第38話 世の中ね。顔かお金かなのよ。
無能のベルナルドがいるとすれば辺境伯邸だろう。
ミラがそう言うので、僕らは連れ立って辺境伯邸を目指した。
しかし「無能のベルナルド」って何かちょっとかっこいいな。謎の強キャラ感ある。能力が無いことを逆に活かしたトリッキーな戦い方とかしそう。
辺境伯邸はケントゥリアの貴族街にある。
絶望山脈から下りてきて、街道沿いに馬車を走らせ、この街に初めて来た時にミラを連れて行ったところだ。
以前に懸念していた通り、冒険者然とした姿の僕らは巡回していた衛兵に見咎められた。
僕らは美人だしワンチャンいけるかなと思ったけど駄目だった。
今は事を荒立てたくないし、とりあえずお金で解決しようかな、と財布を取り出そうとしたら、ミラが前に出た。
「控えなさい! このわたくしの顔を忘れましたか!」
ミラの一喝により、衛兵たちは僕らを辺境伯邸まで案内してくれた。
やはり顔か。顔面偏差値は全てを解決する。
◇
辺境伯邸に着いたら、ミラがまさに勝手知ったる我が家と言わんばかりの勢いで門をくぐり中に入っていった。まさにっていうか実際そうなんだけど。
玄関を開けると、すぐに執事っぽい格好のシュッとしたおっさんがやってきた。
おっさんはミラを見て目を見開く。
「なっ!? アデルお嬢様!? なぜここに……! ラルフは何をやってるんだ!」
誰だよラルフ。
おっさんの言い草からして、ミラに関係のある者のようだ。
そう思ってミラを見てみたが、キョトンとしていた。
マジで誰なんだラルフ。
しかし、今ここにいないラルフを罵っても意味はないと気づいてか、おっさんは見開いていた目を鋭くすがめ、ミラを睨んで告げた。
「──アデルお嬢様。一度勘当されながら、敢えてこのカントール家へやってきたということは、処罰される覚悟がお有りとのことでよろしいでしょうか」
「お前こそ、一度当主による勘当という処分が確定したにも拘らず、わたくしに暗殺者を仕向け亡き者にしようとしたわね。覚悟はできていて? ベルナルド」
このおっさんがベルナルドなのか。
なるほど確かに有能っぽい雰囲気は出ているな。
まあ世の中には雰囲気イケメンとかもいるから、本当に有能なのかどうかは雰囲気ではわからないものだけど。
ベルナルドは近くにいた使用人に何かを耳打ちし、どこかに追いやると、ミラに答える。
「お嬢様の暗殺はご当主様による指示です。カントール家の血が無用に広がらぬように、と。そうした懸念については、他ならぬお嬢様ならお分かりになりますよね?」
ミラは婚約者であった何たらポリオ殿下が男爵令嬢にうつつを抜かしていたところを注意したせいで婚約破棄されたと言っていた。
ミラが殿下や令嬢に注意をしたのは、まさにその王家の血を守るためだったのだろう。
ベルナルドはその経緯までもをすでに調べていて、それを今、当てこすりのように口にしたのだ。
「それならばあの時、勘当や追放ではなく処刑にしていればよかったはずです。公式な指示で自分の手を汚すような真似をしたくなくて、裏で秘密裏に処分しようなどと、我が父ながら情けないにも程がありますわ。
そういうところですわよ」
ミラはそう言い切り、ドヤ顔で僕に視線をよこした。
ああ、その言い回し、僕もミラに言ったことあったな。いつもはナンシーに言われてることだけど。
それを言ってやったから僕にドヤ顔してるのか。可愛いな。
でもそれ、お互いに共通する社会常識というかミームのようなものがないと成立しないやり取りだからね。日本の侘び寂びの文化に通じるアレというか。
だから侘び寂びが理解できない人にはピンと来ないと思うよ。
「……ワビサビとかよく知らにゃいけど、イオラ様は一回ワビサビに謝ったほうがいいと思うにゃ」
よく知らないのに怒られた。
さすがは元祖だ。
さておき、ミラに啖呵を切られたベルナルドは、それ以上の反論はしないようだった。
レスバはミラの勝利かな、と思いきや、ベルナルドは不敵な表情で片手を上げた。
すると、玄関ホールに通じる全ての扉から武装した兵士がなだれ込んできた。さっきの衛兵より鎧がちょっと豪華っぽいから騎士団とかかもしれない。
レスバに負けそうだから物理でひっくり返そうというわけだ。まったく見下げはてた根性である。
「この手勢、イオラ様にゃら、『気配察知』でわかっていたんにゃ?」
「当然知っていたよ。てっきりレスバの観客かと思って放置していたんだけど……。まさか伏兵だったとはね」
「……一応聞くんにゃけど、それ本気じゃにゃいよね?」
「冗談に決まっているじゃないか。この程度の雑魚、何百人いたところで僕とミラの相手にはならないからね。放置していたのはそういう理由だよ」
それ以前に放置以外に選択肢がなかったからでもあるが。
この騎士たちはおそらく、先ほどベルナルドが耳打ちした使用人が集めてきたのだろう。屋敷のいたる所、たとえば詰め所や警備の担当場所みたいなところから、この玄関ホールに向かい、根こそぎと言わんばかりに気配が集まってくるのが感じられていた。
屋敷中からホールに向かってくる騎士たちを全て倒そうとすると、屋敷ごと破壊する必要がある。召喚魔法でデカいやつを呼び出せば不可能ではないが、この屋敷はミラの生家だ。思い出もあるだろう。壊してしまうのは忍びない。
それなら雑魚がホールに集まったところで、屋敷に傷をつけないよう切り刻んだ方が良い。
まあ多少血塗れになってしまうかもしれないが、絨毯も赤いしそんなに気にならないだろう。屋敷が丸ごと瓦礫に変わるよりは、形が残っているだけマシなはずだ。
「……やれやれ。どこでそのような反抗的な言葉遣いを学んだのやら。
それに、多少は腕も立つようだ。少なくとも、ラルフをやり込めてしまえる程度には。ですが、所詮奴はこちらの良いように使えるだけの捨て駒に過ぎません。
調子に乗って屋敷までやってきてしまったのは悪手でしたね。屋敷の外では大っぴらにカントール家の騎士団を動かすわけにはいきませんでしたが、屋敷の中ならいくらでも揉み消しは可能。
お嬢様、お覚悟を」
だから誰だよラルフ。
「文脈からすると、ミラが理不尽から開放してあげた彼のことにゃんじゃにゃいかにゃ?」
ああ、あいつか。
理不尽なことも理に適ったことも嫌だとかいう実に我儘なやつだった。
そうだ。
この無能のベルナルドが彼の上司だというのなら、このベルナルドに彼の我儘の責任を取ってもらうとしよう。
あの時はミラに譲ってあげたから若干不完全燃焼気味なんだよね。
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