第37話 有料サービス

「ああ、君、ありがとう。もういいよ。雇い主の裏にいる人間は聞かなくてももうわかるからね」


 彼の雇い主が無能のベルナルドだとしたら、その裏にいるのは辺境伯その人で間違いない。

 まあフルネームで名前を呼ばれた上に命を狙われたわけだから、関係者以外には考えられないのはそうなんだけど。

 あ、一応元婚約者の王子様が黒幕って可能性もあったな。

 でも僕はそいつの顔とか知らないし、正直ピンと来ないんだよね。辺境伯は一回だけ見たことあるからギリ顔知ってるけど。


「そ、そうか。へへ。役に立ったようで何よりだぜ。じゃ、じゃあ俺は、もう行ってもいいよな?」


「そうだね。そろそろ解放してあげよう」


 この理不尽な世界から。


 僕は魔力剣を召喚した。


「お、おい待て! 話したじゃねえか! あんただって『もういい』って──」


「うん。だから仲間のところへ送ってあげようかと。そういう約束だったでしょ」


 約束は守らなければならない。

 なぜなら徳が下がってしまうからだ。たぶん。知らんけど。


「クソがっ! 最初から殺す気だったのか、この野郎!」


 いや、だから最初からそういう約束だったでしょうに。何言ってるんだこの人は。

 だいたい、自分たちだってミラを殺そうとやってきたのだ。その結果、それを阻止したい僕の方がたまたま強かったから、逆に殺されそうになっているというだけの話だ。何もおかしくない、ごくごく自然な話である。

 実際、彼の仲間たちは全員すでにあの世へ旅立っている。後は彼だけだ。


 身構えるリーダーに、魔力剣を振りかぶる。

 どこを切ろうか。

 胴を切ってしまうとまたクサイクサイが溢れてしまうからね。

 やっぱり首かな。


 すると、魔力剣を持つ僕の手を誰かがそっと押さえた。

 ミラだ。

 どこか思い詰めたような表情でリーダーを見ている。

 ミラは父に命を狙われていると知っても、ショックを受けた様子はなかった。

 でも、それよりも前からこの思い詰めた雰囲気はあった。


 なんだろう、と思っていたら、ミラは腰のロングソードを抜いた。僕が買ってあげたはがねの剣だ。


「イオラ様……。わたくしも、覚悟を決めます。人を殺める覚悟を……。これから先、わたくしの敵を全てイオラ様に斬っていただくわけにはまいりません」


 パーティを組んでいる以上、ミラの敵は僕の敵でもある。だから切るのは別にどっちでもよかったんだけど、まあミラが自分で切りたいって言うならそうすればいいと思う。

 この程度の雑魚悪なら徳ポイントも誤差レベルだろうし。


「おい、やめろ! やめてくださいお嬢様! なんだったら、俺の方からベルナルド様や領主様に掛け合いますから!」


「あはは。実行犯に選ばれるほどの下っ端の君が、領主様や領主家の家令にいったいどうやって掛け合うっていうのさ。君ごと消されておしまいだよ」


 最初は頭が良いかと思っていたのだが、そうでもないらしい。

 見込み違いだ。期待して損した。


 ミラはリーダーの言葉に耳を貸すことなく、震える手でロングソードを握りしめ、その切っ先をリーダーの胸に向けた。

 刺すなら頭とかより胴の方がやりやすいからね。頭は頭蓋骨で滑って上手く刺せないし。

 当然ながらリーダーは逃げようとする。


「駄目だよ。大人しくしてなよ。悪あがきしても苦しみが長引くだけだよ」


 僕はリーダーが動けないよう、手と足の付け根に魔力剣を突き入れた。

 この辺切れば手足が動かなくなる、って感じのところだ。人間は解体したことないから詳しくは知らないけど、盗賊を何人も無力化したことがあるので知っている。経験則というやつだ。


「ぎゃあああ! あ、ぐうう、や、やめろ、やめろおおおおお!」


 震えるミラの剣先が、ゆっくりとリーダーの胸に沈み込んでいく。

 一思いにやっちゃった方がお互い楽だと思うんだけど、他人事だしまあいいか。


 表情が抜け落ちた真っ白な顔で、身動きのとれないリーダーの命をじわじわと奪うミラの姿を、へたり込んだままの門兵が引きつった顔で見ていた。


 何見てんだよ金とるよ。



 ◇



 リーダーを刺し殺したミラは、何かをやり遂げたような、一皮むけたみたいな顔をしていた。

 ていうか切るとか言ってたけど刺しても大丈夫だったのかな。


「さて。雇い主と黒幕がわかったわけだけど、これからどうする? あ、黒幕がわかったって言っても予想だけど。もしかしたら婚約者の王子様の可能性もあるし」


「婚約は元ですわ。今はもう関係ない他人です。けれど、確かに……。エンポリオ殿下が手を回した可能性も捨てきれませんわね。だとしても、何ヶ月も経った今になってというのが腑に落ちませんけれど」


「気になるなら後で行ってみればいいよ。王都に。王都なら巨悪もたくさんいそうだから僕も行ってみたいし」


「イオラ様がそうおっしゃるなら……。でもその前に、まずは近場で確認できることを確認しませんと」


「ベルナルドだね」


 リーダーが言ったベルナルドなる人物が本当に辺境伯家の家令かどうかをまずは確認しなければならない。

 次に、もし本人だった場合は、本当に辺境伯の命令だったのかどうかの確認だ。

 いくら無能とは言え職業倫理くらいはあるだろうし、素直に話すかどうかはわからない。

 ここは僕の出番だな。

 次こそは理不尽なことをするぞ。

 違った。理に適った拷問をするぞ。


「んー。状況的にギリセーフかにゃあ……?」


 ヨシ。現場を知る猫の承認がとれた。

 これで心置きなく拷問できるな。


「……心置きなく、て……。いや、もはやにゃにも言うまいにゃ……」

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