそも兵士と騎士の違いも僕は知らんのだけど。



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積み上げた徳で僕は来世もフルスクラッチする 原純 @hara-jun

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